BACK

 気が付いた時には、小気味良い銃声と脇腹を掠るような感覚が通り抜けた後だった。
 衝撃と共に柱へ背中から倒れこみ、そのままずるずると柱伝いに床へへたり込む。左の脇腹が熱く濡れる感覚があった。それが撃たれる事だと経験はあったが、これほど深刻さを思わす傷までは経験が無い。気を抜けばあっと言う間にパニックになってしまいそうな思考を理性で押さえ付ける。
「おっと、さすがに急所は外れましたね。でもこれで動けないでしょう? そのままおとなしくしていて下さい。銃は預かっておきますよ」
 たった一発の銃声は場内を戦慄させるには十分だった。この会場に招かれているのは、俺とは違い銃声や硝煙などと全く無縁の世界で生きてる人種である。俺のように生理と思考を切り離すなんて芸当が出来るはずが無い。
「急げ! 犯人はここだ!」
 俺は持てる力を振り絞って叫んだ。この会場内にはまだ選り抜きの警備員が四人も配置してある。その四人が一斉に対処すれば事態は十分収拾がつく。
 しかし。
「誰を呼んでるんです? もしかして他の警備員?」
 小首を傾げながら、リョーニャは露骨に肩をすくめて見せた。すると、四方から一人ずつこちらへ歩み寄る者が現れた。それぞれが片手に人間を引き摺っている。中心までやってくると、まるでゴミを捨てるかのように引き摺っていた人間を中央へ放り投げた。放られた四人はいずれも正装した警備員だった。皆一様に胸を一発で撃ち抜かれている。多分、俺と同じ手口を使われたのだろう。まさか自分のファンがいるばかりか、その人物にいきなり銃で撃たれるとは予想だにしなかったはず。そもそもチェックゲートの存在がこの会場へ銃を持ち込めるはずがないという過信を生み出していた可能性も否定できない。
 あれは……。
 集まった四人の中に一人だけ見覚えのある顔があった。黒髪にモンゴロイドの肌という典型的な東洋人デザインのロボット、それは衛国総省の表向きのデータベース内にてst・アッシュとして登録されている第一級指名手配犯、連続爆弾テロ犯のロボットだ。
 この四人、まさか全てがst・アッシュなのだろうか。その認識が正しければ、非常に危険な事態に陥っている事になる。この会場に配備された実質の攻勢部隊は俺とこの四名なのだ。全員が負傷してしまっては反撃の糸口は外部に頼るしか他ない。
「こういう事。これで勢揃いだ。さあ、ここから二次会の始まりだよ? 大統領」
 リョーニャがゆっくりと視線を馳せる先、そこに佇む大統領はどうとも取れる薄い表情を浮かべていた。顔色は決して良いとは言えなかったが、それ以上に周囲の動揺振りがあまりに顕著だった。
 瞬間。
 誰かが切り裂くような悲鳴を上げた。それを合図に人々が一斉に出入り口へと激流のように雪崩れ込んでいく。しかしそれよりも早く、出入り口にはあの四人が回り込んで彼らの行く手を阻んだ。
「おっと、ストップ。落ち着いて。ここに集まった来賓の方々は関係ないから帰って頂いて構わないよ。ちゃんと一人ずつ、部屋を出て行って貰いたい。ただし、大統領だけは別だ。あなたには大切な用があるから、もうしばらく付き合ってもらうよ」
 五人が作り出す異様な秩序に、一人として口を開く者はいなかった。少なくとも素直に従っていれば自分の身の安全は保障されるのだ。単なる一般市民である彼らに、わざわざ要らぬ口を挟んでまで我を通す理由は無い。
 恐怖に顔を引きつらせながら部屋を出て行く来賓達がいなくなると、遂に会場に残ったのは大統領とその夫人、そして銃を構えるシークレットサービスの五人になった。シークレットサービスは緊張した面持ちで寄り添う大統領とその夫人を自らの背で取り囲んでいる。
「ファーストレディも帰って貰って構いませんよ。シークレットサービスの諸君らも下手な事はしない方がいい。こちらはいざとなったら、この部屋丸ごと爆破しちゃう用意だってあるんですよ?」
 リョーニャのあっけらかんとした口調と現実離れした内容に、シークレットサービスの一人が訝しげに真偽を問う視線を俺へ向けて来た。俺は静かに頷き返した。爆破テロを繰り返してきたst・アッシュもこの場にいるのだ、とてもハッタリとは思えないのである。
「我々の任務は大統領を命に代えても守る事だ。このままおめおめと退く訳にはいかない」
「既に外部へ緊急事態を知らせている。三分もすれば武装警官隊が突入して来るぞ」
「そう、だったら」
 リョーニャが一人に視線で合図をする。直後、連続して銃撃が四度鳴り響いた。正確で画一的な射撃は、瞬時に四人の眉間を正確に貫いた。瞬く間に立っているシークレットサービスは一人になった。あまりに作業的に、それもほとんど抵抗する間も無く仲間を射殺された事がショックだったのだろう。緊張していた面持ちは愕然と目を見開いている。
「ほら、ファーストレディを下までエスコートして下さい。それも大事な仕事には違いないでしょう?」
 そう促された最後のシークレットサービスは、おずおずと大統領と顔を見合わせる。対する大統領は重い表情で頷き返した。今はそれがベストと判断した二人は、それでも後ろ髪を引かれるような重い足取りで出入り口へと向かい消えて行った。これでこの会場内の人間は遂に、俺と大統領とリョーニャの三人、そして四人のst・アッシュとなった。
「リョーニャ、君はどうしてこんな事をする? あの四人は指名手配犯だ。君のような人間が関わっちゃいけない連中なんだ」
「リョーニャ? ああ、そうか。リョーニャ=ディデリクス、僕のモデルになった人間ですね」
「モデル?」
「実は僕、ロボットなんですよ。それも、st・アッシュと言ったらお分かりでしょう? だから言ったんですよ、勢揃いって。今、st・アッシュは全部で五人いるんです」
 つまり、この会場には全てのst・アッシュが集まっていながら、大統領は誰にも守られていない状況にあるというのか。
 騒ぎ立てる感情を抑え、冷静になって思考を落ち着けた。
 まず、どうしてこの会場にロボットが入り込めているのか、それが疑問だ。警備のシミュレーションは幾度となく繰り返した。チェックゲートの調整も十数回繰り返している。なのに何故こうもみすみす侵入を許したのか。
「確か……第二級指名手配犯にクラッカーがいたな。通称は『スプーフ』だったか」
「よく覚えてらっしゃる。さすがはマイケル=グランフォードさん。実はあれ、僕なんですよ。もう一つ特技がありまして、誰かに成り代わる事が出来るんです。まあ同じ背格好の人しか駄目ですけどね」
「だが、幾ら姿を真似たってゲートは通れないはずだ」
「駄目だなあ、グランフォードさんともあろう方が。考えが鈍い。確かにチェックゲートの調整は完璧でしたけど、肝心のゲートそのもののセキュリティがなってないですよ。一週間も前にダミープログラムを入れたの、気づきませんでした?」
 時間が足らず技術班を緊急増員させた事が裏目に出てしまったか。
 無論、内部犯行やスパイの可能性を無視していた訳ではなかったのだ。ただ、当日を前に少しでもベストな設備を整えられるよう努力したつもりだが、まさかそれがみすみす犯人の侵入を可能にしてしまうなんて。こればかりはただ無念の一言に尽きる。
 と、その時。
「君達、私を残したという事は、私に要求があるのだろう? 一体何が欲しいというのかね?」
 これまで沈黙を続けていた大統領が中央へ歩み寄って来た。
「大統領ッ!」
 迂闊に近づいてはならない。
 そう叫ぼうとした瞬間、鉄臭い自分の咳でむせ返った。弾丸は急所は外しているものの、どこか内蔵が傷ついているようだ。それに撃たれた脇腹の出血も酷い。これでは戦闘どころか立ち上がる事すら困難だ。
 大統領はそんな俺に向かって、ただ毅然と手のひらを向けて制止した。自分は分かっている、その上で立ち向かっているのだと言わんばかりに。
「スキャンダルの多い大統領と思ってましたが、なかなか度胸が座っていらっしゃる」
「それはどうも。だが、早い所交渉に入りたい。これ以上の人死には出したくない。それで、君達の要求は何だね?」
「この国で、貴方にしか与えられないものですよ」
「金か? それとも兵器か?」
「違う違う。そんな俗っぽいものをロボットは求めないし、人間と同じものは求めない。これでも僕らは革命者を背負ってるつもりなんだから」
「ならば一体この私に何を望む?」
「僕達が欲しいのは一つ、全てのロボットに権利を与えて欲しい。少なくとも、この国に住むロボット全てにだ」