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 ホールを突破し、廊下から地下室へ続く階段を下る。
 その階段へ辿り着くだけでも、計八体のロボットと交戦した。漏れなく銃器で武装しており、小規模な銃撃戦を二度行った。幸いにも、いずれのロボットにも戦闘プログラムはインストールされておらず、短時間で一人の負傷者も無く壊滅させる事が出来た。ロボットとの交戦が初めてだという人間も居るため、実戦経験には丁度良いレベルの相手だと言える。
 地下室へ続くらしい階段は細く、人一人が通るのにやっとの横幅だった。この状態でロボットと交戦した場合は非常に危険となる。そのため最もロボット戦を経験する俺が戦闘を、次に経験数の多いレックスを最後尾に置いて突入を試みる。外部からの電源供給は断たれ屋敷全体が自家発電モードに入っているため、照明は必要最低限しか点灯していない。地下道は足元の非常灯しか点いていないため視界は暗く、そのため暗視ゴーグルを着用する事にした。カオスの暗視ゴーグルには光量を自動で調整する機能が備わっている。たとえ不意打ちで閃光弾を食らったとしても光量が絞られるため、視界が焼かれるような事はない。
 地下に入って以来、急にロボット達を見なくなった。警備は地下では行われていないのだろうかと疑問にも思ったが、逆に考えると、地下そのものが死守すべき重要なポイントで、水際の警備を俺達があっさりと破ってきただけという可能性もある。なんにせよただの憶測に過ぎないのだから、これまで同様に十分警戒をするに越した事は無い。
 一転して不気味なほど物静かな空間を慎重に突き進む。戦闘型のロボットは一体だけ居たが、この先に潜んでいる可能性も十分に考慮し肌で感じる空気にすらも最新の注意を払う。暗視ゴーグルにはサーモグラフィーの機能もついているが、家庭用ロボットなら暗闇で潜んでいても見つける事は出来るが、戦闘型には体表の温度をコントロールするタイプもある。装備の利便性は無視できないが、最終的に最も信用出来るのは自分の感覚だ。つまり、実戦では経験が物を言う。
 周囲の空気に警戒しつつ進んでいたが、俺は頭の隅で別の事を考えていた。もっと集中しなければいけない状況なのだが、どうしても気がかりで頭から離れてくれなかったのだ。
 それは、先程までの戦闘で目にしてきた、ロボット達が所持していた銃器の事だった。所持していた銃器はバリエーション豊かで、実に様々な年代から国々のものがあった。素直な印象としては、とある一時期に一気に集めたというよりも、昔から何年もかけて少しずつ色々なルートから入手し集めていたという感じである。こじ付けだが根拠もある。以前、俺が海軍の特戦部隊に居た頃、とある武装テロリスト集団のアジトを襲撃した際、連中の貯蔵庫にあった銃器が丁度こんなバリエーションだったのだ。
 ふと、俺の中に恐ろしい仮説が浮かび上がった。
 これらの銃器は彼らロボットが持ち込んだのではなく、初めからこの屋敷にあったのではないのだろうか。
 所轄の証言にある、この屋敷へ持ち込まれた大きな荷物とはほぼ間違いなく手術用の機材だろう。その他に武器を持ち込む手段が無いとは言い切れないし、一体どこの誰がこの屋敷に武器を隠し集めていたのかも確証は無い。ただ俺の知っている限りでは、この国では一丁の密造ハンドガンよりも違法な殺人プログラムの方が遥かに入手し易いという事だ。その上、ハンドガンの戦闘力は違法戦闘プログラムに遥か及ばない。にも関わらず発見されるリスクはハンドガンの方が高いのだから、どちらを選べばいいのかなんて簡単な選択だ。
 真相は何にしても、このヤマは思った以上に根が深そうである。衛国総省は単に法務省の思想弾圧を代理しているだけのようだが、俺達にも知らされていない情報はまだあると考えて良いだろう。
 やがて細まった通路が広い踊り場へと出る。見た所、ここから右へと更に通路が続いているようで、非常灯の光が薄っすらと伸びて来ていた。
 慎重に壁伝いに奥の様子を窺う。しかし、角の奥は無機質な硬化プラスチックの扉へすぐに突き当たっていた。周囲にも何の気配も感じられず、また壁や天井も窺った限りではこれといって不審な仕掛けも見つからない。
 部下へ突入のサインを示すと、一気に目標の扉の前まで突き進んだ。そのまま左右の壁に並んで散開し面子の確認を行う。特に異常が無い事を確認出来ると、今度は扉の確認へ移る。手触りから、表面は硬質だが内部に行くほど粘質になっている防弾仕様のものだという事が分かった。当然だがロックも内側からされており、こちらのアサルトライフルでこじ開ける事は不可能だ。爆破するしかない。すぐさま小型の爆薬をセットし、角の方へ一旦退避、遠隔操作で起爆する。プラスチックは熱に弱いせいかあっさりと扉には立って通れるほどの大穴が空いた。その中からは強い光が漏れ出てくる。この部屋だけは自家発電で十分な電力が供給されているようだ。
 どうやらいよいよ目的の場所に辿り着いたそうだ。
 身を屈めた姿勢で一気に室内へ突入する。直後、視界が真っ白に突き抜けた。十分な光量もあるが、部屋の内装が染み一つ無い白で統一されているせいで余計に眩しく感じる。必要の無くなった暗視ゴーグルは視界を狭めるだけなので外しておく。
 部屋の広さは野球のダイアモンドほどあるようだが、至る所に大小様々の機器類がひしめき合っている。そして部屋の中心には一台の制御端末と六本のロボットアーム、そしてベッドが二つ並んでいた。ベッドにはどちらも緑色の布がかけられており、端々が赤く汚れている、
 ベッドにしては足が長過ぎる。それに先程から漂う薬品の匂いも気になるし、緑色の布は明らかに医療用のものだ。しかもベッドの脇にあるビニールパックは……輸血用血液?
 アサルトライフルを漠然と構えながら往生している内に、ふと片方のベッドからゆっくりと誰かが起き上がる。体にまとわりつく緑の布に姿が覆われているため、それが誰かを確認できない。ただ、長年の勘が働いたとでも言うべきか、それが何者なのかをその瞬間に俺は理解した。そしてただただ俺は苦々しい思いで奥歯を噛み締める。
「間に合わなかった……か」
 ゆっくりと緑の布を跳ね除け姿を現したのは、男とも女ともつかぬ無性別型のそれだった。