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 敵と認識された私に対し、行われた対処は二通り。
 即ち、回避と迎撃だ。
 キャップを被った子供は突然目の前に立ち塞がった私に驚き、両足を踏ん張って急停止した。その背後では三人の黒服の男達が、一斉に手にした銃を構えていた。銃口は、内二つがその子供に、内一つが私に向けられている。けれど、私に向けられた銃を持つその手は引き金を引く事に躊躇いがあった。目撃を許してしまった失敗を、ただ単純に撃ち殺す事で済む問題なのかどうか計算しているからである。
 記憶を消すよりも何らかの別な事件に巻き込まれて死んだように偽装する方が遥かに容易な事だ。
 私に許された時間は、彼がその結論に気がつくまでだ。
 今の私は戦闘用に換装されていないため、高度なアクションを行う事は出来ず武器も実装されていない。排熱効率も低く、全開での行動はせいぜい五分という所だ。だが、私には一つだけ戦闘用の換装時と全く同じものを持っている。それは、これまでの経験を基に作り上げられた戦闘アルゴリズムだ。私にはかつてギャラクシカという実戦試合の決勝戦まで上り詰めた経験がある。それを最大限生かしきれば、最小限の労力で最大限の効果が得られるはずなのだ。
 目的は、この子供を保護し無事に生還させる事。
 条件。
 銃を所持した男性が三名、目的を妨害する事。それぞれの身体能力は不明だが、少なくともこの子を殺す事に躊躇いがない。
 子供は私を現在は敵と見なし、必ずしもこちらの意図に協力してはくれない事。
 彼らの所持する拳銃は口径の小さい、威力よりも精度を重視した仕様になっている。この距離ではまず外す事はないだろうが、威力は私に致命傷を与えるほど強力ではない。撃たれる場所さえ危うくなければ、何発か受けても機能に問題は無いはず。
 幾ら人気が無いとは言え、ここは住宅街だ。あまり騒ぎになれば、秘密裏に事を進めようとしていたらしい彼らにとっては望まぬ事態になるだろう。そのため、彼らはこの状況を多少強引でも出来るだけ迅速に片付けようとする効率を重視した行動に出ると推測出来る。たとえば、銃器の使用とか。
 情報は集まった。
 私の戦闘アルゴリズムが、現在の私に許された戦力を元に最も効率の良い戦術を導き出した。
 まず、私は子供を狙う二つの銃口の前に割って飛び出した。人間では決して不可能なその瞬発力は、私が人間型アンドロイドであると判断するに十分な材料だ。けれど、私はそれを判断させる猶予を与えはしない。
 突然銃口の前に立ちはだかった私に対し、やはり二人は引き金を引く事に躊躇を見せた。その時間は、人間の判断基準にしてみれば理想的とも呼べる判断時間かもしれない。けれど、ロボットである私には致命的過ぎる時間だ。
 更に足を踏み込み、同時に銃を構えるその腕の肘をそれぞれ左右両手で押さえる。反射的に引き金が絞られる。けれど、ほぼ同時に私は掴んだ肘を上に押し上げた。サイレンサーによって大幅に減じられた銃声と共に、銃口から飛び出した弾丸が夜空に向かって駆け登る。
 すぐさま両手を離した私は、無防備に晒されたそれぞれの腋の下へ両肘を叩き込む。人間の急所であるそこへ、無論出力を全開にして打つような真似はしない。命に別状はなくとも、しばらくの間昏倒する程度に出力は絞る。
 ダイレクトな衝撃を肺に受け、いわゆる『落ちた』状態になった二人の男が歩道にぐらりと倒れ込んだ。その倒壊音を合図に、残った一人が私の背中に向けて銃口を向けて引き金を引いた。ようやく私が人間ではないという結論に辿り付き、慌てて排除の優先順位を上げたのだ。
 サイレンサーから聞こえる、ボタンを押した時の効果音にも似た銃声。
 しかし、弾丸は私には当たらず頬を掠めもせずにあらぬ方へ着弾した。動揺が手の震えに現れ、軌道が狂ってしまったのだ。つまり、この男達は不法に銃を所持はしているようだが、すぐ感情が出てしまう事から察するにそれほど訓練された人間ではないようである。
 あの程度の小口径で私の外殻に傷をつけるのは困難な事なのだが、まさか撃ち損じてしまうとはは予想外だ。けれどこれは嬉しい誤算である。ただ銃が利かないことを教えるよりも、自分が動揺している事を自覚してもらった方がこちらの立場がより有利になるからである。
 左足を軸に、右足で歩道を蹴り飛ばす。私の体はくるりと半回転すると、銃を構えた三人目と真っ向から向かい合った。男は自分を落ち着け、改めて狙いを定めようとする。けれどそれは、あいにく私の視覚素子には酷く緩慢に映って見えた。
 今度は軸にしていた左足で歩道を蹴って、前傾姿勢を取った自分の体を前に打ち出す。狙いは男の鳩尾。矢のように突進しながらも出力を絞り、正確にその部位を手のひらで打つ。微かな反動が腕部フレームをじんと震わす。男の体はくの字に折れ曲がりながら宙を舞い、背中から歩道の上に叩きつけられた。生体反応を見てみると、大きなダメージこそ受けてはいるが到底立ち上がれる状態ではない。生命を維持しながら無力化したい私の理想通りだ。
 状況チェック……異常なし。
 体内温度上昇修正。
 私はコートの埃を払いながら自分の状態をチェックする。銃で狙われはしたものの、実際に当たってはいないため損傷は無い。ただ、やはり生活換装では戦闘用の動作は少々負担が重い。たったこれだけの動作でもう排出出来ない熱が溜まってしまった。
 排熱パネルを楽にするため着ていたダッフルコートを脱いで腕に抱える。ロボットには人間のような温感は持ち合わせていないのだが、温度計の示す数値が急激に低下していく様を見るのは涼しげに思え気分が良かった。やはり余熱が溜まるのは出力が低下するためあまり気分の良いものではない。
「大丈夫ですか?」
 そして、私はあの子供の姿を探して周囲をぐるりと見回した。
「……」
 その子は、路地の入り口にあるダストシュートの影に身を潜め、じっとこちらを窺うように見ていた。私を警戒しているのだろう、突然現れては未だに素性どころか名前すら告げていないのだから。
「もう大丈夫ですよ」
 私は警戒させぬようその子に微笑みかけた。ここで迂闊に刺激し逃げられてしまったら元も子もない。黒服達の仲間も、近辺を徘徊していないとは限らないのだから。
 すると、
「やっぱりお前、変なロボットだな」
 身を潜めたまま、そうその子は私に向かって言った。
 やっぱり?
 遠くない以前にも聞いた覚えのある声の波長、その周波数が私にキャッシュデータの検索を抗い難い力で誘ってくる。
 そして、私は辿り付いたデータのおかげで、その子の正体にようやく気がついた。
 そう。さっきスーパーでリンゴを盗んだあの子だったのだ。



TO BE CONTINUED...