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「隊長? 珍しいですね。こんな所に来るなんて」
 ログインゲートを抜けると、丁度そこを俺の部下の一人が通りかかった。プリントアウトされた書類の束を抱えている所を見る限り、どうやら資料を集めていたようである。
 カオスは衛国総省の直属であるため、衛国総省のデータバンクも開放されている。ただし、機密性の高い情報も多いため個人の端末からのアクセスは許可されておらず、このように厳重に隔離されたデータルームへわざわざ足を運ばなくてはならない。電子データのコピーは管理室の承認が必要であり、プリントアウトするにしても専用のセキュアプリンタを使用しなければならない徹底ぶりだ。
「ちょっとした調べものさ。今朝、コンビニで強盗に巻き込まれ、そこで気になるロボットを見かけた」
「相変わらず仕事熱心ですね。たまには局長も構ってあげた方がいいですよ。最近、人当たりがきついんですから」
「ここでそういう話はするな。防犯上、会話は全部記録されてるんだぞ」
 そうでした、とうっかりした表情を浮かべ、照れ笑いを見せながら一礼しログインゲートへ去って行った。
 俺は部屋の中央に三つ並んだ個室の一つに入った。この部屋はウィザード式の検索システムが置かれており、あらかじめ調べたい情報が漠然としている時など、対話形式で条件文を入力するだけで効率的に検索を行えるのだ。
 個室の中は八畳ほど、その半分を占めるのが立体投影式のスクリーンパネルだ。真向かいに端末付きのデスクが、職場には似つかわしくないリクライニングシートと共に置かれている。デスクさえなければ、さながらプライベートシアターのような豪華さだ。
 シートに座ると床のスクリーンパネルが自動起動し、一人の道化師が立体投影される。彼がこのシステムのナビゲーターだ。元々はシンプルな背景画像とテキストだけのナビゲートだったらしいが、それではあまりに機械的過ぎるという事でこんなナビゲーターが開発されたのだ。しかも実際の道化師をフルキャプチャーしているという念の入り用である。
「ご機嫌は如何でしょうか? さてさて、今回の捜し物をお申し付け下さい」
 さすが道化師だけあり、動作がいちいち仰々しい。サーカスからそのまま飛び出してきたようである。こういった遊び心には否定的な性格だけに、デスクに頬杖を付いて溜め息を漏らしてしまった。
「国内で登録されている人間型ロボットを検索したい。発売時期、メーカーは不明。性別は男で東洋系。髪は黒、アイタイプも同じだ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
 道化師はまるでプールでするかのように床へ飛び込んだ。灰色の飛沫が跳ねる様も実にリアルで、どうして検索機能にここまで凝った演出が必要なのかと首を傾げたくなる。これがいわゆる遊び心というものなのだろうが、やはり俺にはいまいち理解が出来ない。そういえば昔から情報技術屋は作成したものに対して妙な名前を付ける傾向にある。
 しばらくして、天井からぬるりと抜け落ちるように道化師は現れた。以前は壁からひょっこりと現れたのだが、どうも登場パターンは幾つかあるらしい。こんなものは製作費用の無駄だ。
「お待たせしました。こちらが該当データの見出しでございます」
 道化師は小脇に抱えていた辞典をこちらへ広げて見せる。見やすいようにクローズアップされたそのページには、登録者の名前が見出しとしてびっしりと羅列されていた。しかも検索結果はこのページだけではなく、右上には現在のページとページ総数、その下には全件数が付け加えられている。件数は一万八千を超えていた。比較的数の少ないタイプと思っていたが、思っていたよりも普及しているようだ。
「その中から指名手配中のロボットを抽出しろ」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい」
 道化師は辞典を戻すと凄まじい速さでページをめくり始めた。時折ページを毟り取って傍らに溜め込んでいく。だが、明らかに辞典の総数と比べページをめくる回数の方が多い。単なる演出だろうが、どうせこんなにチープなものならば無い方がずっと良いと思うのだが。
「お待たせしました。こちらが該当データの見出しでございます」
 むしったページを一瞬で辞典に製本すると、また同じように中を開いてこちらを見せた。該当件数は五百強。つまりこの国にはこれだけの数の凶悪な犯罪ロボットが日常生活の中に潜んでいるという事である。この数字が多いか少ないかは人それぞれの判断だろうが、少なくとも半世紀も前は全くのゼロだったのは紛れも無い事実だ。
「まだ多いな。各級ごとに区分けしろ」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい」
 即座に道化師は新たな辞典を作成し直す。過剰な演出に目を瞑れば、基本的にこういった会話だけで欲しい情報が整理されて手に入るのは非常に便利である。理想はオフィスの端末から気軽に閲覧する事だが、さすがにここまでの機密情報となると漏洩の責任はとても取れそうに無い。
 まずは第一級から見ていく事にした。見出しには該当件数が一件とある。第一級とは、大量殺人者や政治的思想犯等の特に凶悪な犯罪を犯した者が相当する。これもまた驚くべきか納得すべきか判断に悩む数だ。
 登録ナンバーA045522、通称『st.アッシュ』。旧ロイヤルステイツグループが製作した、志向型戦闘ロボット『白露』だ。思考回路の致命的な欠陥による危険思想が発見されたためリコール。しかし、運悪く回収できずに逃亡されてしまった内の一体だ。主な犯歴は、主要施設の無差別爆破テロだ。指向性爆弾により現場を文字通り灰にしてしまうためこの名前がつけられた。志向型ロボットであるため爆弾等の犯行手段を人間のように柔軟に選択する点が危険だ。
 このロボット、よく見ると今朝のロボットと随分人相が似ている気がする。現在は白髪に偽装しているとあるが、黒に戻したらそっくりになるのではないだろうか。
 仮に今朝のロボットがこのst.アッシュだったとすると、この近辺で近く大規模なテロが起こり得るかもしれない。そして、俺達カオスにはそれを未然に防止する役目が有る。一体何のためにテロを続けるのかは分からないが、少なくともカオスの標的には違いない。
 と、その時。不意に出入り口のドアが外側からノックされた。俺はデータの閲覧を止め、席を立ってドアを開ける。そこにいたのはデータルームの管理職員だった。
「マイケル=グランフォードさんでいらっしゃいますか」
「ああ、そうだが」
「カオスから連絡が入り、至急本部へ戻るようにとの事です」
「分かった。ありがとう」
 データルームは当然だが通信機器の持ち込みは許可されていない。たとえ持ち込んだ所で強力なジャミングが仕掛けられている。従ってデータルームにいる俺と連絡を取るには管理職員に伝言を預けるしかない。
 今日は別段会議は予定に無かったはずだが。緊急の事なのだろうか。だが、緊急はカオスでは当たり前の事態だ。予定外の事なんて毎日のように遭遇するし、予定通りに事が進むなんてそう滅多にある事ではない。
「今のこのデータを自分のマシンで閲覧したい。承認手続きをするから、許可が下り次第、ブロックを解除してくれ」
「閲覧者はカオスのマイケル=グランフォードさんで宜しいですね。かしこまりました」