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 何故、ロボットの父は俺を育てたのか。
 確かにそれは未だに不明な疑問だった。公安はロボットよりもロボットに育てられた俺の精神構造に食指を向けていた。ロボットが正常な教育を行えるかどうかデータを取りたかったのだろうが、もう一人の当事者でもある父をどこまで分析出来たのか、おれはそこまでは知らない。つまりその疑問の答えが未だに不明なのは、公安が父の精神構造を解析し理由を解明出来たか否かを知らないだけなのである。
「俺は人間で、それもロボット工学者じゃなくマニュアル通りにロボットの素行を裁く衛国総省だ。ロボットの考えている事なんてさっぱり分からない」
「私は御主人様を、世間一般の標準と比較してもロボットには理解のある優しい人物と認識しております」
「その認識は改めろ。俺は人種差別をしないだけだ」
 夕霧は無言のままそっと目を伏せて見せた。たったそれだけの仕草だが様々な意味が込められているように思う。夕霧は俺への認識は多分変えないだろう。それは命令無視という事ではなく、今の認識が一番正確であると考えているからだ。確かに夕霧は俺と生活を共にしているから認識は正確なのかもしれないが、仮にもカオスのリーダーがそういった人物であると周囲に思われるのはあまり好ましくは無い。
「ロボットがどうして人間を育てたのか。昔、生まれたばかりの子供を狼が育てていたなんて話があった。狼には親と子供という概念と母性本能がある。それがたまたま子供に向けられたと考えれば有り得なくは無いだろう。ロボットには予め情報として与えなければそれらの要素は無い。つまり父は父親としての役割を与えられ、母がいなくなってからも役目を果たし続けてきたと考えるのが妥当だろう」
 だが俺はその考えをあまり受け入れたく無かった。俺が父から与えられた愛情は全て模倣されたものになってしまうからである。
 同じロボットから注がれたものだとしても、最初からプログラムされたものではなく、あくまで自発的な行動から生まれたものであって欲しかったのだ。それならば人間とロボットの差はあれど本質的には違いは無いと言い訳も出来るし、何より模倣で育てられるなんてあまりに自分が惨めに思えてしまう。
「一応、後から自分の戸籍や血縁関係は可能な限り調べてみた。どうやら実の父親は俺が生まれる前に死んだらしい。そして母が、片親で生まれてくる俺を哀れに思って父親役のロボットを購入したそうだ。それも、わざわざ稼動歴の長い他のロボットの人格をクローンし、丁度父親と同じぐらいの精神年齢に調整までしていた。だから立ち居振る舞いが人間とそっくりだったんだろう」
「死んだらしい、とは、実際の所はどうなっていたのでしょうか?」
「決定的な証拠が無くて何とも言えない。真相を知っているのは母ぐらいなものだ。もしかすると俺の実父はまだ生きているかもしれないな」
「もし生きておられましたら、是非とも再会いたしたいですね」
「いいや。一生会わない方が互いのためだ。今更顔を合わせたって話す事なんか何も無い」
 そうですか、と夕霧は短く答えた。
 何気なく視線を上げてみると、夕霧はじっとこちらを見下ろしていた。普段から感情の薄い夕霧だったが、俺を見る視線はどこか哀れんでいるように思えた。俺の生い立ちがそんなに哀れと思ったのだろうか。いや、夕霧は人間の感情をそこまで詳しく理解する事は出来ない。きっとそう見えるのは、そんな自分自身を哀れに思っているからだろう。そういう病んだ気持ちが映し鏡のように現れているのだ。
「なんだ?」
「いいえ、なんでもありません」
 否定はしつつも、夕霧の視線は未だこちらへ注がれたままだ。あまり視線に晒される事が得意ではないため、幾ら夕霧でも居心地の悪さが込み上げてくる。けれど、俺は夕霧のさせたいようにさせる事にした。しばらくする間に随分と愛着が出てしまったものである。最近、夕霧へ対するアイダの当たりがきつくなってきたと感じる事が増えたが、一番の原因はこういった俺の態度にあるのかもしれない。
「他に聞きたいことはあるか?」
「僭越ながら。公安に拘束されたという御主人様の父親は、その後はどうなってしまったのでしょうか?」
「無登録のロボットが、それもまだロボットの精神について今以上に認識の薄い時代にだ、警察に捕まってしまったらどうなると思う? 一番最初に思い浮かんだそれが正解だ」
 夕霧が息を飲んだような気がした。ロボットとは言え、苦痛の概念はあるのだから、連想させる言葉を聞いただけでも衝撃はあるのだろう。
「そんな俺がロボットの犯罪を取り締まっているなんておかしな話だろう?」
「私は、なるべくしてなられたものと考えます」
「どういう意味だ?」
「御主人様はロボットに対する思い入れが強いようにお見受けいたします。だからこそ、ロボットに対してより密に接する事が可能で、普通では気付くことが出来ない事にも配慮することが出来ます。一般の方よりも遥かに高度なコミニュケーションをしておられるのです。ですからカオスは御主人様にとって天職であると考えます」
 とんだ過大評価をされたものだ。
 珍しく長い言葉を話した夕霧に、俺は苦笑いを浮かべながら口元を綻ばせた。ロボットが自分の所有者に逆らう事は無いが、ここまで来るとまるで盲信の対象にされているような気分になってくる。夕霧は実際の俺の仕事振りを知らないから言えるのだ。カオスの仕事を要約すれば、もはや手に負えなくなったロボットを破壊する事だ。一度破壊命令が下れば、たとえターゲットがどう目に映ろうと速やか且つ作業的に破壊しなければならない。事実、これまで幾つのロボットを破壊して来たか分からない。命乞いをするロボットに引き金を引いた事も一度や二度ではないのだ。それで天職と呼ぶのならば、随分な皮肉である。
 やがてグラスを空けた俺はゆっくりと体を起こした。
「明日は午後から出掛ける。例の花の方は午前中に届けさせてくれ」
「かしこまりました」
 ソファーから立ち上がると、いきなり足元がぐらついた。思っていたよりも飲み過ぎてしまったようだ。
「俺は先に寝る。悪いが片付けておいてくれ」
「これは私の仕事ですからお気になさらず。おやすみなさいませ」