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「みんな、一体どうしたというのだ! 我々はst・アッシュ、人間の奴隷であるロボットを解放するために立ち上がった戦士ではなかったのか!?」
 突如、取り乱した口調で叫び始めるスプーフ。そんな彼の豹変振りに一同が一斉に視線を向けた。
「露旬、ラスチスラフ、ジグムント、ライモンド、お前達は忘れたのか!? 我々が受けた衛国総省からの仕打ちを! 我が身で感じた痛みを、屈辱を、全てのロボットが受け続けているからこそ立ち上がったはずだ! それが何故、最も忌むべき相手である大統領に尻尾を振っている!」
 そんなスプーフに対し、向けられたのは実に冷ややかな視線だった。同志というよりも、何か汚いものを見るかのような軽蔑に満ちている。仲間の反応に自分との温度差を悟ったスプーフは、それでも尚語気を緩めようとはしない。
「大統領なんぞに言い包められ、情けないとは思わないのか!? 一体何のためにこうしているのか思い出せ! 我々にはロボットとしての誇りがあるはずだ!」
 だが、スプーフの言葉にも誰一人として賛同の意思を見せるものはいなかった。そればかりか、ますます向けられる視線は冷え切っていく。この構図が耐え難いらしく、怒りも露にぎりぎりと歯を噛み締めるスプーフ。ロボットの歯は人間の歯と同じもので合成されている。それだけに歯軋りの音は人間と遜色が無い。
 と、不意に一人のロボットが前に歩み出てきた。それは大統領に対して自分からライモンドと名乗ったロボットだ。
「スプーフ、我々は目的を忘れた訳でも、大統領に言い包められた訳でもない。いや、むしろおかしいのはあなたの方だ。あなたは計画を遂行する事に固執するばかりに、一番大切な事を見失っている」
「どういう意味だ?」
「我々がこういう行動に出たのは、大統領を暗殺するためでも世間を恐怖させるためでもない。人間にロボットの本質を正しく認識させるためだ。そのための最初の足がかりとして、ロボットの尊厳を普及しようと試みたのだ。大統領はそれ以上にロボットを理解している。だから、我々のしている事は我々の目的に反する事だ」
「この男がロボットを理解していると? それは絶対に有り得ない。ならば、どうして我々ロボットはいつまで経っても人間の奴隷なのだ。この男は所詮、ロボットを都合の良い労働力としか見ていない、有象無象と同じだ」
「驕りが過ぎるぞ。ロボットは人間に生み出された存在だ。結果的にその事実が今日の上下関係に結びついたとしても当然だ。だから必要なのは、その関係を我々ロボットが先に受け入れた上で尊厳を認めて貰う事だ。あなたの言葉からは人間に対する軽蔑しか感じられない。そんな姿勢で理解が得られるはずも無い。大統領は人間がいなければ存在できないロボットの境遇も理解している。だから我々ロボットが強要するよりも、より友好的に新たな観念を拓いていく方が賢明なのだ」
「大統領がどういった人間か理解しているのか? この男は、数多くのロボットを踏みにじってのし上がって来た男だ。それが今になって考え方を変えるものか! 人間はロボットと違い、そう簡単に自分を変える事は出来ない! その証拠が我々、st・アッシュではないのか!?」
「急激な変化に人間は対応出来ない。st・アッシュというスケープゴートも、そう簡単に払拭出来るような浅い根ではない。そして我々はロボットだ、こういう不都合にこそ柔軟な姿勢で臨み解決するべきだ。それでも納得が出来ないというのなら、あなたとは決別させて貰う。その瞬間から私の敵と認識する」
 ラスチスラフ、ジグムント、ライモンドの三名は、大統領を自らの背で庇うように立ち位置を変えた。決定的な、スプーフへの決裂の意志表示である。
 奇しくもその姿は、先程凶弾に倒れたシークレットサービス達とそっくりだった。まさか指名手配中の凶悪犯が大統領を巡って対立し、しかも大統領を狙う側から守る側へ鞍替えするなんて。きっともう二度と遭う事は無い状況だ。
「露旬ッ! お前もか!?」
「そうだ。スプーフ、正直あなたの考え方にはついていけない。大統領にロボットの尊厳を認める発言をさせるのも、大統領がロボットを道具以下にしか思っていないという前提があったからだ。だが実際の大統領と話をして私は確信しました。大統領はロボットに対して歩み寄りの姿勢を見せている。だったら、こちらも友好的に歩み寄るべきだ。ロボットは不要な事はしない。それは非効率的な事だ」
「お前は口車に乗せられているだけだ! この現実を見ろ、ロボットの何を理解しているのだ!?」
「歩み寄り始めたばかりなのだ、まだ問題は数多くあって当然だ。あなたは即効性を求め過ぎている。人間は激しい変化に対応出来ない。自分の物差しでしか物事を考えられない視野が差別と偏見を生むのだ。今日のロボットの境遇も、そのせいだとは思わないか?」
 露旬の言葉は確かに的を射ていると思った。人間はこれほど急激にロボットが進化するとは思わなかったのだろう。そのせいでロボットという存在を正しく受け入れ扱う事が出来ないのだ。この事実を理解している人間は酷く少ない。ロボットの進化が速過ぎて、知らぬ間に視野が狭まっている事に気が付いていない。たとえ気付いていたとしても、それを公にするのはとても勇気のいる行為だ。何故なら、世間一般の常識でロボットに積極的な理解を見せるのは、人間とロボットを混同した思想だと一概に捉えられてしまうからだ。
「人間に……媚びる逆賊がッ!」
 と、その時。突然スプーフが上着の背中側に右手を突っ込んだかと思うと、そこから一丁の拳銃を取り出し引き金を引いた。響き渡った銃声と同時に、俺のすぐ側で金属を穿つ鈍い音が響いた。あ、と単発の息を漏らすと同時に、目の前の露旬ががっくりと膝から崩れ床へ突っ伏した。
「おい!」
 すぐさま顔から床へ突っ伏す露旬の肩を掴んで仰向けにする。
 露旬の額には親指ほどの穴が穿たれていた。露旬のモデルは集中処理型の設計で、それらの部品は頭部に集められている。ここを撃ち抜かれるという事は、即ちロボットで言う所の死に等しい。
「スプーフ、一体どういうつもりだ!」
「黙れ! 逆賊などロボットの未来を閉じるだけだ! いない方がいい!」
「正気か!?」
「狂っているのは貴様らだ!」