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「旅行?」
 昼休み。
 今日はみんなの集合が遅く、いつもの席には僕とロイアしかいない。そのロイアが突然、僕に旅行の話を持ちかけてきたのだ。
「そうですわ。もうじきアカデミー最後の夏期休暇ですもの。せっかく両親と公認の仲なんですから、思い出作りに。ね?」
「でも、リームが退屈だって文句を言うかも……」
 基本的にリームは、いつも動いてなければ落ち着かない人だ。旅行と言っても、メインは観光になる。その内容によって、駄々をこねるかか否かの明暗が大きく左右される。大体どういうものが好きなのかはちゃんと把握はしているけど、それらは大体、僕の好みとは正反対だったりする。
「心配ありませんわ。女は好きな男性と行動を共にする際、どこに行ったのかよりもどういう時間を過ごしたかの方が大切なんです」
「そういうものなの? まあ、今年でアカデミーも卒業だから、それもいいかなあ」
 既に僕達は卒業後の身の振りは決めている。僕はリームとフリーバウンサーになるのだ。
 バウンサーというのは、いわゆる用心棒の事だ。依頼人をトラブルから守るのが仕事である。普通は一定の客との間で継続的に契約を結ぶものだけど、フリーのバウンサーは仕事単位でのみ契約をする。性質はハンターに近い。アカデミーを卒業すれば、それぞれ魔術師、格闘師の称号が得られ、個別に証明章も与えられる。こういった証明章がなければ、詰め所やギルドでバウンサーに宛てた仕事の斡旋は受けられない。証明章は確かな実力の証明でもあるのだ。
「ところで、今、どういう所に行くのが流行ってるの?」
「色々と資料はもらってきましたわ。私も、どこかに行ってみようと考えてますから」
 するとロイアは、持っていたカバンの中から旅行関係のパンフレットや資料を沢山取り出してテーブルに並べた。
「ロイアも行くんだ?」
「ええ。一人で」
 にっこり微笑みながら、わざとらしく一人の部分を強調する。
「いや、別にそういう意味じゃなくて……」
 なんか、当てつけられたみたいだ。
 僕は話題をそらそうと、一枚のパンフレットに手を伸ばす。それは、ここから遥か南の地方にある常夏の島へのリゾートツアーの案内だった。ニブルヘイムは年を通して寒冷な気候であるだけに、やはり人気のツアーの一つのようである。
「う〜ん……やっぱりどれも高いなあ」
 ツアーの料金は、一番安いコースでも今の自分においそれと出せるような金額ではない。ペア料金だと比較的割安になるけど、それでもちょっと難しい金額だ。
 僕の実家はそれなりに資産はあるから、頼めばすぐに送られてくるはずだ。でも僕は、今の生活でも仕送りは必要最低限にしてもらっている。自分で魔術師になると決めたのだから、あまり実家に頼る訳にはいかなのだ。旅行の費用を実家に頼るのは、単なる甘えである。
 遠方のツアーだから高いのかもしれない。僕は別のパンフレットを取ってみる。
「ニブルヘイム秘境巡りの旅……。リームは絶対駄目だな。国宝とか壊しかねない」
 当たり前の事ではあるけど、面白そうな場所へのツアーの料金は高く、そうでないものはそれなりの価格が設定してある。旅行自体はいい案だとは思うんだけど、肝心の内容とこちらの出せる予算との折り合いをつけるのは困難を極めそうだ。
「でしたら、いいアルバイトがありますけど? かくいう私も、それで旅費を稼ぎましたから。日払いだから、後腐れもありません」
 そう言って、ロイアがにっこりと微笑む。
「後腐れって……あんまり危険な仕事はしたくないんだけど」
 時々、ロイアは笑顔であまり笑えないような事や、妙なスラングを使う事がある。狙って言っているのか、それとも本当に天然で言っているのかは、その陰りのない表情からはどうにも窺い知れない。きっと、これまでの育ちであまり俗語と縁がなかったのだろう。それが一度に耳に入ってくるようになり変な覚え方をしたのかもしれない。
「大した事ではありませんわ。ただの、宝物庫の警備代役ですから。一応アカデミー側には非公認という事になってますから、あまり大きな声では言えませんけどね」
 警備の代役のバイトは、噂では聞いた事がある。
 四回生は、当番制でみんな宝物庫の警備をやらなくてはいけない。そういう義務をかせられるのだ。もちろんサボればそれなりの制裁が降りるので、みんなやむなく従っている。けど中には、運悪く大事な用がある日と警備の日がかちあってしまう時がある。この警備代行は、そのための抜け道なのだ。アカデミー内には生徒だけで構成された裏組織のようなものがあって、それがこの警備代行を統括している。代行を申し込みたい人は、そこで手続きを行い料金を払えばいいそうだ。
 そんなに簡単に代役なんて出来るものなのだろうか?
 初め、僕はそう考えていたが、実際に警備をやるようになり実状を知ると、案外出来なくもない事が分かった。出席は教師によって取られるが、細かい身分証明まではさせない。そのため、口に出した名前と性別さえ合っていれば、たとえ誰が出ようとも警備に出席した事になるのだ。
 そういえば、ガイアもそのバイトをした事があるって言ってたっけ。普通に働くよりずっと楽だとか笑っていた。
「需要が高くても供給する人が少ないですから、バイト料はびっくりするほど高いですよ。私は、一回でこのぐらいでしたわ」
 と、ロイアが右手を広げて見せる。その右手には、指が五本。
「え? そんなに?」
 想像していた額の、軽く三倍はある。
 宝物庫の警備自体は僕も何度かやっている。不法侵入者を撃退する役目、とは言っても、まだ一度たりとも襲撃されたなんて話は聞かない。だから警備なんて、夜を徹して立っているだけの作業に等しい。睡魔と退屈と寒ささえ我慢できれば、後は比較的楽な作業だ。それを誰かの代わりをするだけでそんなにもらえるなら。今からバイトを探して働くよりもずっと現実的だ。
「ちょっとやってみようかな。でも、さすがに連日は辛いから、何日か置きには出来るの?」
「その辺りは心配ありません。組織の方がちゃんと管理なさっていますから」
 普通に考えたら、組織、なんて胡散臭い響きの単語だけど。でも、実際の経験者がそう言うのだから問題はないだろう。
「あーハラ減った。メシだメシだ」
 入り口の方から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。 あれだけ離れた入り口からでもはっきり聞こえてくる辺り、ほぼ間違いなくその本人と思っていいだろう。目を向けると、そこにはやっぱりみんなの姿があった。その中には、声の主であるリームの姿もある。
「あら、皆さんがいらっしゃいましたね。早く仕舞いましょう」
 ロイアはテーブルに広げたパンフレットを大急ぎで片付け始めた。
「どうしてそんなに急いで片付けるの?」
「ギリギリまで隠していて、驚かせてあげなさいな。その方が喜ばれますわ」
「そう?」
 何よ突然、とか言われそうな気がするんだけど。でも、やっぱりそういう事は同性の方がよく分かるものなんだろうし。
「じゃ、ちょっと何枚か貰ってもいいかな? じっくり選びたいから」
「ええ、どうぞ」
 僕はロイアから何枚かパンフレットを貰い、すぐに自分のカバンの中へ仕舞い込んだ。
 旅行か……。面白そうだなあ。どこに行こう? 第一前提としては、リームが退屈しない所だろうな。
 まだ正式に決まった訳でもないのに。僕は、もうその事をリアルに頭の中で想像を始めていた。思ったよりも自分は気がはやっているようだった。丁度、遠足を近日中に控えた子供のような感じだ。
 リームは意外と勘が鋭いから、出来るだけ感づかれないように気をつけなければ。
 そう、強く自分に言い聞かせた。
 ただでさえ、僕は動揺が顔に出やすいのだから。



TO BE CONTINUED...