BACK

 午前十時。
 私達は都内とあるシティホテルに向けて移動する事となった。そのホテルの一室には、ある程度信用の出来るマスコミのライターが五人待機しておりマスターを取材する事になっている。当然取材の内容は、昨日のマスターの家で起こった襲撃事件と数日前に保護したココとの因果関係についてだ。
 移動にはテレジア女史が手配した車を使わせて貰った。ココは車酔いを恐れてかなり渋ったのだが、テレジア女史が準備していた酔い止め薬を飲んだ所、たちまち眠りこけてしまった。薬が効きやすい体質のようである。
 別荘から都内に向けて車でおよそ一時間半。三百六十階建ての超高層ビルであるシティホテルに到着した私達は、高速エレベーターに乗り込み三百階のスイートルームに入った。そこには既に約束していたライターが到着しており、私達が入るなりすぐに席を立って一礼した。私はあまり新聞記者やマスコミ関係の人間に対して良い印象を持っていなかったのだけれど、今日の五人は正装をしており雰囲気も下世話なもののない非常に礼儀正しい感じだった。
 予め取材用にセッティングして待っていたのか、丁度マスコミ側と我々と向かい合う形でチェアーがクリスタルガラスのテーブルを挟んで並べられていた。チェアーの比率は五対三。私とシヴァの分は用意されていない。これは別に変わった事ではなかった。特定のロボットが取材対象でも無い限り、ロボットはそもそも疲れるという概念がないのだから椅子に座る必要がないのである。私はマスターの後ろに、シヴァはテレジア女史の隣に陣取った。
「では、よろしくお願いします」
 取材組は二十代後半から四十代前半までの男女で構成されていた。胸にはそれぞれの社の社員証がつけられており、その名前はどれも日頃頻繁にマスメディアで目にするものばかりだった。この国でも指折りのマスコミが集まったのだ、最高レベルの広報力が終結していると思っても過言ではない。迂闊な言葉を口にすれば瞬く間に世界中の人間の知る事となり、それが不本意であれば不本意であるほど取り返しのつかない重大な事態に陥ってしまうだろう。もっとも、私は今回の取材において主役ではないのだから、言葉を求められる事などないのだけれど。
「まず最初は、昨夜に起こった事件の事からお聞かせ願いますでしょうか」
 そう丁寧な言葉だが、どこか押し付けがましい口調の青年記者。表面は紳士でも、その中身は少しでも多くの情報を得ようとする、一歩間違えれば単なる低俗なものに成り下がるような貪欲さに満ちている。やはり姿形や表面的な態度に騙されてはいけない。
「とっくに知ってると思うけど、昨夜うちが妙な連中にカチコミされてね。おかげで家は半壊、今日は朝から代理人に保険屋に保障の申請している所よ」
「妙な連中とは具体的に?」
「少なくとも素人臭さはなかったわ。傭兵みたいなハングリーさでもないわね。一言で言えば、まるで映画に出てくる政府お抱えの特殊警察部隊、って感じかしらね。防弾アーマーにアサルトライフル、やたら統制の取れたお約束の波状戦術。あ、くれぐれも、映画みたいに、って表現を忘れないように。こっちは心当たりなんて全くないんだからね」
 けれど、マスターのその口調は、如何にも自分は政府関係者を犯人だと疑っていると言わんばかりのものだ。そんな意図を汲み取ったのか、彼らはそれ以上は追求しなかった。もっとはっきりとした言葉を求めてくると思ったのだけれど意外にもおとなしい。多分、マスターのしつこい事が嫌いな性格を知っていて、あえて機嫌を損ねぬよう配慮しているのだろう。
「ところで、そちらが例の?」
 記者の一人が、マスターの隣に座っているココに話題を向けた。ココはいまいち状況が良く分かっていないらしく、急に自分に振られてもきょとんとした顔をしている。それに、酔い止め薬がまだ効いているのかどこかボーっとした様子だ。
「そ。こいつがココ、って言っても、自分の名前知らないらしからとりあえずそう呼んでるだけ。うちのラムダが買い物の帰り、変な連中に襲われてたのを見つけたらしくてさ。黒服で拳銃持ってる奴ら。それで助けたのはいいんだけど、自分ちどころか名前も分からないって言うからね。状況も状況だったし、とりあえずうちで保護したって訳」
 マスターはきょとんとしているココの頭をぽんぽんと叩いた。いつもなら、やめろよー、などと言ってすぐに反抗するのだけれど、やはり薬のせいでボーっとしているためされるがままになっている。
 そういえば、マスターはココの額のナンバーについては一言も触れようとしない。今は帽子を被っていないものの、前髪の下に覆い隠されているため誰も気づいてはいない様子だ。おそらく、マスターはこの事まで言及すると後々面倒な事になるから得策ではないと考えているのだろう。何がどう得策なのか私には良く分からないけれど、いきなりココが衛国総省の作り出したロボットだと公表しても大衆に信じさせる事は難しいだろうし、衛国総省をわざわざ追い詰めるのもあまり賢い事ではないからだろう。
「ラムダ? 確か鷹ノ宮女史のラムダといいますと、前回のギャラクシカで準優勝した機体ですよね?」
「うちのラムダは優秀よ。戦闘能力も当然だけど、料理洗濯家事一般までこなしちゃうんだから」
 そう誇らしげに微笑するマスターに、私は何だか嬉しさが込み上げて来た。マスターのような優秀な工学者が手掛けたロボットなのだから優秀であって当然なのだけど、まるで私自身の働きを評価してくれたように思えて感激したのである。
「しかし、随分派手な髪ですね。染めているのでしょうか、これなら迷子届けを出してもすぐに両親は見つかりそうですね」
 そうココの髪の色を指摘した女性の記者。ココの髪はファイバーのような鮮やかな青の色である。それは地球上どこを探しても存在しない、決して人間本来の持つ色素ではないのだ。だから染色していると思うのが当然で、ここまで綺麗に染めている人はそう珍しくは無いから必然と人目を引いてしまうのだ。もっとも、ココは出かける際は必ず例のフットボールチームのキャップを被るのだけれど。
「まあ、確かに言えるわね。その辺もついでに記事書いておいて」
 けれど、多分どれだけ大々的に告知してもココの両親は見つかりはしないだろう。ココは衛国総省の研究機関が作り出した人間そっくりのロボットかもしれないのだ。ロボットにとっての親とは製作者に当たり、ココの存在自体を隠蔽したい以上、両親である製作者が名乗り出られるはずがないのだ。
「テレジア女史は今回の事件についてどのような立場を?」
「私はエリカの借り宿を提供させて頂いていますわ。テロの場合ですと、必ず第二、第三の事件が起こりますからね。それと、我々は昨夜の襲撃事件にも関わっています。たまたまその場に居合わせておりまして、うちのシヴァに迎撃に当たって貰いました。あなた、シヴァはご存知かしら?」
「それはもう、知らない者はいないでしょう。メタルオリンピア史上最強と呼ばれたアンドロイド、私は今でも現役に復帰して欲しいと思っているほどです」
 惜しみない賛辞に、シヴァはそっと目を伏せて軽く一礼する。内心で私のように嬉しさを覚えているのかどうかまでは分からないけれど、褒められた場合は控えめに感謝の意を表すよう言われているようである。
「お二人にお聞きしますが、襲撃した者達にお心当たりはありますか?」
「さあね。自分があんまり好かれて無いのは知ってるけど、ここまで憎まれるような事をした覚えはないわ」
「私は逆にあり過ぎて分かりませんわね。立場柄、命を狙われる事はそれほど珍しくはございませんもの」
「そうですか。ひとまずここまでの経緯をまとめますと、鷹ノ宮女史のラムダが、黒服の不審な男達に襲われていたココさんを救出し―――」
 と。
 突然、テレジア女史の横に立っていたシヴァは、ふと何かに気づいたように顔を上げ、上着の内ポケットへ手を差し込む。そして取り出したのは真っ白なボディに黒のアクセントが入ったデザインの携帯電話だった。
 シヴァは部屋の隅へ場所を移すと、折り畳んだ電話を開いて頬に番の部分を当てる。それからシヴァは口をぱくぱくと動かし始めた。おそらくサイレンスモードで電話主と会話しているのだろう。音声データをデジタル化し、皮下インターフェースを通じて直接本体へ入力する方法だ。これは傍聴を防ぐ意味よりも場を荒らさないマナー的な意味の方が強い。
 程なく、シヴァは携帯を繋いだままテレジア女史の傍らへ戻ると、その本体をそっと差し出した。
「ミレンダ様、お電話です」
「シヴァ、今は取材中ですわよ。後になさい」
「しかし、早急に連絡をとの事です」
 こんな時に限って一体誰からかしら。
 そうテレジア女史は、取材を中断された事でやや苛立った溜息をつきながら携帯を受け取り電話口へ出た。
「もしもし? あら、ビスマルク? 如何したのかしら」
 テレジア女史の口調からして、電話の主はおそらく身内の人間のようだ。
 何か緊急に知らせなければならない事でも起こったのだろうか?
 私はぼんやりと副思考でそんな事を考えていた。テレジア女史の私生活についてはそれほど詳しく知っている訳ではなく、今ここで明確化させなければならないような重要性も無いから思考の優先度が低いのである。
 だが。
 ふと次の瞬間、テレジア女史の表情が一気に凍りついた。
「なんですって、お父様が?!」
 荒げた声に一同が一斉に注目する。しかしテレジア女史の注意は電話口に向いたままだ。
「え、ええ……分かりました。一時間で戻ります」
 携帯を閉じるなり、テレジア女史は深く溜息をつき額を押さえる。その姿勢のまま携帯だけをシヴァに向ける。シヴァはテレジア女史の様子を不安そうに覗きながら携帯を受け取り内ポケットへしまい込む。
 そして、
「すみませんが、私はこれにて失礼させていただきます」
 突然、テレジア女史はそんな事を口にした。唐突な出来事に、記者達はそれぞれ驚きと困惑の表情を浮かべている。しかしテレジア女史は彼らを意に介さず席から立ち上がった。
「ちょい待ち。一体何があったっての?」
 そんなテレジア女史を制止するマスター。するとテレジア女史はそっと目を伏せ、しかし視線はドアへと向けたまま今度は小さく溜息をついた。
 そして、一言。
「今し方、父が亡くなりました」
 静かに重々しく、まるで噛み潰すようにそう告げた。



TO BE CONTINUED...