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 エルフィとシルフィは、物心つく頃には酷く人見知りをする性格になった。原因は、やはり環境にあった。二人は両親に怒鳴られるのを恐れるあまり、いつも自然に機嫌を窺うようになっていた。そして更に、外を歩けば奇異の視線か嫌悪感を向けられるため自然に人との距離を離していた。既に自分達が、周囲の人間に決して受け入れられない存在である事を二人は自覚していた。だから、必要以上に歩み寄る事はしないのだ。どうせ拒絶される事は分かっているからである。
 そのためエルフィとシルフィは、よりヴァルマの傍にいるようになった。ヴァルマは自分達の唯一の味方であり、また理解者でもあったからである。二人にとって、兄は敬愛の対象だった。自分達の如何なる感情をも受け止め、いつも笑顔を向けてくれる。そして、普通は知らない事まで何でも知っている、その博識さ。話し掛けても何も答えてはくれない両親とは違い、両親よりも遥かに頼もしい存在だったのである。気がつけば、二人にとってヴァルマという存在は兄ではなく、理想の男性像となっていた。自分達に愛情を注いでくれる唯一の存在が、たまたま兄であり、そして異性であっただけの話である。




 その日、ヴァルマは珍しく外に出ていた。傍らには、いつものようにエルフィとシルフィが寄り添っている。三人はいつものように村の外れの山の方へ出かけていった。村の中では落ち着く事が出来ないからである。
 何をする訳でもなく、ただ一日中、三人は風に当たり、木々のざわめきを聞いていた。ニブルヘイムは寒帯気候のため、年を通じて極めて温度が低い。普通、一日中外に出なければいけない時は、それなりの防寒具を身に付けなければあっという間に凍死してしまう。しかし、この村はヨツンヘイムとの国境沿いに位置するため、気候は冷帯気候であるヨツンヘイムに近い。そのため四季がはっきりと分かれており、春季夏季は気温が上がり、逆に秋季冬季は気温が下がる。三人は気温の暖かい日を選んで外に出ていた。
 三人は、一日中山の中腹に位置するその場所にいた。外界の煩わしさからも解放され、自分達だけの世界に浸ることができるからだ。周囲には自分達を傷つけるものがあまりに多過ぎる。だから、自分達を傷つける存在のないここにいるのが一番の幸せでもあった。
 ある日、村に住む一人暮らしの老人が死んだ。
 死因は老衰だった。ニブルヘイムの平均寿命を十も上回る年齢だ。ベッドに眠りにつき、そのまま目を覚まさなかったとしてもおかしくはない。しかし、村人はこぞってエルフィとシルフィのせいにした。そうする事で哀しさを紛らわせ、突然の死という理不尽な現実に感情の逃げ場を作る事が出来るからである。その騒ぎに乗じ、二人への非難が露骨になった。日頃から祟り神と忌む二人へ抱いている感情が表面化したのである。
 誰かが、エルフィに向かって石を投げた。石はエルフィの頬に当たり、僅かな傷を作った。そしてヴァルマは、傍に落ちていた手頃な石を持ち、犯人の頭を打った。一発。二発。三発。ヴァルマは何の躊躇もなく、石で打ち続けた。見る間に血でまみれ、真っ赤に染まった。打ったヴァルマも、返り血で赤く染まった。犯人は泣きながら地に頭を擦りつけて謝罪した。それでようやくヴァルマは犯人を許した。
 以来、三人は更に村から孤立していった。彼らには、蔑みの声をかける者すらいなくなった。誰もが皆、三人と関わる事自体を嫌った。三人はそれで満足だった。どうせ相容れない仲ならば、自分達にとって都合のいい距離を取れる方が良い。
 エルフィとシルフィに味方するヴァルマを、村人は祟り神に取り憑かれていると言った。病弱な体が一向に良くならないのは、祟り神に味方するからだとも言った。しかしヴァルマは耳を貸す事はなかった。他人の価値観で自分自身の存在が揺らぐ事はない。だから、周囲の言葉でおたおたする必要はない。むしろ、よくもそんな迷信をいつまでも信じていられるものだ、と嘲笑さえ浮かべた。
 孤独感を感じる事はなかった。必要性もなかった。常に自分の傍には、自分を理解する人間が二人もいる。三人の世界はより内側へ収束されていったが、それに気づく事はなかった。
 そして、ヴァルマが十四歳、エルフィ、シルフィが十二歳になったその年。三人の両親が、事故で他界した。乗っていた馬車が崖から転落したのである。村人は二人の死を心から悼み悲しんだ。しかし、三人は何の感慨も抱かなかった。生まれてから一度たりとも愛情らしい愛情を貰わなかった人間がこの世からいなくなったとしても、それは悲しむに値しなかったのだ。
 そんな三人の様子を見た村人は、こぞってこう言い放った。二人を殺したのはこの三人だ、と。
 遂に三人は、村での居場所を失った。



TO BE CONTINUED...