BACK

 遂に来てしまった……。
 俺は心臓が高鳴るのを必死で押さえた。
 周囲の風景は初めて見るものばかりで、故郷の村とはまるで比べ物にならないほど大きく立派な建物が建ち並んでいる。
 魔術師になるために、いちかばちかの覚悟で受けたアカデミー『不知火』の魔術学科入学試験。一応はやれるだけの勉強をしたのだが、はっきり言って自信はなかった。
落ちるのは覚悟の上だった。試験は言わば賭けのようなものだったんだけど。
俺は奇跡的にもその賭けに勝ってしまった。
 そう。俺はアカデミー『不知火』の入学が決定したのだ。
 今の時代、魔術師になれば、どんなに成績が悪くとも何かしらの職が得られるのだ。だが、それ以上に、魔術師というものに対する人々の関心は強く、魅力的なのである。そのため、競争率はダントツで高いのだ。
 寮から歩いて十分弱。
 遂にアカデミー不知火の校門が見えてくる。
 巨大な石造りの建造物。上の方には不知火と彫られた看板の姿が見える。
 俺はゆっくりと門をくぐった。
「さて、入学式会場は……」
 昨晩は緊張してほとんど眠れなかった。
 田舎者が都会に来たせいだ。あまり認めたくない事実だが、俺は割と小心者なのだ。少し前までは酷い人見知りで、知らない人と会話する事さえも出来なかったのだ。
 不知火の敷地はかなり広い。入学試験の時に一度来た事があったが、あの時は分かりやすいように道順を示す立て看板が設置されていた。勿論、今はそんなものは全て撤去されている。
 会場は第一ホールなのだそうだが、それ以前にどこに何があるのかなんて、ちょっと見渡しただけでは分かるはずがない。時間もそれほどない事だし、入学案内に同封されていた学校の見取り図を見ながら自分の現在位置を確かめる。
「お〜い」
 突然、背中を、どん、と凄まじい衝撃でどつかれる。
 丁度息を吐いた所にやられたので、俺は思わず咳き込む。
「ん? どうした? 風邪でも引いた?」
「るせー……」
 不思議そうに咳き込む俺を見る、一人の少女。
彼女の名はリーム=タチバナ。俺と同じ村の出身だ。
リームは格闘技学科に入学する事になっている。つまり、俺と同期生という事である。更に認めたくない事だが、リームも俺があんなに苦戦した入学試験をクリアしたのだ。
まあ、格闘技学科と魔術学科が同じ入学試験を行うとは思ってもいないのだが……。俺としては、こんな脳みそまで筋肉で出来た女が、散々勉強した俺と同じ試験を何もせずにクリアしたなんて認めたくないのだ。
きっと格闘技学科の入学試験は、自然石割りとか、42.195km走とか、そういった体力測定だけのものに違いない。そうでもなきゃやってられん。
「そういうの広げて歩くのやめなよ。“私は田舎モンです”って宣伝してるようなモンじゃない」
「実際そうなんだからな、俺達は。第一、お前、どこが入学式会場なのか分かるのかよ」
「フッ。愚かな問い、と書いて愚問。しょうがない、田舎モンのガイア君を私が案内してあげましょう」
「お前、俺と同じ村出身だろうが」
 リームの案内はいささか不安があったが、そこまで言うのならば自信があるのだろう。取り敢えず俺は、リームの後に着いていく事にした。
「で、何で会場知ってるんだ?」
「入学試験もさ、ここでやったでしょ? 格闘技学科の試験会場が、入学式をやる第一ホールだったの」
「なるほど。ところで、お前んとこの試験って何だったんだ?」
「腕相撲百人抜き。なんか、上級生がずらって並んでてさ。百人倒せばOKって言われたの」
 やっぱり。良かった、筆記試験とか言われなくて……。
「去年までは百人組み手らしかったんだけどねえ。なんかケガ人続出だったんで、今年から変わったんだってさ。でも、結局一緒だったよ? 私、うっかり何人か折っちゃったし。貧弱よねえ、男のクセに。あれで上級生だってさ。もしかしたら私、入るところ間違ったかも。あーあ、期待外れ」
 不幸なヤツがいたものである。大方、リームを世間知らずの田舎者の女と侮ったのだろう。
 リームの外見は、これといって変わった所のない極普通のどこにでもいる女の子だ。
 しかし。
 その細い腕には、想像もつかない異常なパワーが秘められている。それも猛獣並みのだ。外見に惑わされていると、とんでもない一撃をもろに浴びる事になる。リームと戦う人間は、猛獣を相手にするぐらいの覚悟が必要なのだ。
 リームのパワーは、既に自分の体で実証済みだ。俺が七歳の頃、俺は両親にリームの実家であるタチバナ道場に通わされていた。その時、運悪く俺はリームと組み手をさせられた。結果、俺はリームにアバラを折られて医療院に運ばれていった。七歳でそれだけのパワーを持っているのだから、今はその数倍はあると考えていい。もはやそれは、男とか女とか以前に人間のレベルではない。
「あんまり大声で言うなよ。特に俺と居る時は。入学初日で学校中に敵作りたくないからな」
「ま、あんたは貧弱なボーヤだからねえ」
 こいつは根っからの戦闘バカだからな……。今後一切、関わらない方が身のためかもしれない。俺は静かな学園生活を送りたいのだ。
「えっと……」
 と、その時。急にリームが立ち止まった。
「ん? どうかしたか?」
「ちょっとそれ貸して」
 そう言ってリームは俺の地図を奪い取った。
「ふむふむふむ、ほうほうほう。なあるほど」
 地図と周囲とを見比べながら、何やら納得したようにうなずく。
「おい、まさかお前、忘れた訳じゃないだろうな?」
「なによ。ちょっと間違っただけじゃない」
 そう言って地図を突き返す。
「ほら、さっさと行くよ。入学式に遅刻するからね」
 このままリームに任せては遅刻してしまうな……。
 俺はリームの後ろで地図を開きながら現在の位置を確認する。
 げっ……。逆方向じゃん。
「おい、方向違うぞ。お前、どう地図を読んだんだよ」
「ああ? 何言ってんのよ。あんたこそどう読んだ訳?」
「ほら、見ろ! ここ! 今、俺達がいる所! で会場はどこだ?! ん?!」
「……ちょっと遠回りするつもりだったんだもん」
 嘘つけよ……。
 ったく、相変わらず素直じゃないヤツ。


 結局、俺達は元来た道を全力疾走で戻るハメになった。
 勿論、俺より足の速いリームはあっという間に見えなくなってしまった。
 なんとか開始五分前に会場に俺は到着したのだが、会場の中にはリームの姿はなかった。
 理由はあえて明言する必要はないだろう。
 あいつの脳は所詮、『食う寝る殴る』以外の機能を持たないのだ。



TO BE CONTINUED...