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 今の銃声で、屋敷内の空気が急激に慌しくなってきた。
 無論、目的の地下室まで誰にも見つからない事が理想だが、早々思い通りに運ぶような任務はこれまでに数えるほどしかなかった。そしてその数えるほどしかなかった任務は、必ず最後の最後で運が悪いとしか言いようが無い不運に巻き込まれてしまった。結局の所、それが実戦と訓練の違いだ。
「作戦は変更、内部からの掃討に移る。これよりホールへ突入する。敵は発見次第攻撃しろ」
 襟の内側へ仕込んだ無線機に向かって各部隊へ指令を通達する。直後、部下達が一斉にアサルトライフルの安全装置を外す音が聞こえて来た。それはいつでも引き金を引く覚悟が出来たという意味ではなく、不審なものに対しては即座に撃てるようにというただの準備だ。
 外したのは安全装置だが、ここにいる面々は解除と引き金を引くのとを一動作で行える。それをあえて個別に外したのは、覚悟を決めさせるためだ。銃に安全装置をかけていると、どうしても引き金を引く行動へ躊躇いが生じやすい。躊躇いは必ず油断とミスを生む。結果的に任務の失敗、その上他の隊員の命すらも危険に晒してしまう。
 何よりも、カオスが相手にするのはロボット、徹底した合理化の塊だ。武器を持たせれば人間が呼吸するのと同じように攻撃を仕掛けてくる連中を相手にするにはそれなりの心の準備が必要なのだ。
「あの、隊長。これってやっぱ俺のせいですか? やっぱり俺がヘマしたせいですよね?」
 不意にレックスが情けない声でそう呟くように問いかけてきた。
「黙れ、レックス。泣き言は後にして任務に集中しろ」
 しかし俺は視線も合わさずそれをはねのける。いちいち任務とは関係の無い会話に時間は割いていられないからだ。
 普段は自信家の素振りのあるレックスだが、意外と打たれ弱い部分がある。才能だけはあったから、これまでの人生も特にこれといった挫折を経験した事が無いのだろう。天才肌は挫折に弱いという俗説があるが、案外的を射ているのかもしれない。
 ホールの入り口まで来ると、壁に張り付きながら左右に散開して一時待機する。そのまま中の様子を確かめるべく、ファイバーカメラを用いてホールの様子を覗いた。あらゆる形に可変可動な、ピンホールカメラを細いホースの先に取り付けたようなそれは、狭い場所を覗き見るために開発されたものだ。元々は局地戦用に開発されたのだが、今では災害救助用にも活用されている。
 ホール内には三名のロボットの姿があった。先程のロボットとは違い、一名が肩からアサルトライフルをぶら下げている。他二名も、上着の沈み具合から察するに拳銃を忍ばせているだろう。
 三人は何やら盛んに言い合っていた。どうやら正面での交戦と、今さっきの物音の事でどう対応するか相談しているようである。見た所、どれも型式は生活補助用の汎用型ロボットだ。この程度の事で意見が割れる所を察する限り、戦闘の専門データがインプットされていないのだろう。
 レックス、お前はここの守りをしろ。重要な役目だ。
 指で作るサインでそう指示を出す。すると意外にもレックスは落ち込んでいたのが嘘のように嬉しそうな表情でこくりと頷いた。重要な役目、という言葉が効いた様である。壊れやすい割に単純な思考だ。
 アイコンタクトで突入の確認を行い、指を折ってタイミングを計る。
「GO!」
 先陣を切ったのは俺だった。
 飛び込んだ俺に大して一斉にロボット達の視覚素子が向けられる。その視線を感じるのとほぼ同時に構えたアサルトライフルの引き金を引いた。部下達も俺に続きアサルトライフルを引き絞る。対ロボット用の特殊弾丸がバレルから放たれ、その一発一発がロボット達の外殻を突き破りフレーム内へえぐり込んで行く。凡そ十数秒で撃ち尽くすマガジンが空になる頃、三人のロボットは残骸となって床に散乱した。しかし、それでも尚油断無くアサルトライフルを構えたまま標的へ近づき、完全に機能停止している事を確認する。ロボットは人間と違い、各部位に独立した何らかの機構を装備している場合もある。それまで破壊しなければ、本当に破壊したとは判断出来ないのだ。
 残骸をよくよく見てみると、携帯していたと思われる武器の残骸が混じっている事に気が付いた。戦闘プログラムが投入されていないため、咄嗟に武器を使う事が出来なかったのだ。武器の素材はロボットに使われているものと物理的強度だけならば大差は無い。対ロボット用の弾丸の前にはビスケットも同然である。
 それにしても妙だな。
 仕事柄、銃器には日常的に接しているため、残骸となってもある程度なら頭の中でそれを復元出来る。残骸となって散らばっている武器の数は確かに三つだった。けれど、どういう訳か武器の出身が皆バラバラなのだ。アサルトライフルは中東で正式採用されている軍のもの、そして二丁あるハンドガンの内、一つは国内メーカーのもの、もう一つは隣国で生産される密造銃だ。どれもこの国で手に入れるとしたら、全てルートは異なってくる。特に輸入物は裏社会でもシマが決まっているため、わざわざそれを横切るような危険を犯す理由は無い。
 とは言っても、あくまで可能性の高低で論じているだけで現実的にあり得ないという訳ではない。むしろ、この銃器はどういった経路で手に入れたものなのかの方が重要だ。法務省はここにロボットを送り込んだ人間に関しては不問とする判断をしたが、場合によっては衛国総省として個別の指導が必要になるかもしれない。直接何らかのアクションを行わないにしても、公安には情報を連携するべきだろう。
「レックス、合流しろ」
「了解です」
 直後、通路からレックスが姿勢も低く構えずに油断した様子でやってきた。そんな姿を見て思わず溜息を漏らしそうになった俺よりも先に、陸軍では佐官だった部下の一人が素直な溜息を代わりについてくれた。ハッと口を結ぶものの、俺はただ肩をすくめて微苦笑する。
 敵はいつどこから襲い掛かってくるのか分からないから常に油断はするなと、訓練では嫌と言うほど繰り返してきたと言うのに。あれだけやってもまだ足りないと見える。ここで叱るのは士気にも影響するためやるべきではないだろうが、こればかりは少々度が過ぎている。緊張感を煽るためにも軽く足元でも撃ってやろうか。思わずそんな事を考えてしまった。
 その時。
 突然、レックスの暗がりがゆらりとうごめいた。次の瞬間現れたのは、黒尽くめの服装をした一人の青年型ロボットだった。右手には刃渡りの広い軍用ナイフを逆手に構えている。あの場所は先程俺自身も通った場所だ。にも関わらず気配を感じ取れなかったという事は、間違いなく隠密行動に秀でた戦闘型ロボットだ。
「レックス!」
 ロボットはゆっくりと刃をレックスの首の付近、頚動脈を狙って走らせる。しかし当のレックスはまるでその気配に気付いていない。
 だが。
 レックスは背を向けたまま不意に右手を腰のハンドガンへかけると、素早く抜き去り銃口を背中側へ定めた。直後、鳴り響く銃声。そのままロボットはレックスの喉を掻き切る寸前でどさりと床へ崩れ落ちた。
「どうしました?」
「……何でもない」
 レックスは油断しているように見えて、実は自分なりに警戒は怠っていなかったのだろう。そう俺は解釈する事にした。
 やはりレックスと俺とは圧倒的にタイプが違う。これが世代の違いというものなのか。そう考え、再び溜息が出そうになった。