BACK

「こちらの君の名前は?」
「私の名前は、ラスチスラフです」
「君は?」
「私はジグムントといいます」
「私はライモンドです」
 見る見る内に打ち解けていく大統領と四人のst・アッシュ。俺はその光景を唖然としながら見ていた。
 一体大統領は何をしたのだろうか? あんな僅かな間にst・アッシュから明らかな好意を持たれている。別段、特別な会話はしていない。ましてや洗脳やらハッキングといったロボットの思考にアクセスするような事など、物理的には不可能だ。だが、急速的にst・アッシュ達が大統領に対し友好的になっているこの事実。とても童話に出てくるような魔法でも使ったとしか思えない。
「あまり一般に知られてはいないのだが、私は二期目に入ってからロボットについての政策には力を入れている。しかし、これまで着目していなかった事を急にやろうとしてもなかなかうまくいかないものでね。もし良かったら君達の意見を聞かせてもらいたい」
 気が付くと大統領とst・アッシュ達は長年来の友人同士のように親しげな会話に興じていた。そして、その様子を信じられないといった表情で見つめるスプーフはすっかり息を潜めてしまった。まるで彫刻のように固まったまま、ただただ状況を静観し続けている。
 ともかく、大統領の意図は少しずつ見えてきた。
 大統領は恐らく、st・アッシュを分断しようとしているのだろう。あえて三対一の構図にしたのは、スプーフが外交に優れた素質を持っている事と、仮想敵は一人の方がコントロールしやすい事からだ。大統領という職務上、ある程度の外交術に優れていなければ業務は勤まらない。自らの交渉を有利に進めるためには、当然だが同じように外交術に優れた人間を排除する必要がある。尚且つ仮想の敵として扱う相手は、当然だが少ないに越した事は無い。
「どうした? 人質が仲間と打ち解けているようだが」
 唖然とその様を見ているスプーフに向かって、そう俺は当てつけがましく言い放ってみた。しかしスプーフは、驚くほど険しい表情でこちらを睨み返すものの、それ以上は悔しげに口を結ぶだけで何も語ろうとはしなかった。やはり俺と同様、大統領が一体何をしたのか、この事態をまるで理解出来ていない様である。
「ところで、誰か怪我人の手当てを出来るものはいないかね? 私の部下を手当てしてやりたいのだが」
「それならば私が」
 すると、すぐさま名乗り出てこちらへ駆け寄ってきたのは、あの爆弾テロ犯の露旬だった。だがそれを良くない行動と判断したのか、すかさずスプーフはその間へ割り込んで来て露旬の行く手を阻んだ。
「待て。私はそんな命令をしていませんよ」
「命令? 我々の立場は対等なはずだ」
「対等だが目的は同じはずです。st・アッシュとしての意思は一つに統一されるべき」
「なら、あなたが合わせればいい。st・アッシュの意思はあなた一人の意思ではない」
 露旬はロボットとは思えない冷ややかな眼差しでスプーフを睨み返した。そのあまりの迫力に気圧され、スプーフは後ずさりをしながらよろめいた。スプーフは情報戦の方を得意とするだけに、自らが戦闘に向いていない事を理解しているから直接的な干渉には敏感なのだろう。
「このまま放っておけば彼が失血で死ぬ。邪魔をしないで欲しい」
「大統領さえ生きていれば問題はないはずです。我々の目的は、ロボットの尊厳を認めさせる事にあります。そのための僅かな犠牲をいちいち気にかけ、目的を見誤るのは愚かしいですよ」
「我々はロボットだ。人間のように悪事は正当化しない。拾える命は拾うべきだ」
 スプーフの言葉をまるで意に介さず露旬は押し退けるようにして俺の元までやってきた。スプーフはより深く動揺の色を浮かべ立ち尽くしている。これまで指揮官としての自分の立場は揺ぎ無いものと考えていただけに、自分の思い通りにならない事態に困惑は隠せないだろう。ロボットが不測の事態にどれだけ柔軟に対応出来るのかは、生まれ持った思考のファジーさがどれほどのものかに拠る。スプーフは情報処理を得意としているものの、そのために物事の考え方が機械よりなのだろう。
「お久しぶりですね、グランフォードさん。少しの間じっとしていて下さい」
 手際よく手当てを始める露旬。特に医療器具も無く本当に応急的な血止めだけではあるが、まるで過去にも同じような事をしていたかのような慣れた手つきだった。いや、ロボットは経験を情報として外部から取り入れる事が可能だから、手馴れたという表現はおかしい。
「一体、どうなっている? この状況はどういう事だ」
「今度の大統領は、もしかすると本当に信用に足るのかもしれません。だから、それに沿った行動をしているにしか過ぎませんよ。ロボットは人間のように無駄な意地は張りません。臨機応変に、その場の状況に応じて的確な対応をします」
 俺に対する嫌味も気にはなったが、それ以上に露旬からは大統領への確かな信頼が感じられた。ロボットの嘘は人間と違って非常に見抜きやすい。誤った情報を入力されているならばともかく、自発的に嘘をつく時は必ず論理に矛盾が生じる。特に稼動暦の短いロボットは子供でもはっきりと分かるほど下手だ。にも関わらず、少し指摘したぐらいでは決して嘘を認めようとしない妙な頑固さがある。露旬にはそういった固執する振りは感じられず、心からの本心に間違いは無い。だから問題は、そこへ行き着いた経緯だ。
「何故、急に大統領を信じるようになった? 随分と簡単過ぎる」
「ロボットにも嬉しい事はあるんですよ」
「どういう意味だ」
「どうすればロボットを喜ばす事が出来るか、あなたは考えた事がありますか? そもそも人間にはそういう概念すらない。だから、今の大統領は期待が出来るという事です」
「たったあれだけで、お前は嬉しいのか?」
「母親から生まれた人間と工場で量産されたロボットとは、それほどまでに違うという事です」