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 最近のアカデミーの運動場は、異様なまでに何やら活気付いている。ちょっと外を歩くだけでも、何やら殺伐とした熱気が伝わってくる。春の亢龍杯が近いためだ。
 亢龍杯とは、この付近に点在するアカデミーが優勝を争って様々な競技で競い合う大会の事である。競技と言っても、近年の競技内容は全て模擬試合になっている。ほとんど武道大会と言っても過言ではない。
 アカデミーのランクを決める要素は三つ。
 一つは言うまでもなく、神器の性能。これが主に一般的にも認知度が高い。神器の性能は、そのままアカデミーの技術力と直結するのである。当然、技術力の高いアカデミーのランクは高い評価を受ける。
 そして法術の研究頻度。法術は未だに未知の部分や未解析の部分が多いため、それがどこまで進歩しているかは、法術師を志す者にとってはアカデミーを選択する上での重要な参考基準になる。
 最後が、この武道大会、もとい亢龍杯だ。毎年上位ランクにこぎつけるアカデミーは、優秀な戦士を輩出している事の表れだからである。戦士を志す者ならば、当然より強い戦士を輩出するアカデミーを選択する。
「素振り、あと千回追加だ!」
「先生、もう無理ッス。マジ限界」
「馬鹿野郎! 限界を決めるのはお前ではなく俺だ! 俺が出来ると言ったら出来るんだ!」
 剣術学科の三回生だ。
 運動場で数名の生徒と、いかつい体格の教師が喧喧囂囂とやっている。生徒は全員、巨大な金棒を持って素振りをさせられている。既にヘトヘトに疲れきっている。だが、それでも教師は彼らに休む事を許さない。昨年の剣術学科は燦々たる結果だった。唯一、一回生の部でエルフィとシルフィが同時優勝をするものの、他は完膚なきまでの惨敗だったのである。
「今年も醜態をさらすのか!? ああ!?」
「それは嫌ッスけど……さすがに、もう」
「甘ったれるな! オオカミは生きろ! ブタは死ね! その精神だ!」
 今年もあんな結果になってしまえば、教師達も面子が立たなくなるから必死だ。気持ちは分からなくもないが、ああも痛めつけられてしまっては、それこそ試合前に体を壊してしまう。
「格闘技学科もあんな感じらしいぜ。どこの学科も必死だ」
 と、その光景を遠目から見ていたガイアが苦笑する。
「そういえば、今回はリームも出るんだったわよね?」
 今度の亢龍杯はリームも出場するようだ。去年は教師との衝突が絶えなかったせいで謹慎させられていたが、前回の不知火の成績自体を考えれば、今回はそんな事を言っていられなくなったようだ。
「ああ。死人が出なければいいけどさ……」
「まさか。確かにリームは強いけど、相手だってそんなに弱い訳じゃないでしょ」
「いや、分からんぞ。こんな話、知ってるか?」
「なに?」
「ちょうど秋の始まり頃、格闘技学科の一回生は山ごもりをする事になったんだ。一チーム三人で、各々の裁量で一週間過ごす事が課題だ。一見何の変哲もない訓練だが、実は、これは高度なサバイバル能力を求められるものなんだ。格闘家には、生き残るためのそういった能力や精神力も必要って訳だ」
 格闘技学科では、己の体を武器とするため、極限まで肉体を鍛え上げ、同時に精神の修養をうんたらかんたら、という活動方針のようなものがある。そのサバイバル訓練は、心身を共に鍛え上げるために丁度いいのだろう。
「それで?」
「一週間後。教師の思惑通り、どのチームもげっそり痩せ衰えた姿で下山してきた。捜索隊が回収しに行かなければならないほど衰弱して動けないチームもあったぐらいだ。それも当然だ。ろくに山の事も知らないのだから食料すら満足に集められず、三日以上絶食状態だったチームもあるぐらいだ。そんな中だ。リームのチームだけは、全員血色のいい面構えをしていたんだ」
「どうして?」
「他のヤツらは、木の実やらで何とか食い繋いでいたんだが、リーム達は、木の実じゃなくて熊の肉を毎日満腹まで食べていたんだそうだ」
「熊って、あの?」
「ああ」
 熊の肉は珍味で食べる事もあるそうだ。実際、街にも珍味屋がありそこで熊の串焼きが売られていた。私はさすがに食べる気にはなれなかったが、割と繁盛している様子から見ると、そこそこ買っていく人はいるようだ。
「どうやって?」
「決まってるだろ? 格闘して仕留めたのさ。リーム達、って言うよりリームが。一匹やれば、三日は食べていけたって嬉しそうに話すのを聞かされたよ。割と筋が多くて固いので、火で焼くよりも煮込んだ方が食べやすかったらしい」
「……なんだか心配になってきたわ」
「だろ?」
 どこまで本当なのかは分からないが、リームだからという理由で十分ありうる話でもある。少し失礼な発言だが。腕なんか本当に私と大差ないのに、どうしてああも強いのか不思議である。
 ヴァルマは今年も出ないだろう。目立つのは好まない、とは言っていたが、実際は全トーナメントを戦い続けるだけの体力がないから、というのが本音だろう。それでも、ヴァルマほどの実力者ならば裁定でも上位には食い込めるはずなのだが、たとえ一回でも負けるのは嫌だから出ないらしい。そもそも、アカデミーの名誉のために戦うような性格ではない。
 それにこの間。全過程を修了した際の進路の選択で、ヴァルマは卒業認定を貰わないで四回生までの期間を研究に当てる、と言っていた。学科長には、頼むから卒業してくれ、と泣きながら頼まれていたが、それだけで考えを曲げるヴァルマでもない。理事長の胃薬の量が減らない訳だ。
 私は今回も特別治療班として回されるだろう。主催がアカデミー連合ならば、治療班も全て各アカデミーからの法術師で構成されている。外部からの医者なんてシャットダウンだ。見得もここまで徹底すれば立派なものである。
 今年の結果は、剣術学科の二回生の部は、エルフィとシルフィがまた優勝争いをするだろう。格闘技学科はアカデミー同士の実力は拮抗しているため、結果はどうなるかは予測は出来ないが、リームはまず上位には食い込むだろう。槍術学科は、ロイアの話では、かなりの実力者がどの学年にも揃っているので大丈夫そうだ。
 問題は魔術学科だ。近年、あまり稀に見る逸材というのは現れていない。多少優秀なのは出ても、あくまで多少なのだ。頼みのヴァルマが出場を拒否した以上、不知火には希望はほとんどないだろう。魔術部門に関しては、不知火は大敗を喫する事だろう。
「やれやれ。この時期になった時だけは、自分が平凡で良かったと思うよ」
「あ、ガイアは出たくないんだ?」
「出たい訳ないだろ? なんでわざわざ痛い目見なきゃいけないんだ」
「そうよねえ。ガイアが出たりしたら、速攻で死んじゃうわ」
「そこまで言うかよ」
 亢龍杯の開催まで、あと一週間だ。しばらくは通常授業が緩和されるが、私にはあまり関係がない。というより、法術の研究レポートは一ヶ月に一度、決められた期日中に提出すればいいのだ。それさえ守っていれば、後はどこで何をしようがあまり関係がない。
「セシアはまた治療戦隊か?」
「人を妙なグループのカテゴリに入れない。治療班。ガイアも頭の方を治療した方がいいわね」
「分かった。膝枕しながらで優しく頼む」
 真顔で答えるガイア。
 本当に、いつもガイアはそんな事ばかり言っている。私は冗談だと分かっているが、他の人がこれを聞いたら、まず間違いなく人格を疑われるだろう。
「そういえば最近、本当に法術学科の方に運ばれてくる人が増えてきたわ。アカデミー同士の意地の張り合いであんな目に遭ってる生徒達も浮かばれないわね。そう思わない?」
「確かにな。優秀な奴らは軒並み出されてるし。あ、ヴァルマは除くけど。でもさ、なんか亢龍杯って随分人気があるみたいだぜ? 一般市民には。割といい娯楽と認識してるんだろう。こうなると、アカデミー同士の意地がどうこうなくてもさ、街の人がやめんなとか言って続けさせるぜ。きっと。見てる方はいいかもしれないけどさ、やってる生徒は辛いだろうなあ。勝ったら勝ったで来年も出されるし、負けたら負けたで病院行きで教師からの叱責付きだ」
「もっと平和的な方法とかあればいいんだけど」
「無理だろう。これよりも分かりやすい白黒のつけ方はないしさ」
 運動場はどこも生徒が教師にしごかれている姿が見られる。時々、悲痛な叫び声が聞こえてくるが、もう何度も聞いていると人間とは慣れてくるものだ。
「俺はそんなに優秀でもないので、教師にしごかれるような事はないからラッキーだ。この間、退院してきたコンペイトウのヤツは早速しごかれてたぜ。病み上がりとかそういうのは、精神論でカバーさせられているらしい。しかも、あいつもあいつで、“華麗に打ち勝つ!”などと公言していた。馬鹿っぷりは相変わらずだが、同窓の中ではあいつは期待株でもあるし、当日はそれなりに応援してやるか」
「あらあら。その分なら大丈夫そうね。体の方も」
「ダメなのは頭の中だけさ」
 そう苦笑するガイア。
 わざと悪態をついて強がっているようだが、うっかり邪眼の力で傷つけた事をまだ気負っているのは明白だ。強がれるほどならば、それほど問題はないのだけど。
 と。
 その時、通りの向こうから一人の女の子が走ってきた。
「あら?」
 それは見覚えのある人影だった。思わず声を出す。
「ん? 知り合いか?」
「多少見知ってる程度。法術学科の後輩よ」
 彼女は血相を変えて息を切らし走ってくる。いかにも何か早急を要する事態が起こったような様子だ。
 何だろう? また誰か怪我人が出たのかしら?
「セシアさん! 探しましたよ! 大変なんです!」
 ぜいぜい息を切らせながらも、大声で私にしがみつきながら訴えかけてくる。
「何? どうしたの?」
「今、法術学科に槍術学科の生徒が運ばれてきて、酷い怪我なんです!」
「でも、今日は先生達もいるでしょ?」
「他にも重傷者がいて、先生方は皆、そっちの方で手一杯なんです! 他の先輩方も自分の手には負えないって言ってますし、もう後はセシアさんしかいないんです!」
 そういえば、今法術学科の生徒のほとんどは怪我人の治療でそっちこっちの学科に出払っている状態だ。先生達が他の重傷者で手が塞がっているという事は―――。
「分かったわ。今行きます」
 私は法術学科に向けて飛び出した。



TO BE CONTINUED...