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バシュッ、と音を立て、私の右手五指の先から高圧のプラズマが噴出する。ジェットカッターはこのようにプラズマを高圧で噴出すことで対象を切断する武器である。私の場合、その噴射口が指先に取り付けられているのだ。
ジェットカッターの切断力は強く、大概の合成金属はまるで紙のようにいとも簡単に切り裂く事が可能だ。しかし、その切断力を持ってしても迫り来るシヴァの圧倒的破壊力を持った拳は破壊できない。力の性質が根本的に異なるのだ。私のジェットカッターは、どんな物質も一点へ集中的に負荷をかけることで貫く事が出来る強力な貫通力がある。それに対し、シヴァのブラストナックルとソニックナックルを組み合わせた拳は、拳が触れる場所とその周囲を徹底的に爆発と振動で破壊する『面』の力だ。
質量はほぼ同等ながら力の性質は根本的に異なるその両者が、正面から衝突したらどうなるだろう。一つ一つの破壊力は私の方が上かも知れないが、一点しか攻撃できないジェットカッターと、面を攻撃出来るシヴァの拳。結果は火を見るよりも明らかだ。私のジェットカッターはシヴァの拳をある程度破壊は出来るだろう。しかし、シヴァの攻撃のもたらす破壊エネルギーによって右腕は粉々に大破する。シヴァの拳は、多少穴が空いた程度で攻撃エネルギーがゼロになる事はない。だからこの勝負の顛末は、私にとって痛み分けには程遠いものになる。
それはおそらく会場に居る観客のほぼ全員も分かっている事だ。点と面の対決、敗北するのは点だ。もちろん、ジェットカッターだけで真っ向からシヴァの攻撃を潰す事が不可能な事ぐらい、私も分かっている。それにトラウマシステムの事を忘れた訳ではない。けどこれには、もっと別の狙いがあっての事なのだ。
私とシヴァのそれぞれが繰り出した右腕が衝突しかけた瞬間、時間にするとほんの僅かな、それも同じロボットにしか判別のつかないほどの間、シヴァのボディフレームがシステムの命令から切り離される。それはシヴァのトラウマシステムが危険とされている私のジェットカッターに反応し、キャンセル動作をプログラムするため、一時的にシヴァのCPUの占有率が飛躍的に高まったのだ。
トラウマシステムは、常に相手動作を確認しながら危険な動作は即サンプリング、そして今後からはその動作が確認出来た場合、ただちにボディフレーム自体にかかっている運動エネルギーをゼロにするキャンセル動作を判断して回避運動を行わせるものだ。プログラム等はあまりよく分からない私には、キャンセル動作のためにどれだけの命令が必要になるのか見当もつかないが、少なくともそれはCPUに膨大な負荷をかける複雑な処理を要することは見て取れる。それも、あの高性能なシヴァが、たとえ一瞬だとしてもボディを維持できなくなるほどに。
全ては、この瞬間のための布石だった。あらかじめ両腕のジェットカッターを起動状態にしておいたのも、負けると分かっていながらあえてシヴァの右拳に私も右手で応戦したのも。
体勢は右半身が大きく前方に傾いていた。けれど、重心のほとんどは軸足となる左足に残っている。初めから負ける事は分かっているので、繰り出した右手にはほとんど勢いは込めていないのだ。そして、衝突寸前になってジェットカッターを繰り出したのも、シヴァの注意を寸前まで右腕に引き付けさせておくため。
シヴァと私の右腕が衝突するまで、残り2フレーム。シヴァは全体重を乗せたフル出力でその一撃を繰り出したため、このタイミングで繰り出されたジェットカッターを身体制御を持って回避するのは物理的に不可能だ。シヴァのトラウマシステムも点と面の破壊力の違いを考え、このまま私の右腕を叩き潰しにかかるという結果を算出するはずだ。そしてそれまでの間、シヴァのCPUの占有率は著しく上昇し、視覚素子も有効範囲が狭まる。
これが私の狙いなのだ。いちかバチか、と言ったら随分と無謀な行為に出たように思われるが、私が散々頭を悩ませて閃いた方法の中では最も成功率が高い。これで駄目ならば諦めるしかない、とは微塵も思っていない。これで駄目ならば、ではなく、これで勝つつもりで私はいたのだから。
感覚素子にリソースが集中しているため、時間の流れが酷くゆっくりと感じられる。その中で、私の右手首から先がシヴァの拳によって潰されたのを確認した。もう、これでシヴァは後退は不可能になった。後はこのまま、私の右腕を侵蝕していくように破壊するだけ。
ハードコントロール、コール。ジェットカッター起動。
同時に、私の左手五指から高圧のプラズマが勢い良く噴出される。予備のためにマスターが搭載した、もう一つのジェットカッターだ。
狙いを、右腕を前方に繰り出して無防備になったシヴァの右脇腹へ定める。この角度、このタイミング、今のシヴァはCPUの占有率も高まっている。私が攻撃そのものをミスしない限り、シヴァにかわす手段はない。ロボットには人間と違って利き腕はない。だからデータさえ揃っていれば、まだ一度もジェットカッターの寄り代として使った事のない左手であろうとも、精密度は全く変わりはしない。
これで……私の勝ちだ!
シヴァを倒せば、私は優勝する。私が優勝すれば、マスターが切に願っていた目的も達成される。マスターが喜んでくれる。私はマスターを喜ばせる事が出来る。
そんな思惑が心地良いテンポと放ちながらメモリを過ぎる。そう。今、私はまさにシヴァを倒そうという瞬間に立っているのだ。テレジア女史を初めとするテレジアグループの手によって、マスターの父親とオメガの誇りを守るためにこの世に生み出された至高の戦闘ロボット。それを今、私は打ち倒そうとして―――。
そして。
繰り出した私の左手のジェットカッターがシヴァの脇腹を内側へ打ち抜くのと、シヴァのナックルが激しい爆音と共に私の右腕を二の腕ほどから先を粉々に大破させたのは、ほぼ同時の出来事だった。シヴァに右腕を吹き飛ばされたため、その反動で体が激しく左側へ揺さ振られる。すぐさま私はオートバランサーを駆使して全身のバランスを取り直した。
シヴァのボディは前のめりになりながら、そのまま崩れ落ちるようにリングへと倒れる。リソースは感覚素子から開放されているのだが、何故かその姿がスローモーションのように見えた。
私の左ジェットカッターは、脇腹からボディフレームを打ち抜き、ほぼ中心にある動力炉まで達していた。動力炉は人間で言う心臓に近い機能を果たす場所。そこを傷つけたのだから、シヴァが機能を失って倒れるのも当然の事だ。
ばたっ、と音を立てて床に伏せるシヴァ。しん、と静まり返る場内。私はただ、茫然とシヴァの背中と自分の左手を交互に見つめていた。
やった。
私は遂にシヴァを倒した。そして、ギャラクシカで優勝を手にしたのだ。
それはとてもウレシイ出来事。
なのに。
酷く、メモリの中が殺伐としている。
―――と。
『ダウン! ダウン、ダウン、ダウン! シヴァ、まさかのダウンだ!』
スピーカー越しに場内へ響き渡る、実況の声。直後、まるで叫ぶ事を思い出したかのように場内には割れんばかりの歓声がこだました。
『判定は……おっと、クリティカルヒット! ラムダには4ポイントが加算されます!』
……え?
私は思わず電光掲示板に目を向けた。シヴァVSラムダ。それぞれの名前の下には、ポイントが加算された試合時刻とポイント数が順番に並んでいる。シヴァの最初のカウンターの膝蹴りが2ポイント、その直後、私の蹴りを掴んで叩きつけて1ポイント。更には、あのブラストナックルとソニックナックルが合わさった拳が、防御した私の右腕を破損させたことで2ポイント。合計5ポイントがシヴァの得点だ。そして私の名前の下には、まだ得点が表示されていない。そう、今の攻撃は決勝戦が始まってから初めてのシヴァへ対する有効打だったのだ。
しかし、どうして4ポイントなんだろうか?
私の攻撃は確実にシヴァの動力炉を停止させた。もはやシヴァは活動する事は出来ない。ならば試合は私の勝利ではないのだろうか? どうして、勝利判定ではなくポイント、それも試合をまだ続けなくてはいけないポイントなのだろう?
ふと、私は電光掲示板に表示されている試合の残り時間を見た。
00:47
この試合、残りはたった40秒程度しかないのだ。つまりこのままでは、私のポイント負けになってしまう。ポイントを得るためには、シヴァへ有効打となる攻撃を加える他ない。けれど、シヴァはもう動けないのだ。動力炉からエネルギーが支給されないのだから。
その時、私は急にシヴァへ攻撃が出来なくなっていた。動けないシヴァを攻撃するのは簡単だ。このジェットカッターで切断してしまえばそれでいい。
でも、それは何か違う。
エモーションシステムが、そう訴え掛ける。
何が違う? 私はマスターのためにギャラクシカで優勝しなくてはいけないのだ。そして、それはもう目の前まで迫っているというのに。
ハードコントロール、コール。ジェットカッター起動。
同時に、おお、と場内がどよめいた。私が見せた攻撃意思の片鱗、それにより観客の興奮が高まっているのがひしひしと体表素子から感じ取れる。
右手はほとんど跡形もなくなってしまったが、左手はまだ健在している。そして、たった今シヴァの動力炉を仕留めた予備のジェットカッターも正常に稼動している。左手五指から、高圧のプラズマが放出されている。後はこれをシヴァに、それも有効打になりそうな頭部辺りに叩きつければ、私の勝利は確定する。その勝利は予選で得た勝利とは天と地ほどの大きな差がある。予選のそれは、本戦に出場できる権利しか与えられない。だがシヴァを倒した事で得られるのは、ギャラクシカで優勝したという世界的にも誇る事が出来るほどの名誉、そしてマスターの悲願の達成だ。
考えてはいけない。一度躊躇ってしまったら、きっと私は動けなくなる。だから無心で、マスターを喜ばせるためにもシヴァにとどめを―――。
躊躇う?
躊躇う、って一体どういうこと? どうして私が、シヴァを倒す事を躊躇わなければいけないのだ? そもそも私は、この決勝リングには勝つために、勝ってマスターを喜ばせるために立っているのに。躊躇う理由がどこにある? このままシヴァを倒せば、マスターは優勝を勝ち得て喜ぶ。そして私もマスターの期待にようやく答える事が出来、良い事ばかりではないか。なのに……何故?
その時。
足元から、機械の稼動音が聞こえる。だが、それは明らかに正常に稼動している時のそれではない。何かがパーツの位置が崩れて軋んでいる音だ。前にこの音は……そう、廃棄場がテレビに映し出された時に聞いた事がある。
床に伏せっていたシヴァが、両腕を床に立ててゆっくりと体を起こす。
まさか。動力炉は確実に仕留めたというのに……。補助動力の搭載は規定によって認められていない。今のシヴァはエネルギー源となるものがないはず。それなのに、どうして動けるのだろう?
シヴァの動きはこれまでとは一変して酷く緩慢なものだった。電池の切れかけた玩具のような、本当に最後の力を振り絞っているかのような必死の動作。
どうしてシヴァはここまでして立ち上がるのだろう? 確かにシヴァは私と同じようにオメガの設計図を元にして作られたロボットだ。けれど、私やオメガとは違ってエモーションシステムは組み込まれていない。
シヴァには感情はなく、ただ戦闘を行うためだけのロボット。
それなのに。
私は今のシヴァが、必死で私に勝とうとしているように見えて仕方がなかった。思わず、先ほどまでの自分の姿を重ね見てしまう。
シヴァもまた、自らの存在意義を賭けてこの世に存在している。私がマスターに尽くす事をそれとしているように、シヴァは戦闘に勝ち続けるために稼動しているのだ。けどそれは、今、こうして私の前で風前の灯と化している。押せば倒れそうな、本当に弱々しく痛々しい姿のシヴァ。私が手を下さなくとも、このまま放っておけば自ら床へ再び崩れ落ちるだろう。しかしそれでは私の勝利にはならない。そういうルールの元でギャラクシカは成り立っているのだ。幾らシヴァへこれ以上の攻撃が必要なくとも、このまま諦観したままでは私は時間切れと同時にポイント判定で負けてしまう。
攻撃しなくては。
攻撃を……。
と―――。
『殺セ、殺セ!』
『やれー! やっちまえ!』
『ズタズタにしてやれ、新チャンピオン!』
突然、場内から降り注ぐ私への声援。しかしそれは、全てシヴァを破壊する事を求める、暴力的な単語ばかりが並んでいる。
聞きたくない……。
聞きたくない!
こんなの、絶対におかしい!
エモーションシステムが暴走を始めた。そう思った。意味も理由もなく全ての言葉を拒絶している。そうしなければ、メインシステムが正常な状態に保てなくなっているのだ。
シヴァを攻撃しなければ私は負ける。でも、それが私には出来ない。どうして? シヴァは、マスターの父親とオメガの誇りのために戦っている。それはある意味で私と同じなのだ。私もまたマスターのために戦っている。そう、どちらも己ではない別のもののために戦うという目的があるのだ。
昨日、テレジア女史は私のメールでの質問に解答してくれた。私が何のために戦うのか。負ければ全て失う事を知る。そこには、自らの主義主張を貫き通すという事は、時として残酷な結果すらも生む事がある可能性の示唆がある。このギャラクシカに出場する人は皆、誰もが優勝する事を望んでいる。けれど、実際に優勝出来るのはたった一機。その他全ては敗北することになる。優勝するには、それだけ多くの『優勝したい』という意思の残骸の上に立たなくてはいけないのだ。
なんてザンコクな事実なのだろうか。
意思とは、唯一私が私である事を認識するモノ。そんな意思の敗れ潰えたおびただしい数の残骸が、ここには溢れている。
私は今、シヴァの意思を踏み潰そうとしている。
仕方がない事だ。そうしなければ、私は自分の意思を貫き通せない。マスターも喜ばせる事が出来ない。
残り時間、20秒。
歓声が更にエスカレート、言葉も過激になってくる。恐ろしいほど煽り文句、罵声、行動へ移さない私への苛立ち。それらが音の塊となって私を打ちのめす。
どうすればいい? 私はこのままシヴァにとどめを刺してもいいのだろうか?
通信回線リンク……接続は拒否されました。
通信回線リンク……接続は拒否されました。
通信回線リンク……接続は拒否されました。
お願いします。教えて下さい、マスター。
―――と。
「ラムダッ!」
突然飛び込んでくるマスターの声。それは通信回線ではなく、私の聴覚素子からだ。これほどの雑音が鳴り響いている中、それでもマスターの声ははっきりと聞こえた。
ハッと私はマスターの声がした背後を振り向く。そこには、セコンドスペースにいるはずのマスターの姿があった。そして、その周囲には三人の警備員の姿。彼らはしきりにマスターを掴んで外へ連れ出そうとしている。大会規定では、試合中にリングの傍には誰も近づいてはならない事になっているのだ。しかし、マスターはそれに対してしきりに抵抗している。成人男性が三人束になっているというのに、マスター一人をなかなか押さえつける事が出来ない。それほど、マスターは必死になってこの場へやってきたのだ。
マスターが何かを伝えようとして叫んでいる。けれど、それは罵声の渦へ飲み込まれて私になかなか届かない。やがて、マスターも遂に力尽きて警備員に締め出されていく。マスターの声を聞き取ろうとリソースを集めた聴覚素子には、ただ虚しく私への罵詈雑言が飛び込んでくるだけだ。それも、すぐに素子を閉じて私から遠ざかる。
マスターは何と言おうとしたのだろう……?
そんな疑問を投げかけてみるも、もはやマスターの姿もなく、誰もその問いに答えてはくれない。一人取り残された私は、まるで両親とはぐれた子供のように茫然とその場に立ち尽くす。
『早くやれーっ! もう時間がないぞ!』
『なんだ、お前も壊れちまったのか!?』
残り時間、10秒。
私はジェットカッターを開放したまま、茫然とシヴァを見つめていた。歓声はいよいよ最高潮に達し、早くシヴァをスクラップにしろだのとあらん限りの罵声を浴びせかける。ようやく私は、ギャラクシカを初めて目の当たりにした時に抱いた嫌悪感のようなものを理解した。
どうしてロボットの意思が敗れていく様を、人間はさもおかしそうに笑って見ていられるのだろう?
ロボットは皆、自らの存在意義を守るため、精一杯、ギャラクシカのリングで戦っているというのに。どうしてロボットよりも高等な存在である人間が、そんな無情な仕打ちをするのか。答えは簡単だった。皆、そうなる事が純粋に楽しいからだ。ロボット工学技術の競い合いの場でもあるギャラクシカ。けれど本当は、単にロボットが壊れていく様を見たいだけなのだ。観客が求めるのは技術云々ではない。ただ、その獣欲を満たしたい。それだけだ。
ゆっくり、ゆっくり、ぎこちなく近づいて来るシヴァ。表情は相変わらず無表情のままだが、きっと私も同じ表情をしている。そう思った。正直、今はどんな顔をしたらいいのか、自分でも分からないのだ。
7。
6。
5。
ハードコントロール、コール。ジェットカッター停止。
迫り来る時間。その無言の圧力に翻弄される私は、遂に決断した。いや、せざるを得なかった。結論は何一つ出ていない。ただ、前に進む事も後に退く事も選べなかったのだ。時間が来れば結果的には後に退く事になる。けど、それを知っていながらも私はどちらとも決める事が出来なかったのだ。
それでも一つだけ分かった事。それは、私には今のシヴァに攻撃する事は出来ないという事だった。それはまるで、敗者を侮辱するような非常に非人間的な行為に思え、その禁忌を犯す勇気が湧かなかったのだ。私はロボットだけれど、気持ちは私が理想とする人間のようにありたい。エモーションシステムもそう思っているからこそ、私は何も出来ないのだろう。
私は遂に、辛うじて残っていた戦闘の意思を投げ捨てた。
すみません、マスター。また命令に背いてしまって。
ぎゅっと残った左手を握り締める。視覚素子を閉じ、そしてうつむく。
ただ、申し訳ないという気持ちでメモリが一杯だった。きっとマスターは、二度も命令無視を行った私を許しはしないだろう。何を言われても仕方がないと私は思っている。仕事の出来ないロボットなど、存在する価値はないのだから。
3。
2。
1。
そして。
ゼロのカウントと同時に、私の足元にシヴァの体が崩れ落ちるのを感じた。
『ふざけんなー! 何やってんだよ!』
『このポンコツが! さっさと帰れ!』
試合の終了を切っ掛けに、あれほどまでボルテージの上がっていた歓声が一際勢いを増す。しかし、私にかけられる言葉は全て悪意に満ちている。聞いているだけでも、まるで切り裂かれるかのように痛い。私は聴覚素子の機能を著しく制限する。それでも、心苦しさは消えない。どうしてロボットがこんな扱いを受けるのか。そんな理不尽な思いがエモーションシステムからひしひしと伝わってくるのだ。
なんてここはロボットにとって残酷な場所なのだろう。
人間の第二のパートナーであるはずのロボットが、廃棄するために作られ、世界中から集められている。人々はその廃棄される様を楽しみ、そして歓声を上げる。ロボットは所詮人間の模造品でしかないのだけれど、人間に作られた道具でしかないのだけれど……。
こんなのは、あまりに酷い。
メタルオリンピアの持つ残酷性に、どうして今まで私は気づけなかったのだろう? マスターもあまりメタルオリンピア自体を快くは思っていなかった。これまで私にメタルオリンピアの情報をほとんど与えてくれなかったのも、きっとそのためなのだろう。オメガの件さえなければ、マスターは一生メタルオリンピアには関わり合いにならなかったはず。ロボットという仮初の生命体である私を慈しむ事の出来るマスターは、メタルオリンピアの存在が許せないのだと思う。でも、だからこそマスターは関わってはいけなかったのかもしれない。そして、私も。関わりは今回限りにするべきだった。そのためにも私は負けてはいけなかった。でも、私は負けた。勝利を目前にして、何も出来なくなってしまったのだ。
私の負けだ。
あれほど勝つと、マスターのために勝つと、勝ってマスターを喜ばせようと決心したのに。志半ばで倒れるのではなく、自らの意思でそれを放棄してしまうなんで。とても普通のロボットの行動とは思えない。エモーションシステムの搭載されたロボットは、やはり本当に精神レベルでは人間になるのかもしれない。何となく、そう思った。
マスターへの罪悪感にも似た謝罪の念が強く込み上げてくる。けれど、同時に気持ちのどこかでは清々しいものを感じていた。そう、たとえ理想的とは言い難い結末だったかもしれないけれど、私は決して自らの意思に恥じない行いをしたのだから……。
でも。
本当に申し訳ありません、マスター。
やはり私には無理でした。
すみません。