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 街外れの峠。
 そこに、二人の男女の姿があった。
「待ってよ! リーム!」
 先をずんずん進んでいくリームの後を、グレイスが必死で追いかける。
 リームはグレイスの声を一切聞こうとはせず、ひたすら前へ前へと進んでいく。
「リーム、いい加減にしてよ!」
 グレイスは駆けより、リームの肩を掴む。
「どうしてそんな風に行こうとするんだよ! みんなを避けるみたい!」
 しかし、リームはその手を払い、またすぐに前へと歩き出す。
「リーム!」
 すぐにその後を追いかけるグレイス。
 また肩を掴み、今度は強引にこちらを向かせる。
「黙ってちゃ分からないよ!」
 リームはうつむいたまま動かない。
「離して……」
 力ずくに振り払う事なら簡単なはずなのに。
 しかしリームは、普段の超人的な力を揮おうとはせず、ただグレイスの制止する力に流されていた。まるで従順するかのように、意外なほどリームはおとなしくしている。
「どうして黙ってるの……? ガイアが嫌いだから……? それは分かるけどさ、でも―――」
 と、
「分からないのよ!」
 突然、リームがそう叫んだ。
「分からないの、どうしたらいいのか! 私、みんなのことは好き! だけど、あれ以上みんなと一緒にいたら……私、こんな性格だから、何をするか分からないのよ……!」
「リーム……」
「ねえ、私、どうしたらいいの? もう何も分からないのよ……頭の中がこんがらかって、一体どうしたらいいのか……」
 リームの目から涙がこぼれ始める。
 グレイスはそっと抱き締めた。その涙を覆い隠すように。


「兄様……」
 シルフィは不安げにヴァルマに話し掛けた。
 もうあの村は見えなくなっていた。今頃、残された五人は避難場所に移動しているだろう。けれどもヴァルマは、一度も振り向かずにただひたすら前に進み続ける。
「いいんですか? みんなと一緒に行かなくて……」
 ヴァルマはこんこんと眠り続けるエルフィの体を抱き上げたまま、ただ前へ前へと歩き続ける。まるであの村から一刻も早く、少しでも遠くに離れられるるように。
「行く必要はない」
「でも……」
「今は、その時ではない」
「その時?」
「たとえ、今無理に戻った所で、同じ事の繰り返しだ。今私達に必要なのは、時間と距離だ。互いを冷静に見つめ、受け入れられるようになるまでは、顔は合わせない方がいい」
「……はい」
 少し前まで魔素の過剰吸収による暴走状態であったはずなのに、今のヴァルマは普段の理知的さを取り戻していた。シルフィもかなり気持ちは落ち着いている。
 今はただ、仲間の五人の事を考えるより、一歩でも先にヴァルマは進みたかった。
 今戻った所で、これまでのような狂気染みた行動の繰り返しになるだけだ。それは十分に知っている。
 必要なのは、落ち着くだけの時間だ。それもただ落ち着くだけではなく、相手の全てを許せるようになるまでの時間だ。
 そのためにどれだけの時間が必要になるのかは分からない。けど、それまで自分達はみんなとは会ってはいけない。それは仲間を大切に思うからだ。だからこそ、今は時間と距離が必要なのだ。
「ん……」
 と、その時。
 ヴァルマの腕の中で眠っていたエルフィが目を覚ました。
「あれ……兄様? シル?」
 エルフィはまるで状況を理解していないため、何故こうなっているのか分からず不思議そうに辺りを見やる。
「エル、大丈夫!? どこか痛くない!?」
「うん、大丈夫。でも、私……?」
「エル、何も考えなくていい。もう少し眠りなさい。まだ歩くのは無理だから」
「はい……」
 兄の言葉にエルフィはゆっくり目を閉じた。そしてすぐに安らかな寝息が聞こえ始める。兄の腕の中は、どんなベッドよりも安らげるからだ。エルフィの安らかな寝顔を見ながら、ヴァルマは微かに微笑んだ。
「兄様、これからどこに向かいましょうか?」
「そうだな。シル、地図を―――いや、やはりやめておこう。たまには行き当たりばったりもいいかもしれない」