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 衛国総省ロボット犯罪対策課。
 その片隅に、俺達カオスチームの待機所は設けられていた。たとえ所属は衛国総省の直系とは言っても、他の課のように必要経費の要求を渋られる事はない。ここに所属している限り、どんなに金のかかる事でも任務と言う大義名分さえあれば国が喜んで全額を負担してくれるのだ。もっとも、裏を返せば厄介な事件の責任を全て、俺達に潤沢な資金を提供する事で押し付けているという解釈も出来なくも無いのだが。
 聴取室。
 マジックミラー越しに見るその男は、顔を真っ赤にしながら激怒していた。辛うじて暴力行為に出てはいないものの、このままでは聴取を行っている隊員に襲い掛かるのも時間の問題のように見える。もう壮年に差しかかろうという年齢だろうが、成熟した大人がこれほどのまでに感情を露にする事はそうそうある事ではない。
 男の名前は、クリストファー=レイムス。今回の事件を起こした戦闘型ロボット、メタトロンの所有者だ。我々が撃破したメタトロンの残骸から登録ナンバーを見つけ出し、そこから引き出した登録者の情報を元に彼を引っ張ってきたのは所轄の捜査員達だ。それを衛国総省が特権を利用して割って入り彼をここへ連れてきたのである。
 こんな状態ではまともな会話すら困難だろう。
 そう考えながら聴取室に足を踏み入れると、案の定、途端に噛み付いて来られた。
「お前か! 私のレオンを殺したのは!」
 息が吹きかかるほど俺に詰め寄ってくる彼。その血走った目は瞬きもせず俺を睨みつけてくる。カオスに来るまでは幾人もの人間の表情を見てきただけに、彼が心の底から怒りの念を抱いているのは容易に見て取れた。
 レオンとはあのロボットにつけられた固有名詞だろう。メタトロンとはロボットのモデル名である。人間がロボットに固有の名称をつけるのは、ペットに名前をつけるように珍しい事ではない。犬を飼っている人間が、その犬を『犬』と呼んだりはしない。
「ですから、あなたのレオンは暴走を起こして銀行を襲ったんですよ」
 慌てて俺との間に入ってクリストファー氏を止める部下。しかし尚も彼の激昂は止まらず、今にも噛み付いてきそうな勢いで詰め寄ってくる。
「レオンがそんな事をするものか! もう一度調べ直せ! あの時、レオンは銀行強盗を偶然発見して助けに向かったんだ! どうしてそのレオンが殺されなければならないんだ!」
「あなたの言うレオンは、こちらの指示に従おうとしなかったんです。最終的には我々への攻撃性が認められたため、武力行使に出させて貰いました。レオンは立体制圧を得意とする戦闘型ロボットですから、あちらの事情を説明してくれない以上は、我々も武力に頼る他ないんです」
「何が指示だ! 何が攻撃性だ! 警察が犯人と一般人の見分けもつけられないのか!? レオンはお前らを敵と認識はしたが、決して自分から手を出すような事はしなかったはずだ! お前達が追い詰めたりさえしなければ! レオンは常に人間と関わりたがる寂しがり屋のロボットだった。いつも誰かと一緒に居たい。だから私は教えたのだ。笑顔を絶やさなければみんなから愛される、と! 今日だって、ただ人助けがしたかっただけじゃないか! それが何故、こんな事に……!」
 押し留める部下を突き放したクリストファー氏は、そのまま近くの壁に向かって拳を振り上げ、力任せに殴りつけた。だが、途端に事切れたかのように力を失い、がっくりとその場に膝から崩れ落ちた。
 項垂れる彼の姿を俺は複雑な思いで見ていた。
 レオンの笑顔を、俺は余裕の表情と解釈していた。しかしそれが、まさか人間への好意から来るものだったなんて。
「隊長、これ調書ですんで。後はこっちでなんとかします」
「悪いな。任せたぞ」
 調書を受け取りながら聴取室を後にする。
 何も話す事が出来なかった。
 途端にそんな悔恨の念が込み上げてきた。本当は状況の説明は責任者たる自分の口で行われるべきなのだけれど、うまく言葉を放つ事が出来なかったのだ。それは単なる怠惰ではない。生まれ持った適性の問題だ。そして、このコミニュケーション能力の欠落が理由で、俺はカオスチームへ飛ばされたと行っても過言では無い。
 オフィスの自分の席に戻ると、早速受け取ったばかりの調書に目を通し始めた。
 クリストファー氏の発言記録は感情的なものが多いものの、一貫してレオンの無実を訴えている。彼は心の底からレオンが善意溢れるロボットだと信じて止まないようだ。だが、たとえレオンにあったものが善意だろうと悪意だろうとあまり関係は無い。現場を担当する人間はに見える現実しか信じない。それは、徹底した現実主義を突き詰めた結果にもたらされる価値観なのだ。
 そもそも、彼にはもう事実関係は意味を成さないかもしれない。レオンという存在は、私が永久に消してしまったからである。
 彼にとって大切なのは、レオンの犯した事の善悪よりもその存在の有無だ。既にレオンが存在していないと知ってしまった今、レオンがどういった理由で破壊されたのかを知った所で何の足しにもなりはしない。後は運良くエモーションシステムのバックアップが生き残り、オーバーホールが無事成功するのを願うだけだ。
 あそこまで破壊されてしまえば完全に元に戻る可能性は極めて低いが、決して有り得ない事でもない。だがきっと、レオンはもう二度と人前では不用意に笑わないだろう。その笑みが原因でこんな目に遭ってしまったのだ。再生に成功しても、この先レオンは少しずつ人間に対する不信感を募らせるかもしれない。
 と。
「リーダー、局長がお呼びですよ」
 内勤の部下の一人が俺を正面から呼び立てた。物思いに深く耽り過ぎていたのだろう、声をかけられるまで全く気が付かなかった
「ああ、分かった。ところで事件の報告書はどうなっている?」
「はい、ほとんど即席ですけどまとめてありますよ」
 渡されたレポートの一枚目をめくり目を通してみると、即席と言う割には綺麗に分かりやすくまとまっていた。物事の事実関係を簡潔かつ分かりやすくまとめるのにはそれなりの技術がいる。前に一度、報告書を頼んで以来彼女には毎回頼んでいるのだが、やはりカオスには彼女よりもしっくり来る報告書をこれだけの短時間でまとめあげる人間はいない。実働部隊ばかりが注目されるカオスだけれど、こういった内勤の仕事も極めて重要なのである。
 個体名レオン。
 スターリングバンク本社は事件当時、既に数人の強盗グループに襲撃されていた。これは複数の証言者から得られているため信憑性が極めて高い。
 レオンはグループの内、三名を格闘戦により鎮圧。その後、人質に取られていた頭取の救出に向かい、それに成功。犯人グループは撤退、その後入れ替わりにカオスチームが現場に到着。レオンがカオスに抵抗したのは、カオスチームを強盗グループの増援と誤認したためと思われる。
 犯人グループは既に所轄警察によって全員拘束済み。現在、中央特殊留置所内に拘置中。
「なるほどな……そういう事だったのか」
 このレポートの通りに考えれば、現場でのレオンの言動や先程のクリストファー氏の態度も頷ける。
 俺達が強盗、か。
 あながち間違っていないかもしれない。俺達は大義名分を抱えているだけで、実際は有無を言わさず発砲するようなチームだ。事実、今回のケースもそれに近いものがある。武装した集団があの状況で有無を言わさずライフルを構えれば、誰だってそう思うだろう。それが日常生活の経験が浅いロボットなら尚更だ。
「良い出来だ」
「恐縮です。それから、今し方スターリングバンクの頭取から電話にて確認が取れました。クリストファー氏の証言と全て一致していますから、全て信憑性があると考えて良いと思います。どうします? 誤認逮捕よりまずいですよ、これ」
「後始末は所轄に任せればいい。俺達の仕事ではない」
「でもそれって、所轄が捕まえた犯人グループにレオンが利用されたという事実を、当人の所轄に捏造させるって事ですよね? 幾らなんでも所轄は黙っちゃいませんよ」
「構わんさ。どうせ衛国総省が圧力をかける。報道規制と権力乱用はうちの十八番だ」
「いつも思うんですけど、カオスって裏の顔は随分酷いですよね。下手にバックに衛国総省がついてるだけに、やる事成す事えげつないっていうか」
「まあな。俺も時々、胸が痛くなる」
 そう肩をすくめて苦笑いを浮かべてみせる。
 俺はレポートを手にしたまま局長のオフィスへと向かった。
 カオスチームのオフィスは大部屋をそれぞれの席ごとに簡易的なパーティションで区切られているのだが、局長のオフィスは隣接する部屋を一つ丸々占有している。局長はカオスチームを取り仕切る責任者であるだけに、そういう優遇も当然なのだろう。
「グランフォードです」
 ドアをノックし自分を名乗る。
 局長の返答はすぐに返ってきた。俺はそれを確認した上でオフィスに入ると、すかさず後手でドアのロックをかける。
「今回も素晴らしい活躍でしたわ。ところで、有望な新人は見つかりましたか?」
 オフィスの一番奥の席に座るのは、俺とさほど歳の変わらないブロンドの女性。派手に着飾っている訳でも無く、着ているのは地味な色のスーツなのだが、それを全く感じさせない奇妙な魅力があった。いや、単に彼女が男性を惹き付ける魅力に溢れているからだろう。それも、意図的な。
「何が素晴らしい活躍だ。こんなの、はっきり言って正気の沙汰じゃない」
 俺は足取りも荒く彼女のデスクの前まで詰め寄ると、わざと音が立つようにレポートを叩き付けた。
「負傷者五名、その内一名はまだ集中治療室で目が覚めない。ターゲットが戦闘型ロボットであると、その程度の情報連携はされていたはずだ。にも拘わらず、何故候補生ばかりを投入した。カオスの任務が所轄のような生易しいものではない事ぐらい知っているはずだ。ましてや、実際の事件をテストに利用するなんて論外だ」
「知っているからこそ、あえて投入したのよ。この程度の事を難なくこなすような、ある意味天才的な人間でなければカオスではやっていけない。あなたなら理解出来るでしょう? 私はあなたがそういう人間だと見込んでカオスに引き抜いたのよ」
「だが、やり方は気に食わない」
 俺と局長との視線が真っ向からぶつかり合う。しかし、俺の視線は睨みつけるような射抜く視線であるのに対し、彼女は一歩下がった所から観察するような他人行儀なものだ。俺が言っている事を理解しておきながら、あえて同じ土俵には立たず議論そのものをするつもりが無いのだろう。
「感情の問題は後に回しましょうか。不毛なやり取りに時間を割くのは無意味だわ。それで、今回の事件はどういったあらましだったのかしら?」
「ここに全てまとめてある。所轄の口封じの参考になるだろう」
 皮肉をたっぷり込めて吐き捨てたが、局長は悠然と笑みを浮かべてデスクの上に叩き付けたレポートの束を手繰り寄せた。まるで俺の主張など意に介していない様子である。
 いつもの事なのだけれど、人の意見をまるで聞こうとしない彼女のやり方には呆れ果て、その上無闇に疲労を蓄積させられる。だからだろう、俺は現場に居る時の方が遥かに気分が楽だ。同じ緊張感でも全く異質で、しかも生産的である。
「では、自分は戻りますので。失礼します」
 俺は一方的に会話を打ち切ろうと、局長の返答を待たずに背を向けてドアへ歩き始めた。たとえ俺が一線を踏み外しそうになっても部下に制止されない、そんな安いパフォーマンスで良き隊長を結果的に演じてしまわぬようにかけたドアのロックを外し、ドアノブを握り締める。
 すると、
「感情的に見えて、冷静に振舞うべき所を弁える。ドアの鍵を閉めた上で上司に噛み付くとか、あなたのそういう所が好きよ」
 捻ろうとした寸前、見計らっていたかのようなタイミングで局長が言葉を投げかけてきた。
「マイク、週末あなたの部屋へ行ってもいいかしら? 今週は久し振りにゆっくり出来そうなの」
「構わないさ、アイダ」
 一度、視線を彼女へ戻して僅かに笑みを浮かべる。そして、今度こそ俺はドアノブを捻ってドアを開け、オフィスを後にした。