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「さあ、皆さん。今宵は思う存分、楽しんでいって下さい」
 大統領のスピーチが終わり、場内には落ち着いた心地良い音楽がかけられる。自分の趣味に合う音楽ではあったが、今は気を抜いている場合ではない。引き続き注意網を張って厳重に会場内を監視する。
 大統領の誕生パーティ。各界の著名人の集まる華やかな会場とは裏腹に、俺達警護陣には張り詰めた空気が漂っている。大統領の警備チームという事もあって様々な機関からスペシャルチームが抜擢された混成部隊を結成したのだが、どういう訳かリーダーは新参のカオスになってしまった背景もあり、各チームがそれぞれ結果を出す事に随分と躍起になっている。揉め事は起こらないに越した事はないのだけれど、どうも一部の白熱した部隊は逆に何か事件が起こってくれるよう祈っているようだ。個人的な意見を言わせて貰えば、そういう評価至上主義は何一つ結果をもたらさない無意味なプライドだ。成果主義というものを履き違えている。我々の最高の成果とは何事も起こらず無事にパーティを終える事だ。決して、襲撃した賊を誰よりも多く捕らえる事ではない。
 場内に配備された警護は五人。理想には程遠い人数で、いずれも正装を義務付けられている。華やかなパーティ会場に物々しい服装は相応しくないという大統領の意向である。何時、如何なる時に命を狙われるか分からないというのに、呆れるほど悠長なものだ。それとも大統領という職務は、こうやって常に露出し続けなければいけない職務なのか。
 会場となっているのは国務省敷地内にある広報棟の最上階の一室。主に重役や著名人を大勢招く時に使用されるため、基礎設計からセキュリティが意識されている。この部屋へ辿り着くには五度のチェックゲートを通らねばならず、途中には特別護衛チームの面々がびっしりと配置されている。抜け道は構造的に存在しないこの場所には、どのような手段を用いようと部外者は絶対に入り込む事は出来ない。過剰なようにも思えるが、警備は過剰な方がいいのだ。それで襲撃を諦めてくれれば越した事は無い。
 招待客は凡そ七十数名、大統領と家族関係者にスタッフを含めると百に届くかという人数だ。ちなみに、こちらの装備は短銃が二丁と予備のマガジンが二つ。後は連絡用の小型通信機に、緊急用の照明弾。想定される敵は、第一級指名手配中のロボット『st.アッシュ』である。一般的に知られてはいないが、st.アッシュとは複数の指名手配ロボットの総称である。今夜、この会場を狙っているのは一般的に知られている爆弾魔のst.アッシュだけではないのだ。先行き不透明なこの状況ではいささか心許ない。とはいえ、ショットガンなど持ち込んでしまった日には、非暴力主義者で知られる大統領夫人など卒倒するに違いない。
 パーティは恙無く進行し、各人談話や音楽を楽しみつつ徐々に引き上げ始めている。会場内が空いていく分には大歓迎だ。それだけ警備はやりやすくなる。
「あの、もしかしてマイケル=グランフォードさんでは?」
 ふと、その時。人の流れを監視していた俺の元に一人の来賓者がやって来た。上下共に白のスーツをまとったまだ若い青年である。確か彼の名前はリョーニャ=ディデリクス、一昨年新人文学賞を獲得したのを皮切りに数々のヒット作を短期間の内に連発した新進気鋭の作家だ。何でも父親が大統領府に勤務する高官だそうだ。
 リョーニャは幾分か酔っているらしく顔を紅潮させている。声のトーンも幾らか高い。
「そうですが、何か?」
「本当にグランフォードさんなんですね! いやあ、お会い出来て光栄です」
 いきなり両手を取られ強引に握手をされる。
 確かに最近は自分もメディアへの露出は増えたのだが、まさかこんなファンまでがいるなんて思いもしなかった。
「前々からあなたには是非、お会いしたいと思っていたんですよ」
「光栄です」
「去年、大統領選挙直前に起こった人質立て篭もり事件、テレビにずっと噛り付いて見ていましたよ。あの、咄嗟に大統領を守った姿、思わず見とれちゃいましたよ。僕はそんなに運動神経が良い方じゃなかったんで、実働部隊にはいつも憧れがあるんです」
 まるで子供のように無邪気に話すリョーニャを、俺は無下にあしらう事も出来ずただひたすら黙って聞き役に回っていた。酒が入ると饒舌になる人間は、大概自分の話を聞いて貰えればそれだけで満足するものである。
 言われてみれば、そんな事件も確かにあった。
 あれはセミメタル症候群の疑いのあったロボットが子供を人質に取った事件だった。結局、事件はその後に意外な急展開を見せ大統領が現場に赴くという異例の事態に発展するものの、真犯人が操っていたロボットに殺されるという形で決着した。真犯人の所有しているロボットが大統領へ襲い掛かった時は背筋が凍りつきそうになったものだ。咄嗟の判断で事無きを得たが、あの事件はこれまでの中で指折りの印象深いものである。
「当時、カオスに支給されていた弾丸は線状型弾頭の特殊鉄鋼弾でしたよね。今年に入ってからモデルチェンジしたと聞いたんですが、今度の弾丸はどういったものになっているんですか? 自分の予想としては弾頭が螺旋状に加工されていると思うんですけど。あ、そうだ。今それ持っているんですよね? 是非、この目で確認させて下さい」
「申し訳ありませんが、軍規に抵触しますので。衛国総省へ書面による情報開示手続きをされてみては如何でしょうか」
「やっぱり駄目ですか。いえ、お気を悪くしないで下さい。ほんの好奇心からでして、別に困らせようと思った訳じゃないんです」
 考えてみれば、去年まで正式採用されていた対戦闘型ロボット用の特殊鉄鋼弾について、ここまで知っているのは驚くべき事だ。古い情報だけに重要機密とまではいかない扱いにしても、一般人が入手するには相当な手間がかかるはずなのに。彼の小説がどういった作風かは知らないが、資料目的で収集したとしてもかなりの行動力だろう。
「実は今日、もしかしたらあなたに会えるんじゃないかって思って来たんですよ。大統領の誕生パーティ、しかもst・アッシュの犯行予告があった上でじゃないですか。だったら必ず重要な場所を警備してると踏んだんです。本当は大分締め切り延ばして、パーティどころじゃないんですけどね」
「仕事を放棄してまでわざわざ私に? 酔狂な事ですね。私は単なる一軍人ですよ」
「だって、あなたが一番、この作戦には邪魔なんですから」
 作戦に邪魔?
 突然言い放たれたリョーニャの意外な言葉に息を飲む。
 ふと見下ろした彼の右手には。いつの間にか拳銃が握られていた。