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『ラムダ、右よ右! そっちにポジショニ―――』
『何を言ってますの!? それは相手の罠です!』
 ギャラクシカ準決勝。
 準決勝に残った機体は総勢五機。本来ならば一対一の試合を、どれか一機が一試合だけ多く行う、ごくありふれたトーナメント形式を行うはずだったのだが。しかし昨日、大手のスポンサーの一つが急遽経営不振を理由に外れたため、運営資金が限られてしまった本部はやむなく試合数を減らすべく準決勝に限り試合形式をバトルロイヤルの変則形式に変更したのである。五機による総当り戦。二機が残った時点で準決勝は終了だが、マスターは、”大方、共倒れしまくって一機が残るのを期待してるんでしょう”と言っていた。つまりこの準決勝を事実上の決勝戦として大会本部は考えているのである。けれどマスターはテレジア女史の申し出を受け、私はシヴァと共同戦線を張る事になった。決勝戦を私達で行う事がその目的である。
 この準決勝戦において共同戦線を張れるか否かは非常に重要な意味を持つ。一対四と二対三。どちらがより有利に展開を運べるかは明白である。友機がいるか否かは、単純に戦力が二倍になるという事ではない。可能な戦術の幅は何倍にも広がるため、戦力は戦術の内容次第で三倍、四倍にもなる。性能以上の力を引き出せる事が出来れば、戦闘の勝率、生存率が飛躍的に高まる。
 はずなのだが。
『それが引っ掛けだっつってんのよ! アンタ、頭ん中カビ生えてんじゃない!?』
『あなたこそ中身があるのかしら!? ピーマン頭、いえ、このバンブー頭!!』
 指示要請……返答なし。
 再度要請しますか?
 一時待機。戦闘は戦闘プログラム、パターン25を使用し臨機応変体勢。
 マスターとテレジア女史は、試合開始のほぼ直後から、このような意見の衝突ばかりを起こしている。私はマスターの命令を最優先させるものの、シヴァは同じようにテレジア女史の命令を最優先させる。これでは共同戦線を張る意味はなく、事前に入力した各種連繋パターンを使用する事が出来ない。
 被ロック警告!
 232:44の方角からエネルギー反応!
 ギャラクシカ会場に作られたリングは、通常の五倍サイズの広さがあった。これまで使用していたリングを連結して使用しているのである。そこに、まるで公園にあるようなさまざまな障害物が設置されている。ただ広いだけのフィールドで戦闘を行うよりも戦術を難解にし、そして観客の見ごたえを考慮したためである。
 警報に従い、私はすぐさま状況を確認する。私の前方には強化ジェラルミンパイプで組み立てられた、全高12メートルのジャングルジムがそびえ立っている。その丁度中腹に、赤いボディを持った機体の姿があった。
 データ照合……スランバード総合技術社製作『アレス』と判明。
 アレスは右腕と右足でジムからぶら下がるような体勢を取り、左腕を私に向けて構えている。その左手には口径の大きいノズルを持った筒状の兵器が構えられている。
『うっさい! 大体アンタは……あ! ラムダ! それ、ヤバイ! 今度こそ右!』
 と、マスターの指示が入る。私はすぐさま右へと飛び込んだ。そこには六角形の形をした人工擬似ダイアの柱が立っている。私はその柱を利用し、アレスから身を隠す。
 直後。
 ボスッ、という鈍い振動が柱の向こう側から聞こえてきた。
 柱温度急上昇。即刻退去の必要アリ。
 私は柱をアレスの死角として利用しながらその場から退避する。
 今の兵器は、可燃性の粘着液を着火し高圧で発射するものである。その最高温度はおよそ3000から4000を記録し、現在使用されている大半のロボット用の装甲の融解温度を超えている。当然直撃を受ければ、私のボディは一瞬にして蒸発する可能性が高い。
 友軍データコール……シヴァ現在位置、X337:Y137:Z12地点。現在、アートウェアグループ製作『サンダルフォン』と戦闘中。
『ラムダ、近くでシヴァが戦闘を行っています。こちらからルートを指示いたしますので、サンダルフォンをシヴァと挟撃しなさい。ただし同士打ちの危険性を考え、フォトンライフルは使用しないで』
『こら、勝手にラムダに命令すんな!』
『あなたがまともな命令をしないからでしょう!? あなたにはもう少し危機感というものが―――』
 ……。
 命令認証。ルートの指示を要請。
『ラムダ、A2のT6のR5! エリカ、いい加減邪魔はなさらないでくださる!?』
『どっちが邪魔してるってのよ!』
 とりあえず、ルートの指示は出た。私はそれに従いシヴァと交戦中のサンダルフォンの背後へ向かう。シュールデザインの動物を模したベンチを二つほど伝い、ビル建設用の重厚な鉄骨材で作られたシーソーをタイミングを合わせてジャンプする。着地。すると、シヴァとサンダルフォンの戦闘を視覚素子で確認出来る位置までやってきた。
 相対位置取得……シヴァ12メートル地点、サンダルフォン10メートル地点。
 サンダルフォンは全身が青を基調とした配色でまとめられた青年型のロボットだった。身長はシヴァとほぼ同等、体型もよく似ている。しかし、明らかにシヴァとは異質な特徴があった。それは―――。
 被ロック警告!
 サンダルフォン背部の熱量上昇!
 その警告に、ハッと私は回避体勢を取る。直後、サンダルフォンの背中に生えた二枚の白い羽から無数のエネルギー弾が放たれた。
 射出角度36度。回避可能。
 私は足の裏に装備されたブーストを開放し、秒速3メートルでスライドダッシュ。処理フレームで72フレーム後、私の横をサンダルフォンが放った無数のエネルギー弾が通過していく。
 サンダルフォンは、従来の人間型にはなかった、まるで大型鳥類のそれのような白い羽を背部に取り付けている。その正体は特殊ファイバーを軸とした発光体粒子とエネルギーの反応による視覚的な効果だ。外見だけを評すれば、まるで聖書にある天使という架空生物のようである。サンダルフォンには実際の天使のような飛行能力はないのだが、あの背中の羽はただの装飾ではない。これは直前になってテレジア女史が手に入れた情報なのだが、サンダルフォンの羽にはそれぞれ独立したCPUが内蔵され、丁度死角になっている背後からの攻撃をカバーしているのだそうだ。事実、サンダルフォンはシヴァとの戦闘中にもかかわらず、背後から接近してきた私に反応し攻撃を仕掛けてきた。サンダルフォンの羽はエネルギーによる発光体で構成されているが、必要に応じて先ほどのようにその羽をエネルギーの弾丸として発射する事が出来るのである。そして、射出して足りなくなった羽はまたすぐに補充される。エネルギーで構成されているため、エネルギー炉から直接供給を半永久的に受ける事が出来るのである。
『ちぇっ。やっぱり気づいたか』
『ですが、攻撃があまりに単調ですわね。シヴァ、そのままサンダルフォンを足止めなさい。ラムダ、速攻で決めておしまいなさい。今ので相手の攻撃レベルはサンプリング出来たでしょう?』
 テレジア女史の言う通り、確かに背後からの攻撃にも対応出来るサンダルフォンの能力は脅威だが、その肝心の攻撃があまりに単調だ。私は機動力を重視された設計ではないものの、確認さえ出来ればかなり余裕を持って回避する事が可能である。本体がシヴァとの戦闘に処理を集中している以上、私にとって今のサンダルフォンは無防備な事この上ない。
『だから命令すんなっての。ラムダ、ジェットカッターで行って。一応、フォトンライフルは同士討ちになる可能性あるからね』
『あら。それなら先ほど私が指摘しましたけど?』
 そして、再びマスターとテレジア女史が口論を始める。
 ともかく。
 ハードコントロール、コール。起動コード入力。右手、第一指から第五指までのジェットカッターを起動。
 私の指にはそれぞれ、プラズマを高圧力で噴出して対象を切り裂く近距離用兵器が搭載されている。見た目こそあまり目立たず地味ではあるが、その威力は現行の近距離兵器には決して引けを取らない。なおかつ、ジェットカッターは噴射口がほんの僅かにあれば良いだけなので、外観からは搭載している事を確認するのは難しい。そのため相手の咄嗟の対処は難しいのである。
 ブシュッ、という静かな噴出音の後、指先から高圧プラズマが断続的に放出される。その様はバーナーのそれによく似ている。もっとも、これにさらされた対象のダメージはバーナーとは比較にならないが。
 サンダルフォンの背部からエネルギー反応。
 データ酷似のため、ショートカット回避処理。
 サンダルフォンに接近する私に向かい、再びあの無数のエネルギー弾が射出される。しかし私は先ほどとまったく同じプロセスでそれを回避、そして再接近する。
 サンダルフォン背部羽オプションの再構築開始。
 しかし、再構築完了の40フレーム前に私はサンダルフォンを射程距離に捉える事が出来る。
『シヴァ、ラムダに任せて間合いを取りなさい』
 シヴァからのアクションデータ受信。
 サンダルフォンとの接近戦を繰り広げていたシヴァは、私の背後からの接近に合わせて間合いを離す体勢に入る。サンダルフォンが右手から、火薬を局所的に爆発させるバーストブロウをシヴァに目掛けて放つ。しかしシヴァはトラウマシステムで安々とそれを回避すると、逆に前蹴りを繰り出してサンダルフォンを蹴り飛ばし、その反作用を利用して自分は場から離れる。
 シヴァの蹴りを受けたサンダルフォンの体が私に向かって飛んでくる。けれど、こうなる事は先ほどシヴァから受信したデータによって先刻承知済みである。
 ベクトルデータ修正。
 目標位置まで、残り7フレーム。
 ジェットカッターを規定位置に構える。
 サンダルフォンを射程内に捕らえました。
 その瞬間、私は右手の五指を鉤爪のような形に構え、そのままサンダルフォンの背中へフル出力で繰り出した。
 命中。
 ぐしゃっ、という破砕音と僅かな反作用と共に、私の右手がサンダルフォンのボディフレームを貫通する。シヴァに蹴り飛ばされた事による後方へのベクトル、そして私の前へと繰り出したベクトルの相乗エネルギーがボディフレームの持つ抵抗によりゼロになる頃、私の右腕は肘ほどまでサンダルフォンを貫いていた。
 敵機損傷甚大。
 これ以上の稼動は不可能と判断。データリストからサンダルフォンを削除。
『よし、ナイスラムダ!』
『シヴァのアシストがあってこそですわよ』
 私はすぐにサンダルフォンの機体を捨てると、次の目標をサーチする。
 標的サーチ……。
 警告! 頭上に敵機反応!
 え……?
 私はその意外なサーチ結果に思わず動揺する。私は先ほどの戦闘中も絶えずサーチしていた訳ではなかったが、そうもやすやすと相手の接近を許すほどマスターの感覚素子は鈍いものではない。
『やっべ! そうだ、こいつがいるんだった!』
 通信回線から、そんなマスターの焦燥した声が聞こえてくる。
 私の感覚素子やセンサーは、効率的かつ綿密に周囲の状況データを採取する。けれど、今頭上にいる敵機の接近は、マスター自身も予想出来なかったようである。
『シヴァ! アシストは出来て!?』
「現在位置射程外距離。アシスト不能」
 シヴァにもどうやらこの機体の接近は察知出来ていなかったようである。シヴァもまた、テレジア女史による高性能な感覚素子とセンサーが内蔵されている。にも関わらず、私と同様の対応の遅れから察すると。
 この機体は消去法により、桜塚工業技術団製作『NINJYA』と確認。
 データー、コール。
 NINJYAの主だった機体特徴。極めて熱効率のよく、稼動音を従来の30%減じた設計。全装甲をステルス素材に換装。主だった兵装はなく、戦闘は接近戦のみ。
 やはりこの機体は、戦闘よりも相手のセンサーにいかに捕らえられず迅速に接近出来るかを重視して設計されているようだ。マスターやテレジア女史の感覚素子やセンサーも決して見劣りのするものではないのだが、隠密行動に関してはこちらの反応よりも向こうの方が性能的に上だったようである。
 ハードコントロール、コール。起動コード入力。ブースト起動。
 私は強制的にブーストを起動させると、その噴出力を利用して前方に転がり回避する。先ほどはサンダルフォンに処理を集中させていたため確認が遅れたが、一度間近で認識出来れば、私のセンサーから隠れる事は不可能だ。ステルス素材はロボットにとって個体を把握しにくくする恐ろしいものだが、その反面強度は極めて低い。おそらくこちらの攻撃は防ぐ事すら出来ないはずだ。相手の姿は確認しているのだから、不利な立場にあるのは向こうである。
 しかし。
 敵機再サーチ……背後、およそ20センチ。
 被ロック警告!
 そんな!
 たった今回避したばかりだというのに、もう私の背後まで接近を!?
 NINJYAはセンサーにかかりにくい隠密性と機動力に特化した機体だ。私は機動力を重視されてはいないものの、決して鈍重なほどではない。にもかかわらず相手の接近を二度に渡ってこうもたやすく許してしまったという事は、どうやらNINJYAは私を遥かに凌ぐ機動力を持っているようである。
『ラムダ!』
 マスターの叫びが通信回線から響き渡る。その直後、私の頭部を後ろから抱き抱えられた。いわゆるフェイスロックの状態だ。現在は戦闘用の換装を受けているため、あまり精密な動きが出来ない。このゼロ距離では私の兵装は一切使用する事が出来ず、ただもがいて相手を振り解く以外の行動は出来ない。
 ネットワークの外部から強制開放!
 警告! 外部から強制侵入を行われました!
『いけませんわ! ウィルス攻撃です!』
 続いてテレジア女史の叫びが回線から響く。
 ウィ……ルス?
 その時、ふと私のCPUが奇妙なざわめきを憶えた。ロボットは温度を感知できても、人間のように暑さや寒さを感じる事はない。にも関わらず、私はウィルスという単語に背筋が冷たくなるような、そんな錯覚を憶えた。感覚素子は依然として正常に起動しているのだが。
 警告! 外部から無認証のプログラムが侵入してきました!
 そして、私のメモリ内に再び警告が鳴り響いた。