BACK

 朝食も終え、早速俺達は例の古城へ出かけた。体調は極めて良好だ。少々、頭のこぶが痛みはするが、頬の腫れは気にはなるが。今日こそ、あの鮮血の騎士にリベンジを果たしてみせる。思いっきり蹴り飛ばされた恨みは、まだ忘れた訳ではない。
 古城までの街道は、ほぼ一本道だ。しかし、周囲には俺達以外に全く人の気配がない。少し前までは鮮血の騎士を我こそ討ち取らんとハンターがぞろぞろと歩いていたらしいが。鮮血の騎士の思わぬ実力に皆、すっかり恐れをなして近づかなくなったようである。今、街に集まっている大勢のハンター達も、大概はその噂を聞いた事でしばらく状況を様子見ているのだろう。もっとも、そのほとんどが本当に様子見だけで退散するのは目に見えているが。最後まで残るのは、意地っ張りと命知らず、そしてよほどのバカか実力者だ。俺達がその実力者のカテゴリに入っている事を願う。
「なあ、ヴァルマよう」
「なんだね?」
「ヤツの武器の秘密は分かったとして。今度はこちらの攻撃方法はどうするんだ?」
 道すがら、俺はヴァルマにそう訊ねた。
 相手に防御をする気を失わせるという鮮血の騎士の剣も恐ろしいのだが、もう一つ、ヤツの身にまとっている甲冑もまた常識外れに頑丈だ。昨日俺は、まったく手加減抜きの魔術をヤツの顔面と腹に叩き込んだのに。吹き飛ぶどころか傷一つつかなかったのだ。
 一応、俺の名誉のために。
 もし俺が本気で重装備の人間を攻撃したならば。まず、材質が鉄や鋼程度ならば、攻撃した個所が一瞬で蒸発し、大半の攻撃エネルギーを生身の体でモロに食らう事になる。通常の人間ならば、即死、良くても重傷だ。それだけ魔術師の攻撃力は凄まじいのである。
 大国の正規の騎士団で使われている甲冑ならば。使用されている金属は合金である事が多く、その精製方法は部外秘となっている。それだけの強度や軽量性に優れているのだ。だが、それでも魔術の方が破壊力は勝っている。事実上魔術の攻撃に恒久的に耐えうる事が出来るのは、アカデミーで精製されたミスリル合金を除いて他ない。穴を空けるのは無理だとしても、俺でも傷ぐらいはつけられる。魔術的処理を施されない民間レベルの合金の強度なんてそんなものだ。
 つまり俺が言いたいのは、鮮血の騎士が身にまとっている甲冑の材質がミスリル合金である可能性が高いという事だ。そうなると、それを破壊するのは極めて困難なのである。言うなれば、破壊できる方が普通じゃないのだ。
「お前の事なら薄々は気づいてると思うけどさ―――」
「あの甲冑がミスリル合金ではないのか、という事だろう?」
 そうヴァルマは、さも当然の事のように答える。やはりヴァルマも気づいていたようだ。俺が気づくぐらいなんだから、ヴァルマのようなキレ者が気がついていないはずがない。
「しかし残念だが、あれはミスリル合金ではない」
「は? なんで?」
「通常ミスリル合金製の武具類には、そのミスリル合金を精製したアカデミーの学印が目立つ箇所に刻印されている。いわば著作権表示のようなものだな。だが鮮血の騎士の甲冑には、それらしき刻印は見当たらなかった」
「よく見てたなあ。んで、どうやってあれを壊すんだ? エライ固い事には変わりないんだけどさ」
「確かにあの強度は目を見張るものがあるな。何せ、君が全力を出したにもかかわらず、傷一つつかないのだからね」
 ニヤリと含みのある笑み。
 なんか、遠回しな嫌味に聞こえるな……。
 心の声が聞こえてきそうな気がしたので、俺は視線をヴァルマからそらす。
「で、対策はあるのか?」
「色々あるさ。要は破壊の原理に忠実に従う事だ。それさえ守れば、事実上この世に破壊できない物質は存在しない。一例をあげてみよう。アカデミー不知火が開発した汎用ミスリル金属ヒヒイロノカネ。これはおよそ三十種のあらゆる加圧に対して優れた耐久性を誇り、また一立方センチメートル辺り、僅か0.007ピコグラムという軽量性を併せ持つ。だがそんなミスリルも、急激な温度差による金属疲労に対して極めて弱く、加工の際は必ず耐熱耐冷処理を行わなくてはいけない」
「よく分からんが……とにかく壊す事は出来るって事だな。あ、そうだ。そんな小難しい理屈を並べるよりも。エルシルフィ、ザンテツ使えよ」
 ふと俺は、エルフィとシルフィが持つもう一つの神器を思い出した。
 邪剣ザンテツ。なんでも、この世に斬れないものはないと言われている鬼のような神器だ。これならば、幾ら鮮血の騎士が身にまとう甲冑が頑丈であろうとも、斬れないものがないのだから関係ないはずだ。
「これですか?」
「これですか?」
 朗らかな二重奏と共に鞘に収めたまま太刀脇差の二振りが俺に突きつけられ、くいっと顎を上向きにさせる。この二振りがくだんの邪剣ザンテツだ。
「人の名前を繋げて呼ぶなと何度言えば分かります?」
「人の名前を繋げて呼ぶなと何度言えば分かります?」
 ニッコリと微笑んではいるが、発している怒気は本物だ。
 この二人。外見は極めて美しいのだが、中身はかなりのキワモノだ。ヴァルマよりも気難しく、アカデミー時代は気に入らない事があるとすぐに実力行使に出るような人間だった。
「悪かったよ……」
 どうせ二人がかりでは、戦闘は元より弁論でも勝てる望みは薄い。昔からこの二人に俺は、ただの一度として勝ったためしがないのだ。
「分かればいいのです」
「分かればいいのです」
 こっくりうなずき、二人はザンテツを腰に戻す。
「でも、ザンテツは使いません」
「これは兄様を守る時だけと決めていますので」
「はあ? 別にいーじゃんよ。ちょっくらサクサクやるぐらい」
 ザンテツを使ってあの甲冑を剥がしてしまえば、鮮血の騎士攻略はもう目の前だ。あの剣だって、リーチが限られているのだから距離を取って戦えば大した問題ではない。となれば、残す所の課題はあの異常なほど頑丈な甲冑だけだ。裏を返せば、それがなければ俺達の勝利は約束されたようなもの。そして俺達は鮮血の騎士にかけられた賞金も手に入ってハッピーエンドだ。
 二人はザンテツを使う場合を限定しているようだが、今回ぐらい多めに見てやってくれてもいいのに。そうすれば万事丸く治まるのだし。
 すると二人は、まるで俺を黙らせるかのようにジロッと睨んだ。
「ちょっとだけ。一度だけ。そういう心の緩みが危険なのです」
「大き過ぎる力は節度を持って使わなければ身を滅ぼすのです」
 さっきよりいっそう鋭い二人の視線。これ以上の俺の言葉を許さないほどの力に満ちている。
「そ、そうか……じゃあ仕方がない」
 反論の言葉を失い、俺はそのまま黙りこくってしまった。
 今までずっと性格破綻者と思っていたこの二人に、まさかこんな道徳論を聞かされるなんて……。
 あまりに意外な言葉だった。急に自分が矮小な人間に思えてきた。
「ガイアも少しは見習うべきね。すぐそうやって楽な方楽な方って行こうとするもの」
「なんだよ、それ。人間はな、自分の生活を楽にするために努力する生き物なんだぞ」
「なんかした? 努力」
「……少し」
 考えてみれば、ちゃんと努力していればアカデミーをもっと良い成績で卒業していたかもしれない。実際の俺の成績は本当に極普で、通特筆するべき点が皆無といったものだ。どちらかといえば、予習復習はまずやらなかったし、テスト期間に入るとヴァルマに頼んでノートを見せてもらったり、宿題をセシアやグレイスに手伝ってもらったり、といったありさまだ。
 よくよく思い出してみれば、俺はいつも誰かの力を借りている。確かに、こんな俺が人に努力どうこう言った所で説得力などありはしない。
「あ、だったらこういうのはどうだろう?」
「何かね?」
「まず最初、ヴァルマが一人で城の中に入るんだ。それで、ヤツに遭遇したら何かしらの合図を送る、と」
「そこに何の意味がある?」
「ほら。お兄ちゃんがピンチなら、思いっきりザンテツを使えるだろう?」
 はあ、と隣のセシアが憂鬱そうな表情で溜息をついた。
「どうします? あんな事を言ってますけど」
「どうします? あんな事を言ってますけど」
 かちゃっ、と音を立て、二人はそれぞれアカデミーから授与された方の神器のこいくちを切る。
「準備運動の代わりにはなるだろうが。仕事が終わるまで辛抱したまえ」