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 オリエンテーションが終わると、今日はまたそれで解散となった。
 授業は明日から開始だ。取り敢えず今日までは楽にしていられる。
「さってと。グレイス、メシ食いに行かねえ?」
「うん、行く」
 地方出身者同士という事もあってか、グレイスとはすぐに打ち解けられた。ただ、グレイスはどうも人見知りの傾向が強いらしく、まだ俺と接するのにぎこちない所がある。まあ、その内に慣れてくるだろう。
「ガイアも一人でこっちに来たの?」
「いや、もう一人、一緒に来たヤツがいるんだけどさ……格闘技科に」
 そいつの名はリーム=タチバナといい、俺と同じ村の出身で幼馴染だ。
「あいつとは会わない方がいい。入学早々、教師に手とか足とか上げるようなヤツだから」
「そ、そうなんだ……。怖そうな人だね」
「ああ。命が幾つあっても足りない」
 そんな雑談を交わしながら食堂の方へ向かう。
 ここの食堂は校舎内にあるのではなく、独立した建物としてあるのだ。そこは食堂の他にも購買も一緒にある。こういった建物が、敷地内のそれぞれ東西南北にあるのである。
 俺達は第四校舎から一番近い南食堂に向かった。
 中に入ると、既に大勢の生徒達の姿があった。昼時だからこのぐらい混み合うものなのだろう。
「あ、そこ空いてるな。二人分。あそこ行こうぜ」
「うん」
 カウンターに並んでいる間に取られてしまいそうだ。先にキープしておかないと、空き待ちになってしまう。
 食堂内には、食器の音よりも話し声の方が響き渡っていた。新しく出来た友人達と談笑しているのだろう。
「取り敢えず、ここをキープしとけ。俺、先に取って来るから」
「うん、分かった」
 そういえば、こいつはあんまり自己主張しないな。返事も、『うん』ばっかりだし。
 自分も人見知りが強かった頃はこんな感じだったのだろうか? そう考えると苦笑いが込み上げてくる。
 二人交代で席をキープしつつ、昼食を取ってくる。カウンターの方はそれほど混雑はしていなかったので、二人揃うのに十分程度で済んだ。
「明日から授業かあ。ついて行けっかなあ?」
「ここの入学試験だけでもかなり難しかったから……。僕、ちょっと自信ない……」
「おいおい、いきなり弱気になるなって。何とかなるさ。ま、前向きに行きましょうぜ?」
 なんだかやけに弱気というか小心者だな。俺もそこそこ小心者ではあるけど、こいつはその上を行く。こういうヤツに落ち込まれるとかなりそんどそうだな。
 そんな雑談を挟みながら昼食を食べる。
 グレイスもどうやら俺と同じ寮に住んでいるようだった。顔を合わせなかったのは、こいつの方が早起きで、かなり時間には余裕を持ってアカデミーに向かっているからだ。俺も一応は余裕を持って出ているつもりだけど、グレイスの余裕は三十分、俺の余裕は五分だ。この違いのせいだろう。
 ま、今晩辺り、こいつの部屋に乗り込んでみるかな。
 ふと、その時。
 ドン、と誰かがイスの背もたれにぶつかった。たまたま口にしていたコップの中のドリンクが、鼻の方にかかる。
「なんだよ……ったく」
 もっと気をつけろよなあ、と俺は顔を拭きながら後を振り返る。
「ああ? なんだ?」
 しかし、その先に居たのは、俺の倍近く肩幅のある大男だった。間違いなく格闘技科の生徒だ。
 そいつの鋭い視線と、真っ向からかち合ってしまう。
 やっべぇ……。
 そう思った時は既に遅し。
 俺は魔術学科在籍とはいえ、まだ何のカリキュラムもこなしていないタダの人。しかし、相手は筋骨隆々の大男だ。
 ブン殴られたら、一発でオシマイだ。俺の体は人並の強度しか持ち合わせていない。むしろ俺は、これまでにケンカ自体をした事がないのだ。
 と、とにかく! ここは謝っておくべきだ。俺はちっとも悪くないけど。
「ん? 何かした?」
 と、その時。横から声が割って入った。
その声の主はリームだった。
「いえ、ね。リームさん。こいつが」
 は? リームさん?
 大男は、自分よりも遥かに小柄なリームに向かって自分なりの敬語を使っている。二人の上下関係がはっきりしている。
「なんだ、ガイアじゃない。ん? そっちのは?」
 リームはまじまじとグレイスの顔を見つめる。
「おい、いきなりケンカ売るなよ。っていうか、弱そうだろ。そいつは」
「あ……こんにちは」
 さすがにいきなり顔を近づけられたため、やや困惑した笑顔を浮かべるグレイス。
「なんだ、男じゃない」
「ケンカ売るなよ。怯えてるから」
「売らないわよ。こんな弱そうなヤツ」
 ハッハッハ、と笑ってグレイスの背中を叩く。その力の意外な強さに、思わず咳き込むグレイス。
「こいつさ、私の友達なんだ。イジメられっ子だから、イジメないでやって」
「うっす。分かりました」
 二つ返事でうなずく大男。
 よく見れば、同じような雰囲気を漂わせている男女がぞろぞろと居る。全て、リームの取り巻きだ。どうやって従えたのかは、今更説明する必要はないだろう。
「んじゃ、そろそろ行くよ」
 そう言ってリームは、ぞろぞろと手下を引き連れて行った。
「大丈夫か? あれには手を出すなよ。花畑の向こう側の世界に行ったきり帰って来れなくなるから」
「う、うん……」
「やっぱビビったろ?」
「なんか、その……」
 自分の気持ちを表現する言葉を探しているのか、言葉を詰まらせながら頭をかく。
「なんだ?」
「いや、別に……」
 そう言ってグレイスは誤魔化すようにコップに口をつけた。
 なんだ? 変なヤツ。


 今思うと、この時からグレイスはリームを意識していたのだと思う。グレイスの態度がどこか変わっていたから。
 リームは色恋沙汰には無縁の人間に思えていたけど、この後、二人の仲が親密になっていく事を一体誰が予想できただろうか?
 事実は小説より奇なり。よくそんな言葉を耳にするが、これほど身近な例は他にはない。
 一体、グレイスはリームのどこに惹かれたのだろうか? 外見は、まあ普通の女の子ではあるけど、数名の強面を引き連れている辺り、誰でもリームが普通ではないと思うはずだ。
 未だに俺は、理解に苦しむ。



TO BE CONTINUED...