BACK

「今回も隊長と同じチームに居られて俺は幸せですよ」
 そう緩んだ声を出すのは、俺のすぐ後ろにぴったりとついているレックスだった。
「もしかして、俺って見所あったりします? これって秘蔵っ子って待遇ですよね」
「逆だ。お前はまだまだ未熟過ぎて、目の届く所にいないと不安になる。とにかく今は黙って任務に専念しろ」
 実の所、レックスの成長は目を見張るものがある。カオスに来た頃は素人も同然だったが、俺が教え込む戦闘のノウハウをスポンジが水を吸い込むようにみるみる自分のものにしていく。精神的な未熟さはあるものの、技術だけならばカオスの中でも上から数えた方が早いぐらいだ。レックスの成長の速さは局長のお墨付きで、今後のためにもじっくり育てるよう言われている。教えられる技術の大半は教えてしまった今は、出来る限り実戦を経験させ精神の成熟を促す方針にしている。実戦で重要なのは技術だけではないのだ。常に冷静さを保ち、瞬時にどのような状況にも対応出来る判断力が無ければならない。
 目的のポイントは屋敷の裏側、屋外プールのある裏庭の柵を乗り越えた地点だ。柵は木製でありきたりなペンキで白く塗られただけのものだ。簡単に蹴破れる脆いものではあったが、まだ突入作戦は開始していないため、慎重に勝手口まで回り込んで裏庭へ進入する。
 裏庭には手入れの行き届いた園芸植物と、パーティをするには十分なほどのプールがあった。ざっと見回した限りは他に人影は無い。俺は胸元を摘み上げ襟脇につけている通信機器へ唇を近づける。
「正面組、こちらは裏口組だ。目的のポイントへ到着した。これより作戦を実行する」
 耳につけたイヤホンから端的に了解の返答が返って来る。それを合図にチームを率いて屋敷の裏口へと進んだ。裏口はガラス張りのデザインを重視したもので、容易に敗れる代物だ。ガラスは市販製の強化ガラスだったが、支給されているレーザーカッターで十分切断は可能だ。
 裏口から邸内へと侵入する。
 丁度その時、屋敷の正面側が騒ぎ始める音が聞こえてきた。銃声と、漂う空気から微かに硝煙の匂いがする。どうやら正面組は戦闘が始まったようだ。とにかく派手に目立つように戦う指示をしている。隊員それぞれの技量にバラつきはあるものの、多少想定外の状況に陥っても修正がかけられるだけの指揮能力を持った人間を編成に含めている。よほどの事がない限りは全く問題はないだろう。正面組の編成人数は十六、小隊三つ分に中隊長を加えた数だ。俺達は小隊一つだけの編成、しかも俺とレックス以外は今回がカオスとして初の実戦となるルーキーだ。だが新人と言ってもレックスとは違い、元々は各軍の特殊部隊等に所属し最前線で活躍してきた一流の軍人達だ。局長がいつものように目ざとく引き抜いて来たのである。実戦経験はレックスなどと比べ物にならず、むしろレックスの方がルーキーに近い。
 裏口からの細い廊下はリビングへと続いている。このリビングは広く屋敷中の様々な部屋へと続くホールのような間取りになっている。作戦上、ルートを限定されない場所は非常に重要だ。不測の事態に陥ってもそれだけ広く柔軟に対応策を取れるからである。
 身を屈めアサルトライフルを構えながら屋敷内を進んでいく。敵の腹の中にいるという事もあり、演習では味わえない実戦独特の緊張感がねっとりと絡み付いてくる。地下室への入り口は屋敷の東側の隅に位置しているが、そこへ向かうには中央部分を通らなくてはいけない。そしてその中央付近には多目的ホールが位置している。最も敵が潜んでいる可能性が高い場所だ。
「警察か、貴様らっ!」
 その時、背後から怒号を発したのは一体の青年型ロボットだった。手にはいかにも屋敷の中で見つけたらしい園芸用のシャベルを持っている。
「おっと!」
 しかし、咄嗟にレックスは振り向きざまにハンドガンで頭部を狙撃した。正確に電脳を狙った文句の付けようの無い射撃だ。そのロボットは全身を硬直させ、まるで彫刻のように背後へ倒れる。電脳はロボットの全ての制御を行う重要な部品だ。人間で言えば脳に当たるその部分を撃ち抜かれてしまえば当然それ以上の稼動は不可能である。
「うっかり撃っちゃいましたけど、別にいいですよね?」
「ああ。どの道、見つかった事に変わりは無い」
 溜息交じりに答え、再度サインで一同に状況を確認する。
 それにしても驚くべき事は、この集まったロボット達だ。
 体面上、このロボット達は突如どこからか現れてこの屋敷を占拠しアルジュベタ=マータを人質に取った、という事になっている。だが実際は、このロボット達はアルジュベタ=マータを警察から武力的に護衛しているのだ。それも、彼女が諜報部や公安を恐れ集めてきた訳ではない。ロボット達が自らここへ集まってきたというのだ。
 諜報部は前々からアルジュベタ=マータに関して動向を疑っていたそうだが、このロボットの動向によって今回の実力行使へ踏み切った。実戦闘はカオスに任せ、諜報部は得意の情報収集を行い事件の背後関係を洗った結果、集まったロボット達は各界の著名人達が自らの意思で送り出したものだったそうだ。自白まで取れたケースは無いが、幇助罪を立件するには十分な証拠が取れているらしい。
 そんな行動に出た彼らの動機だが、彼らは以前からアルジュベタ=マータとの交友があり、中には盲目的に彼女の思想を崇拝する者もいるそうだ。アルジュベタ=マータが自らの違法改造に挑戦すると知り、政府筋の圧力がかけられるだろうと危惧して護衛目的のロボットを送り込んだのだろう。それが諜報部の情報操作により、ロボット集団による人質立て篭もり事件として報道されてしまったのだ。もしかするとこの情報操作も想定内だったのかもしれない。ロボットならば事件の責任を追及されても逃れられるだろうと踏み、また自分は出来る限りの手伝いをしたという満足感に浸れるからだ。
「隊長、ちょっと気になったんですけど。支援活動家って事は、要はボランティアですよね? なのにどうしてこんないい家に住んでるんでしょうか」
 支援活動とボランティアはまた少し意味合いが異なってくるが、今この質問に関してだけはさしたる差はない。
「例えば、何か献身的な活動を行ってそれが高い社会的評価を得られたとしよう。するとどうなる?」
「テレビとか新聞の取材を受けるとか?」
「そうだ。ただの取材ならば良しとするが、たとえばテレビの特集番組ならどうなる?」
「んーと、ギャラが発生する……とか?」
「正解だ」
 あまり有名では無いが、彼女は昨年度の国民納税ランキングのトップ百に入っている。この屋敷といった彼女の生活ぶりを見れば予測もつきそうだが、本業より副業の方が随分と忙しいとよくタブロイド紙では叩かれるようになったのは最近の事だ。これまでの彼女の活動を考えれば、憶測だけで叩くには世間の反発が恐ろしいというのもあったが、一線を退いた今だったら思う存分やれるという事だろう。人間の顔には裏表があるものだが、彼女は表の顔が世界的な人道家というだけあって、それだけ裏も深いのだろうか。若しくはそれほどの人格者だから、周囲の妬みがそういった歪んだ彼女の噂が生まれたのか。
「でも、それっておかしいですよね。お金のために人助けするなんて、サービス業と変わらないじゃないですか」
「全部が全部そうとは言わないし、彼女にも彼女なりの信念があり、たまたまそれが自分と異なった価値観の方向を向いているだけだ。大した問題じゃない」
「でも納得いきませんよ。なんか違いますよ」
「その熱い気持ちは仕事にぶつけろ」