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「レックス、カオスはロボット犯罪を取り締まるチームだぞ。人間とロボットの見分けくらいつかなくてどうする」
「だって、そんなの簡単にはつきませんよ。見た目なんかほとんど同じなんですよ? ああ科学の進歩って素晴らしい」
「分からないのはお前が未熟だからだ」
 不満げに口を尖らせながらコップの水を飲み干すレックス。
 偉そうな事を言ったが、実際俺もカオスに入ってからすぐ人間とロボットの見分けがついた訳ではない。そういえば、その頃はアイダに見分けのつかない事をよく突付かれたものだ。こちらが言い訳をすると決まって言う言葉があった。そう、今レックスに言ったばかりの未熟という言葉だ。自分の実力には驕り無しで自信を持っているだけに、素人にそんな指摘を受ければ必ず頭に血が昇りカッとなってしまう。にも関わらずいつも決まって納得させられているのは、結局うまく丸め込まれているのだろう。アイダは人間の操縦が上手い。
「隊長、ちょっと言っていい事かどうか分からないんですけど、言わせてもらいます。隊長ってもしかして、そういう趣味があるんですか?」
「そういうとはどういう趣味だ? はっきり言ってみろ」
「何と言うか、その……人間よりも人間風のモノの方が好きというか。どっちかっていうと、子供が好きそうなアレを愛でるというか」
「説得力があるとは思わないが、否定だけはさせてもらう」
 そうなんですか、とレックスは疑問符を浮かべながら疑わしい視線を向けてくる。俺はそれを無視しつつグラスを傾けた。
 レックスは随分と言葉を選びつつもほとんど的を射てはいないが、言わんとしている事は良く分かった。そしてその指摘は俺を苛つかせる。レックスの言いたい気持ちは分かるし、それについてどうこう非難するつもりはない。だが、質問を許してしまった自分に情けなさのようなものを感じてしまった事が非常に悔しい。
「俺も、カオスに入ってから最初のボーナスで最新型の生活介護ロボットを実家の両親に買うことにしたんですよ。両親もいい加減に歳ですし、下手な事をして怪我でもしたら、そのまま寝たきりになってもおかしくないですからね。で、カタログを最初に送ったんですけど、やっぱり最初は見た目から入るんで色々と悩む訳ですよ。男性型はどうとか女性型はどうとか、一見人間と見分けがつかないのはあらぬ噂を立てられるのではないかと思うから派手な原色にしようとか、まあたかがロボット選ぶだけにどうしてそこまでってくらい。それで半月もかかった上で、結局一昔前の配色が優しい無性別型にしたんですよ。やっぱり何かと周囲の目が気になるらしくて。そういうのって割と一般的な事だと思うんですよね。そういうのが趣味なのかって、まるで自分の欲求をロボットに反映させているかのように周囲は見ますから。だから独身の男で女性型買う人って、正直そういう人ばっかりじゃないですか。もう極め付けでしょう。自分はリアルの女性は駄目ですって宣伝してるようなもんですし。女性でも男性型を買う人はいますけど、それって一人暮らしでの防犯目的も兼ねてる訳じゃないですか。男性と女性とで、異性型のロボットを持つ意味合いは全然違うと思うんですよ」
「それは偏見だ、とでも言わせたいのか? 俺が女性型ロボットを持っているのは、お前が思ってるようなオタクだからだと?」
「そうじゃないですって。だって隊長は、どっちかって言うとモテる部類じゃないですか。化け物みたいに強いし、落ち着いた大人だし、さりげなく周りを気遣ってるし。同性から見たってカッコイイですよ。しかも局長っていう逆玉だっているじゃないですか。なのにどうして女性型を買ったんですか?」
「そうだな……」
 やけに饒舌なレックスに眉をひそめつつグラスを傾ける。普段からお喋りだが、酒が入るとそれも一層酷くなるようだ。おしゃべりな人間は我慢強さに乏しい、という俗説がある。レックスはこれでも意外に根性があり、唯一まともに俺の訓練プログラムについてこれたルーキーだ。俗説は所詮俗説だが、とは言ってもあながち間違いも無いような気はする。幾ら知りたいとは言っても、普通上官に対しては言葉云々ではなく質問そのものを遠慮するものだ。
「素直に答えると、良く分からない。感覚的なものだ」
「衝動買いって奴ですか?」
「そうかもな」
「えー、衝動買いって事は何かいいなあって思ったって事ですよね。それってつまり局長に満足してないって事じゃないですか」
「レックス、それは俺を前にして言っていい言葉か?」
「あ……すみません。取り消させて下さい」
 レックスの礼儀を弁えない言葉はたまに行き過ぎる事があるものの、俺は生まれ持った性格のせいで強く叱る事が出来ない。訓練の時もそうなのだが、自分が出したメニューについていけない人間は叱咤激励するよりもさっさと切り捨ててしまう事の方が多い。それは単に、トレーニングですら百パーセントを出せない人間が実戦で使い物になるはずがないという持論から来るものだ。俺は真っ向からその評価をぶつけてやる訳ではないのだが、それでも一番文句を言わずついて来たのはレックスぐらいだった。単に空気を読めないのかどうかは分からないが、一応の評価に値する事だと俺は思う。要は揺るがない精神力が重要なのだ。
「確かに夕霧はアイダとは正反対の性格だ。だからこそ手元に置き続けているのは本音に違いない」
「なるほど。やっぱ隊長ってクールでも征服欲はあるんですね。局長ってワンマンだから尻に敷かれちゃうんでしょう? それが気に入らなくて、だからこういうおとなしくて従順なタイプを求めてしまったと」
「レックス」
「す、すみません! 口が滑りました!」
 一睨みで萎縮するレックスに思わず溜息が漏れる。
 これが海軍だったら、不敬罪で一ヶ月は独房に入れられてもおかしくはない。そう、最近は過去と現在を比較する事が多くなった。それだけ俺も歳を重ね、そして何も知らない若者のレックスに世代格差を感じているのだろう。いずれはカオスの前線からも引かなければいけない日はやってくる。そして無限にも思えた自らの時間に、どこが終わりなのか具体的な位置が見えてきた。まだ辿り着くには随分と遠いが、もっと緻密な計画を立てておかなければ。限りある時間を浪費させてはいけない。
「夕霧は丁度俺がカオスに入った直後に買ったんだ。もう潰れて更地になってしまったが、町外れのリサイクルショップでね」
「中古なんですか? ああ、言われてみれば。なんか見た目がレストラン仕様」
「元は給仕用で使われていたそうだ。ただ、愛想の無さに客からクレームがついて売られたらしい」
「随分な理由ですねえ。自分としては、こういう落ち着いたウェイトレスがいてもいいと思いますが」
「経営者には経営者の事情があるのさ。俺達が自分の不祥事の後始末を所轄へ押し付けているようにな」
「それで結局、どこが気に入ったんですか? 衝動買いって言っても、気に入らなかったらいつまでも手元に残すはずがないじゃないですか。残しているという事は何かしらの理由があるって事ですよね」
 やれやれ。その手の興味は尽きないか。
 小さく溜息をついた俺はグラスの中身を一気に飲み干すと、酒を注ぐよう空のグラスを示しながら夕霧に訊ねてみる。
「夕霧、俺をどう思っている?」
「御敬愛しております」
 目を伏せながら淡々と答えウィスキーを注ぎ足す夕霧。そのあまりの予想通りの仕草に、俺は思わず口元を綻ばせた。
「こういう所が好きと言えば好きだな」
「隊長、それマジでおかしいですって……」
「冗談だ。まともに受けるな」
 俺も少し酔いが回ってきたようだ。けれど逆にレックスは覚めてきたようである。そろそろ自制して余計な事を言わないようにしなければ。あまりおかしな発言を繰り返すと、今後レックスが自分を軽んじるようになるかもしれない。私生活はともかく、訓練の効率を考えると威厳というものはある程度保っていた方がいい。