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 簡易自己診断……。
 出力は理論値の70%に制限されています。
 装甲のダメージ推測値は27%。要注意レベルです。
 エネルギーリソ−スは残り58%。
 フォトンライフル……使用中。出力レベル3固定。
 ジェットカッター右……待機中。トラウマシステムに記録されたため、現在使用には制限ルーチンがかかっています。
 ジェットカッター左……準備完了。命令次第、待機状態へ移ります。
 これが私の全ての戦力を数値化したものだ。万全の体勢と呼べるか否か、それは相手にする機体による。私が今、相対しているのはギャラクシカでデビュー以来全戦全勝、その圧倒的性能から世界最強とすらも呼ばれている高性能機体、テレジアグループ製作青年型ロボット『シヴァ』だ。とてもとまではいかないが、決して安穏と構えていられるほどのものではない。
『ラムダ、何を考えついたのかは分からないけど、危ない事は絶対にしないでよ』
「安心して下さい。必ず私は、シヴァに勝利しますから」
『そうじゃなくて。私はあなた自身の事を言っているのよ』
 私自身の事……?
 ふと、私は思わず首を傾げた。
 マスターが私の事を心配する? ギャラクシカの優勝がかかっているこの試合で?
 ロボットとは、人間が自らの作業負担を軽減し、身体に障害がある者の生活サポート、人員不足に悩む場の労働力、工業生産の効率化向上のために生み出された存在だ。ロボットと言っても多種多様あり、プログラムされた仕事を反復するだけのものもあれば、私のように自律稼動するものもある。自律性を持たせたのは、いちいち細かに命令しなくとも自らの判断で奉仕出来るようにするためだ。
 しかし、自律行動が出来たとしても『人間のために働く』というロボット・イデオロギーは何一つ変わることはない。ロボットは人間のために存在する。ただそれだけなのだ。にも関わらず、マスターの今の言葉。『危険行為の禁止』、それは私に下した『ギャラクシカで優勝する』という命令とは矛盾する命令だ。ギャラクシカは、ロボットの事実上の死を意味する機能完全停止を量産する場所。自らの保全よりもマスターの命令を優先させる私にとって、その事実はさほど大きな意味を持たず、むしろ命令を守れない事態に陥る事への恐怖が強い。極論を言えば、私はマスターの命令さえ守る事が出来れば自らはどうなろうと構わない訳で、裏を返せば命令を守るためならば何でもするのだ。0と1でしか行動する事が出来ないロボットにとってそれは当然であり、未だロボットが拭う事の出来ない特徴的性質。しかし、今のマスターの言葉は、どんな手段を選んでも試合に勝つ事を考える私に歯止めをかけるものだ。命令、そしてその遂行と妨害。まるで理解に苦しいマスターの行動。
 いや……。
 人間はそもそもそういった行動の矛盾性を生来自らに備える存在だ。彼らの用いるあまりに複雑な言語ニュアンスもまた、ロボットには完全に理解する事など出来ない。この矛盾した事態もまた、それによるものなのだろう。ならば私が取るべき行動は、最初に下された命令通り、迷わず試合に集中してシヴァを倒す事。
「マスター、サポートをお願いします」
 そして、私はマスターの言葉にはっきりとした明確な答えを出さず、そう一方的に自らの要求だけを提示する。
『分かった……とにかく、安全第一だからね』
「はい、マスター」
 今、この状況で?
 しかも相手があのシヴァで?
 最も望ましい最善の結果は、私がシヴァに勝利する事だ。しかしそのためには、マスターの言う所の『危険』な状況に私は飛び込む必要性がある。シヴァに勝利するための安全策というものは存在しないのだ。勝利するならば、ある程度危険な賭けとも言える行為を重ねなくてはいけない。このまま何もしないで逃げ回れば、何事もなく試合を終えられよう。だが、それでは私がマスターに下された『ギャラクシカで優勝する』という命令、そしてなによりも『マスターを喜ばせたい』という個体名ラムダのみが持つ意志を果たす事が出来ない。私は試合に勝たなければここに存在する意味を失い、どうして自分はラムダとして存在するのかも分からなくなるのだ。そして、勝つためには危険をも厭わずに突き進むしか他ない。
 それを考えると。今の私の返答、なんとマスターへの虚偽に満ち溢れたものであろうか。マスターに対して最大限の誠実を持って接するべき存在であるロボット。いや、そもそもロボットというものは意図して情報を曲げる事などしない、誠実である事が常の存在であるはず。
 どうして私は虚偽の返答をしたのだ?
 私はロボットだから? いや、ロボットは嘘はつかない。つけない。
 私は人間だから? いや、私は人間ではない。それは、ひとたび外殻を剥がせば明らかになる事だ。
 何故? システムが誤作動を起こしている?
 思考クローズ。
 その問題について、今はリソースを使っている場合ではない。私にはエモーションシステムが組み込まれている。全てはそれが原因だ。そうだ、そうに決まっている―――。
 ハードコントロール、コール。レッグブースト起動。
 私は両足にそれぞれ一門ずつ取り付けたブーストを開き、そのまま秒速12メートルの初速度でシヴァに突進する。同時に、シヴァの視覚素子を初めとする感覚素子、センサー類が私を標的として捉える。だがその目は相も変わらず冷たく、そして淡々としたままだ。
 まずは牽制。
 ハードコントロール。右膝可動部微調整。
 私は比較的センサーが捉えにくい上鋭角度から振り下ろす上段蹴りを放つ。しかしシヴァは冷静にその軌道を読み取ると、両腕をクロスさせて防御する。まず、ずしっと重い反動がクロスポイントから私の足を駆け抜けていく。それに一瞬遅れ、ドンッ、という音が地響きのように鳴り響いて波紋を広げる。
 シヴァ被ダメージ、ゼロ。
 衝撃硬直、0.6秒。
 私の攻撃は完璧に防がれてしまったが、シヴァはその衝撃のために体勢を整えなおすまでは計算で0.6秒かかる。次の動作に移るのは私の方が早い。このまま攻撃を続行。
 機先を取った事を理解した私は、そのまま右足を振り抜くと、体をくるっと一回転させる。戦闘アルゴリズムは、ここから手技と足技のどちらに派生させるかの選択肢に行き当たる。私は思考ルーチンに退避せず、そのまま迷わず手技を選択した。足から足へのコンビネーションは技が大振になって無防備な時間が長く、また既に一度シヴァへ使用したものだ。シヴァのシステムが敏感に反応する危険性も十二分にある。ここは無理に攻めきろうとせず、手堅く隙の少ない手技にするのである。
 右手を曲げて胸にぴったりとつけ、体が回転する遠心力を乗せて肘を前へと突き出す。狙いはシヴァの喉。ロボットの構造上の弱点の一つである。頭部は感覚素子を複数搭載しているため、ある程度自由に範囲選択が要求されるので可動域があらかじめ広く設計されているのである。しかしその分、ボディフレームとしての強度はもろくなるのだ。
 喉とは違い、比較的頑丈な肘をぶつけにかかる私。シヴァの喉に命中するまで、残り5フレーム。4、3、2―――。
 あらかじめ予測してはいたが、あっさりと私の肘撃をシヴァは手のひらで受け流す。衝撃が空に散る。同時に私のバランスがやや前のめりになる。しかしそれは、私の予測値よりも遥かに大きかった。
 まずい。
 そう私はメモリの中で叫んだ。これではまるで、先ほどの我武者羅にポイントを奪いに行って逆にポイントを奪われた状況とまるで同じではないか。
『オートバランサーカット!』
 通信回線から飛び込んでくるマスターの声。直後、私のオートバランサーがマスターIDによって一時カットされる。
 ハードコントロール、コール。レッグブースト起動。
 続けて私は各足に一門ずつ搭載されたブーストの逆噴射によって背後へ強制的に飛び退く体勢を作る。
 ―――が。
 目の前のシヴァが右腕を伸ばし、体勢を低く構える。そして右腕のパネルが次々と展開していく。よく見ればそれは、全て展開された排熱パネルだった。通常、どれだけ激しい運動を行うにしても、高い排熱性を持つそのパネルは三枚もあれば十分である。しかしシヴァの右腕が展開するそれは五枚もあった。五枚の排熱パネルなんて、工業用ロボットでもない限りはありえない事だ。
 あれは……?
 ぞくっ、という悪寒が背筋を走る気がした。ロボットには決してありえない、人間だけの生理現象。だが私は、シヴァの右手の正体が分かっていないにも関わらず、それが決して食らってはいけない危険なものである事を本能的に理解した。そう、本能的に。
 早く! 早く飛ばなければ!
 しかし、レッグブーストの噴射力は一瞬で行動に反映されるものではない。私の体勢はやや前のめりで、重心も崩れている。私が後方へ退避するには、レッグブーストの運動エネルギーがそれも含めたエネルギーを生み出すまで時間が必要なのだ。
 感覚素子にリソースが集中し、世界がじれったいほどスローに動くその瞬間。私はただひたすら物理法則の鎖に絡まれ自由にならぬ体を後ろへ後ろへと気持ちだけで引っ張り、そしてシヴァは―――。
『ラムダ! ガード固めて!』
 それは、マスターの声が先だったのだろうか、それとも私の処理結果が先立ったのだろうか。そんなスローモーションのような世界でやけにクリアに響くマスターの声を聞きながら、私はレッグブーストの逆噴射によって足が床を離れかけた姿勢のまま、腕をボディの上でクロスする。偶然にも、丁度そこはメイン動力部だった。緊急時はそこを守るように、あらかじめプログラムされていたのだろう。
 それは破壊するでもなく、まるでエネルギーだけが私の体を貫通して行ったような、そんな集中的な力の奔流だった。
 私が見たシヴァの右手は、クロスさせていた私の右腕に触れた瞬間凄まじい勢いで爆発した。いや、正確に言えば爆発したのはシヴァの腕ではなく拳の真先だ。しかもそれだけではなかった。一度私の右手に触れて凄まじい爆発を起こした直後、更なる爆発エネルギーが続けて襲い掛かってきた。幾度も幾度も局所的に、まるで火山の噴火に身を晒されたような衝撃。それは詳細を解析する暇も与えず、私のボディを背後へ吹き飛ばしていく。
『……ダッ! …丈……っ!?』
 通信回線が混乱する。マスターの声もノイズに染められて途切れ途切れにしか聞こえない。
 一体、私はどうしたのだろう?
 何故かメモリに浮かんだ言葉は、この緊迫した状況には似つかわしくないそんな安穏としたものだった。そして思い出したように、ドンッと鈍い音が背中から響く。そしてようやく、私は自分が床に着地した事を知った。
『……っと! 返事しなさい!』
「はい、マスター」
 着地の瞬間から俄かに通信回線が回復する。私は自らの通信部分が生きている事を確認し、そうマスターに告げた。
『ラムダ、無事なの!? ダメージは!?』
「はい。負傷個所は―――」
 ……と。
『クリティカルヒット! シヴァ、2ポイント獲得! これはもはや決定的か!?』
 簡易自己診断を始めた瞬間、激しい勢いで場内アナウンスが鳴り響く。
 そうだ。私はシヴァに綺麗な一撃を貰ってしまった。そのせいで3ポイントだった差が、今では5ポイント。悪夢としか言いようのないポイント差だ。いや、まだ悪夢と断言するには早い。先ほども言ったように、勝機はまだある―――。
 オートバランサー回復。
 私はゆっくりと体を起こした。サーチエネミー……。シヴァは私の正面、相対距離で23メートル地点に居る。22メートル、21メートル、20メートル。レッグブーストを開き、真っ直ぐ私の元へ向かってくる。今の攻撃の手応えからか、一気に勝負をつけにきたようだ。
「マスター、すみません。ボディは辛うじて致命傷を避けましたが、フォトンライフルは大破、右手も中破状態です。精密作業は出来ません」
 シヴァのあの攻撃を真っ向から受けた右腕は、肘から先が思うように稼動しない。ジェットカッターは生きているようだが、この状態ではまともには使えないだろう。それに右手のジェットカッターはシヴァに記録されている。
 だが、被害がこの程度で済んだのはまさに幸運と呼べるものだ。あの状況ならば、並大抵のロボットなら確実にボディフレームを大破させられていた。私のボディを整備したのがマスターであった事が随分と救いになっている。
『一応、こっちもそれなりに装甲は強化してたんだけどね……。あんにゃろう、まさかブラストナックルとソニックナックルを組み合わせてきやがるなんて。相変わらず徹底してるわね』
 マスターが苦々しい口調で吐き捨てるようにつぶやく。先ほどからマスターは、叫ぶか、こんな風に苛立ちを露にした口調ばかりを繰り返している。無論、そうなる原因は私にあるのだけれど。
 ブラストナックルとは、インパクトの瞬間に拳を中心に局地的な爆発を起こす接近戦用の武器である。ソニックナックルもまた同様に接近戦用の武器だが、こちらは微細な振動を繰り返す事によってダメージを与えるものである。これを組み合わせ、局地的な爆発を集中的に何度も起こしたのが、今私が食らった武器だ。破壊力が凄まじいだけに、そこに発生する稼動熱も凄まじい。シヴァは私に接近している今も、右手のパネルは全開で熱を放出し続けている。排熱パネルは五枚もあれば通常のロボット二、三機分に相当する稼動熱を排出出来るのだが。それだけ大量の熱がこの武器からは生み出されるのだろう。
『ラムダ、もういいわ。これ以上続けたら、あなたも冗談じゃすまなくなっちゃうから、だから―――』
 と、その時。これまでとは一変して、今にも消え入りそうなほど小さなマスターの声が通信回線から聞こえる。しかもその声は話せば話すほど、更に声が小さくなっていく。
 試合放棄して。
 そして、最後の単語は本当にマスターが口にしたのかしていないのか聞き取れないほど小さかった。けれど、私にははっきりと聞こえた。
 ような気がした。
 それは、マスターの苦断の程の現れ。
「いえ、マスター。まだ大丈夫です」
 私は接近するシヴァに向かって構える。右手も何とか反応だけは私の行動処理についてきてくれる。命令に遅れる事も今のところはない。これならば―――。
『大丈夫じゃないわよ! もう勝てないわ! 私はね、あなたまでオメガのようにしたくないのよ!』
 ……泣いているのですか?
 そう誰かが頭の中で囁いた。
 オメガ。かつてマスターと共に暮らしていた、史上初のエモーションエンジンを組み込んだ人型ロボット。マスターにとっては非常に重要な存在であり、
 そして、今はもうこの世にはいない。
「マスター、お願いします。続けさせて下さい。私はマスターの命令には逆らえません。けど、今は戦いたいのです。何よりもマスターのために」
『どうして? どうして私のためにそこまで出来るの?』
 それは私が、マスターに作られたロボットだから。
 まずメモリに思い浮かんだのは、そんなロボットとしてはごく当然のありふれた答えだった。けれど私は少し考え、やはりそれは違うと取り消した。もしも私がただの命令だけで動く存在ならば、私はマスターが試合放棄を命令した時点でそれに従っているはずだ。けれど、私はそれを拒否した。それはつまり、私が単にマスターの命令に従ってリングに立っているのではない事の証明である。
 私がギャラクシカのリングに立つ理由。それは、私がマスターに尽くしたい、喜ばせたいと自分で思っているからだ。そう、マスターの命令ではなく、明確な私の意志として、個体名ラムダの意思としてそうはっきりと想いを抱き決心したからなのだ。
「私がマスターに尽くしたいからです。マスターは、私に生き甲斐と喜びを与えてくださいました。これもまた、私にとってはその一部なのです。マスターを喜ばせたい。そんな私の純粋な気持ちです」
 警告! リンクが切断されました。
 再接続……認証は拒否されました。リンクの確立を中断します。
 通信回線のリンクが途切れる。いや、マスターから一方的に切断されたのだ。繋げようとしてもマスター側が拒否して繋がらない。
 好きにしなさい。
 そういう意味なのだろうか? そう私は勝手に想像してみる。考えてみれば、私はいつもいつもマスターに関係のない勝手な想像をしてばかりだ。更にその上、こんな重要な場面で命令無視を犯してしまうなんて。きっとマスターは心底腹を立てているに違いない。けど、私が、個体名ラムダがここに存在している事の証明を果たすには、そしてマスターを喜ばせるにはこれしかないのだ。
 こうするしか、私は知らないのだ。
 すみません。
 感覚素子にリソースが集中する。続いて、メモリを占有するプログラムのほとんどを一時退避、限りなくクリアな状態にする。色の識別もカット、時刻取得、相対距離取得、次々と外界の情報から私のメモリは開放されていく。
 シヴァとの距離、残り5メートル。
 3、2―――。
 マスター。
 私は今までとても幸せでした。どれだけ御期待に報いられたかは分かりませんが、私は一時としてこの世に生まれ、考える自由を戴いた事を嘆いた事はありません。むしろ、あなたの僕として生まれたことがこの上ない幸せでした。それはこれからも変わることはないでしょう。いずれは訪れる、別れの日まで。
 淡々と浮かぶ、戦闘にはなんら関係のない言葉。戯言。繰言。
 過去形で末尾を綴っていくなんて、まるで遺書をしたためているかのようだ。私にはそんなつもりは更々ないのだけれど。ただこの意味のない言葉を紡いでいると、気持ちが不思議と安らいでいくのだ。マスターへの感謝。それは日常あまり意識する機会のない、まさに盲点的な私に与えられた幸福とその実感。今までどれだけそれを思い返していただろうか。きっと、一度もなかった事だろう。そうある日常が、私にとっては当たり前の幸福だったのだから。
 マスター、見ていますか?
 私は勝ちます。
 マスターのために。
 急所を相手から守るように半身に構え、左手は中段に、右手を深く下段に構える。ぎゅっと右手を握り締めている。シヴァにやられたせいか、いまいち固く握り締める事ができない。それでも、辛うじて動くだけでもマシだろう。
『さあ、これで試合終了かぁっ!?』
 轟、と唸りを上げて襲い掛かるシヴァの右腕。狙いは真っ直ぐ、私の頭部。
 狙いが分かっているならば軌道は読める。後は対処するだけ。
 ハードコントロール、コール。
 恐れはない。苦しさも悲しみも、心理的負荷に相当するものは一切私の中には存在していない。むしろ、その逆だ。私は今、実に心地良い気持ちに浸されている。そう、こうしてマスターのために、個体名ラムダのみが抱くマスターへの献身心を胸に、一つの事をやり遂げようとしている自分が存在している事が、それを実感できる事が嬉しくてたまらないのだ。
 そして。
 私は半身に構えた上半身を捻りながら、半分コワレタ右腕をシヴァの右腕に、迎え撃つ形で叩きつけるかのように猛然と繰り出す。
 そんな事をしても結果は火を見るより明らか。シヴァの右手の破壊力の凄まじさは先ほど身を持って体験している。こんなこと、単なる自殺行為にしか周囲には見えないだろう。でも、私には他にちゃんと目的がある。
 本当は少し怖いのかもしれない。失敗したらどうしよう。100%ではない事象へ抱く不安感は、ロボット皆同じ事。それでも失敗の際のリスクを考えると、やはり恐れはくっきりと胸に彫刻されたかのように拭う事が出来ない。
 でも、私はそんなものには負けない。
 マスターを喜ばせるために勝つ。その意思が私を支えてくれる。マスターだって、応援してくれるはずだ。
 私は、負けない。
 シヴァの拳と、私の潰れかけた拳が衝突するほんの一瞬前、私は握り締めた手のひらを伸びやかに広げる。最後の賭け。これに勝てなければ、私の喜びも続かない。
 ジェットカッター起動。