BACK

 意図して挑発的な口調で放ったその言葉に、それでもスプーフはただじっと俺の目を見据えていた。それは揺ぎ無い勝利の確信があるからこその落ち着きなのだろう。にも拘らず、未だこうして噛み付き続ける自分の姿は逆に惨めと言う他なかった。
「カオスの由来は知っているか?」
「カオスの正式名称は『Counter Android Offensive Specialforces』、それぞれの頭文字を取っているのでしたよね?」
「そうだ。その名称の意図を考えた事はあるか?」
 いいえ、とスプーフは肩をすくめる。大統領が腹を決めるまでの間、俺の強がりに付き合ってやろうといった軽い態度だ。それでも俺は気付かぬ振りをして話を続ける。
「そもそもカオスは、公にはロボットの犯罪を取り締まるために設けられたとされているが、その実態は名称通りだ。反アンドロイド攻勢特殊部隊。管理ではなく更正でもない。俺達はロボットを破壊するのが目的だ。これが生活の利便性のためにロボットを求めている人間の、もう一つの本音だ」
「考え違いをされているようですね。ロボットは人間よりも優れた能力を持っています。そんなロボットの犯罪を取り締まるからには、並大抵の組織では不可能でしょう? カオスはそういう特別な存在なのですよ。名称も単なる語呂合わせでしょう」
「だが、カオスの人間には自己の裁量でこの国に居る全てのロボットを破壊する権限が与えられている。人間に置き換えれば、殺人許可証のようなものだ。お前達だけじゃなく、法律を遵守し健全に稼動しているロボットでさえカオスは破壊しても許される。その気になれば、この国からロボットを全て消し去る事だって可能なのだ」
「たとえそうだとしても、本当にそれを実行するような人間はカオスに配属はされないでしょう?」
「逆だにそういう人間こそ、優先的にカオスへ集めている。そうでもなければ、いざという時に躊躇いが出てしまうからな。躊躇いを振り切らせるよりも、禁止事項を設けておいた方が扱いやすい」
 今度は、なるほどと大きく露骨に肩をすくめ、如何にも自分の負けだと言わんばかりのポーズを取った。勿論、それは本心からのものではなく俺を嘲るためのポーズだ。所謂、言葉に出さない皮肉である。
「グランフォードさん、先ほどからあなたは何が言いたいのですか? 私の神経を逆撫でし時間稼ぎをするつもりなのか、それとも本当に負け惜しみを言いたいだけなのか。あなたの言っている事はどれも、単にロボットが尊厳を認められていないからこそ起こり得る事でしかありません。今更そんな事を改めて聞かされた所で私は一向に動じたりはしませんよ。さあ、もうお話は済みましたか? そろそろ大統領が演説をされる時間です。私には現場指揮の仕事がありますので」
 本当の事を言えば、単に負け惜しみを言ってやりたかっただけである。時間稼ぎの意味合いも無い訳ではなかったが、この混乱した状況で僅か数分稼いだ所でどうにかなるとはとても思えない。今回の警備体制がどういったものであるのか、発案者の俺が一番良く知っている。この現場には防護壁を破れるような重火器も無ければ、俺の他に第一級指名手配を受けているロボット戦に精通している指揮官もいない。一番現実的な線を考えると、この国で最も高い戦闘力を誇るとされる海軍の特殊戦術部隊が突入して大統領を保護するというシナリオだろう。召集から突入まで、必要な時間は凡そ一時間。たかだか数分の与太話など素人にも意味の無い事が分かる。せめて俺が交渉術に秀でていればもう少し状況を改善出来るのだろうが。
「君達st・アッシュの事は私も少なからず聞いている。実際にこの目にするのは初めてだがね」
「今の衛国総省は随分と秘密主義のようですね。もしくは大統領御自信があまり信用されておいでではないのか。後ほど、モーリス省長に詳細をお訊ねすると良いでしょう。もっと詳しい話が聞けると思います」
「痛み入るよ」
 不思議と大統領の表情は冷静だった。むしろ、堅苦しくない会見でジョークを放ち記者団を笑わす時の様な余裕すら感じられる。この絶望的な状況に大統領は開き直ってしまったのかと俺は思った。しかし、緩んだ口元とは正反対の強い眼差しを見て考えを改めた。大統領は決して諦めた訳ではなく、腹を括ったのだと。
「さて、君達の言い分ももっともだ。私は過去にロボットを一人、私の友人として迎えた事がある。だから君達も同様に、我が国の国民として迎えようと思うのだが」
「良い事です。我々に限らず、全てのロボットを迎えてくれたら尚良いでしょう」
「君達ロボットは、人間の第二のパートナーという人類の発展にとっては重要な存在だ。軋轢は出来るだけ避けるべきだ」
 一体大統領はどうしてしまったのだろうか。
 俺は手の平を返したような大統領の態度に唖然としてしまった。たとえ相手が誰であろうと暴力には屈しないと、つい先程ああもはっきりと宣言したばかりだというのに。まさかst・アッシュ達の機嫌を取ってやり過ごそうなどと考えているのだろうか。
 しかし。
「では、君。まずはそこの彼を手当てしてくれたまえ。彼は私の優秀な部下の一人なのだ」
 突如大統領は口調を一変させると、俺の方を指差し命令口調で言い放った。
 さすがにスプーフは驚きを隠しきれなかった。見る間に表情が怪訝の色に染まっていく。
「大統領、如何なされました?」
「私は、あの彼を手当てしたまえと言ったのだ。大統領に同じ言葉を二度も言わせるものではない」
「まさか、未だにこの状況が理解出来ていない訳でもないでしょう? そもそもあなたは今、我々に命令出来る立場ですか?」
「私はこの国の大統領だ。この国で私の命令は絶対だ。それはロボットとて例外ではない。彼の手当てを今すぐに行い給え。出来ないのであれば、お前は必要ない」
「何を―――」
 すると大統領は返答を待たずいきなり足を前へ踏み出すと、そのまま強引にスプーフの脇を通り抜けて行った。反射的にスプーフは大統領を留めるべく腕を伸ばすものの、既に大統領は次の行動へ移っていた。
「さて、そこの君。良ければ名前を教えて貰えるかな?」
 そう大統領が指差し話しかけたのは、他四人のst・アッシュの内で東洋人型のロボット、世間一般には隠語ではない意味での『st・アッシュ』という名前で認知されている連続爆弾テロ犯だった。
「私の名前はst・アッシュです」
「そうじゃない。それは衛国総省が与えたものだろう? 君個人の、固有名称を述べてみたまえ」
「私は……」
「どうした? まさか名前が無い訳でもないだろう。自分の名前ぐらい誇りを持って述べ給え」
 スプーフは驚くほどうろたえながら二人のやり取りを交互に見比べていた。大統領の唐突な発言の不透明さもそうだが、自分の仲間が大統領の言葉に耳を傾けている事がさぞ意外だったのだろう。だが、この不可解な状況に驚いているのは俺も同じだった。大統領の真意がまるで理解出来ないばかりか、今後の展開がまるで予測がつかないのである。
 自分の名前を訊ねられすぐに答えないのは、人間に名乗るつもりはないからなのか、元から固有名称を持っていないからなのか。いや、もっと単純な理由がある。st・アッシュとは衛国総省にプロデュースされた生まれながらの指名手配犯だ。そんな自分の固有名称など、同じst・アッシュのならばともかく、人間などに求められるとは想像もしていなかっただろう。そこから生まれた驚きに硬直しているのかもしれない。
「私の名前は、露旬。私の名前は露旬です」
「ふむ、実にクールだ」
 そう微笑んだ大統領に、露旬と名乗った彼はぎこちなく微笑み返した。