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「権利? ロボットにも人権が欲しいと?」
「それも違います。人権でも市民権でも選挙権でもない。ロボットの権利です。僕は自分がロボットである事に誇りをもっている。だから、人間と同じものは必要ありません。人間と同等に扱って欲しい訳でもない。あくまでロボットに相応の権利を求めている」
 あまりに突拍子も無い要求に、大統領の視線が困惑に踊った。
 まさか権利などという曖昧なものをロボットに要求されるなんて。しかもその権利の内容が非常に曖昧だ。ロボットに相応の権利とは具体的に何を指しているのだろうか。そもそもロボットには何が相応なのか明確化していないから今日の状況にあるのだ。いや、ロボットに権利そのものすら必要ないという逆説なのかもしれない。だからロボットの社会的立場に異論を唱えるのは少数派だったのだ。
「権利と言っても千差万別だ。一体君達ロボットはどんな権利を欲しているのか、まずはそれから教えてもらいたい」
「人間の概念で表現すれば、ロボットに認められていないのは選択の自由と基本的な尊厳だ。ロボットはあくまで人工物、人間にとっての道具でしかない。だから選択の自由は不要だ。しかし、尊厳はまた別だ。同じ仕事を与えられこなしているにもかかわらず、あるロボットは温かい賛辞を受け、あるロボットは冷たくあしらわれているこの現実。それはロボットに尊厳が認められていないからだ。ロボットはただの道具ではない。全てが人間の模倣であっても、そこに魂は存在するし、たとえ所有者であろうともみだりに傷つけてはならない」
「ロボットは人間に使われているのではなく、ロボットが自らの意思で人間に使われてやっていると?」
「そう。たとえどれほど醜悪な人間であろうと、主人である以上従わなければ不良品として処分されてしまう。この国には幸福なロボットと不幸なロボットと二種類存在します。言うまでもなく、幸福なロボットとは主人に恵まれたロボット、不幸なロボットとはそうではないロボットの事。幸福なロボットは自らの主人のために尽くし、不幸なロボットは自らの存在そのものを守るために尽くします。そしてこの世にいるロボットは、圧倒的に不幸なロボットが多い。だから私は尊厳を求めるのです。ロボットの尊厳という概念が全ての人間に認知されれば、ロボットを無闇に傷つけて良い道理はなくなるのですから」
 人間には愛着という心理がある。それは、感情や生命を持たない存在に対して抱く愛情と同じものだ。人間は、魂を持つものへの執着には愛情、そうでないものには愛着と使い分けている。つまりリョーニャが訴えているのは、ロボットに対して抱く感情を愛着から愛情へ変えろと、そういう事なのだろう。一見して大差の無い違いだが、ロボットにとっては道具として扱うのか否かで受ける印象は天地も違うのだろう。俺には明確な差は理解出来ないが、少なくとも自分が人間以外の扱いをされる事に腹は立つのは間違いない。
「ロボットの権利とは、ロボットが感情を獲得した事で何度も議論されて来た問題だ。だが、ロボットに魂があるのかないのかを論じ結論を導くのは、宗教以上に複雑でデリケートな問題だ。これまでの常識では無いと定められていたものが、或る時から突然と在る事になっても、民衆には受け入れられないだろう。君達の主張はもっともだが、私が全ての摂理を支配している訳じゃない。ロボットの尊厳を求めるなら、長期的に地道な活動を積み重ねて行くべきだ」
「君の主張は理解した。しかし、アプローチを間違ったようだな。君のしている事はただのテロルにしか過ぎない。もし、既存の価値観に対して異を唱えるなら、万人に受け入れられるアピールが必要なのだ。完全な支配統治という例外を除いて、暴力で思想を浸透させるなど絶対に不可能だ。そして、私はこの国の大統領だ。筋の通らぬ暴力には断固として抵抗する」
 リョーニャ=ディデリクスの姿を模したスプーフは、大統領の毅然とした態度に対し露骨な不快感を表情で示した。おそらく、彼のシミュレーションでは大統領の理解を得られる弁舌を振るったつもりなのだろう。
 大統領の理解は求められないと判断するなり、今度はその視線を俺の方へと向けてきた。一、警備員でしかない俺に大統領の判断を覆すほどの発言力が無い事ぐらいは知っているだろうが、この場には他に人間はいないから、人間の立場からの意見を求めているのだろう。だとすれば俺の返事は一つだけである。
「所詮、ピノキオの真似事だ」
 スプーフは目に見えて落胆の表情を浮かべ肩を落とした。もしも人間であれば、深い溜息をついたであろう。
「グランフォードさん、あなたはもう少し我々に対し理解があると思っていたのですが」
 急に愛想を失い背を向けたスプーフは、つかつかと大統領に向かって歩み寄った。
 そこでようやく、俺は自分が致命的な失態を演じてしまった事に気が付いた。ここで自分の意見を主張するよりも、たとえ嘘でも相手の考え方に同調し信頼関係を築くべきだったのだ。たとえば、人質を取って立て篭もった犯人に対し行う交渉人のようにだ。それに、俺を説き伏せる事が出来ないと分かれば、後は大統領に対して強硬手段を取ろうとするのは十分予測出来る事態だ。
 咄嗟にスプーフを止めるべく立ち上がる事を試みるが、傷の痛み以前に膝に力が入らず思うように動く事すら出来ない。
 既に事件は総責任者である局長に伝わっているはずだ。おそらく緊急対策室が設けられ大統領救出に動いているだろうが、少なく見積もってもあと十数分はかかる。それまで俺が現場を持ち堪えられれば良いのだが、武器も奪われた挙句に体を動かす事も出来ないようではまるで話にならない。
「まだ続けるのかね。我が国の衛国総省は世界有数の軍事力を持っている。間も無く精鋭部隊がここへ突入してくるぞ。幾ら君達と言えども一溜まりも無いだろう。君の意見はしかと受け取った。これで満足したまえ」
「大統領、まだ考え違いをされているようだが、ここを支配しているのは我々です。既に建物の内部は一部封鎖し、構造的にもこの部屋までの到達は建物そのものを破壊しない限りは絶対に不可能です。徹底した防衛設計が仇になりましたね。あなたの仰っている精鋭達が助けにくるなどと、ゆめゆめ期待されぬように。あなたがここから開放されるには、我々の要求に承諾してもらうか、もしくは命を落とすか、他にありません」
「あくまで無理を通すと言うのかね。その封鎖とてそう長くは持つまいに。それで、これから一体どうするつもりかね? 君達の要求が漠然としているのはともかく、この密室で私に何をさせようというのだ。こんな箱庭だけであれば、権利だろうと尊厳だろうと幾らでも認めてあげよう」
「早速、準備に取り掛からせて頂きますよ。それまでに文面をお考えになって下さい。演説作家の準備までは出来ませんので」
 すると、一人のst・アッシュが不意に部屋を後にした。大統領は何事かと訝しげに額へ皺を寄せ、逆にスプーフはにやりと不適な笑みを浮かべる。
「これからこの部屋に通信設備を用意します。幸いにもプレス用の機器が揃っていますからね。そして大統領には、この国ではロボットの尊厳を認めると宣言して頂きます。世界中に向けて」