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「例のあの子、ここに居るんでしょ? ちょっと呼んで来て下さいよ」
 開口一番、現れた私に投げかけられた言葉は、仲間の口から類似した意味を持った意見を一斉に放つ切っ掛けとなった。
 こちらがあの子の御両親ですから、引き渡しても何ら問題はありませんよね?
 鷹ノ宮さんに出ていただかないと困るんですよね。早く呼んでもらえませんか?
 これは生放送ですので急いで下さい。次の中継までもう時間がありません。
 次々と矢継ぎ早に放たれる言葉を、聴覚素子が強制的に受信し私の電脳へ送り込む。私のメモリ内はあっという間にテレビクルー達の言葉で埋め尽くされてしまった。このままでは無駄にリソースを消耗してしまう。私は並列処理を一時中断し、自分の主観のみが有効となる自閉モードへ切り替える。今、彼らの自分本位な言葉に耳を貸す事には何の価値もないのだ。
 自閉モードに切り替わると、途端に周囲が静かになった。依然、彼らは私に対して自分勝手な理屈をぶつけてくるし私の聴覚素子は逐一それを捉える。けれど、主思考がその情報を受け入れないから、私には彼らがまるで金魚が水面で口をぱくつかせているかのように見えた。
 これならやれる。
 私は一度自らの思考を落ち着けると、自分の意思を正確に言語化し、ゆっくりと息を吸い込む気持ちで長過ぎぬ自分の間を取った。
「いいですか!」
 全ての人間の注目が集まるよう張り上げた声を迸らせる。私の予想外の大声に驚いたのか、その一瞬、周囲の声がぴたりと止んでしまった。
「あの子は呼びません。ここにも連れてきません。そしてあなた方との交渉にも一切応じません。ただちにここから出て行って下さい。ここは私有地です。マスコミ、テレビ関係者と言えど、無断で入り込んで良い理由にはなりません」
 一瞬の沈黙。
 私の言葉に驚いた理性を立て直し、理解するための反芻に必要な空白だった。人間にはほんの僅かな調整時間かも知れないが、ロボットの私にとっては一人一人を観察出来るほどあまりに長過ぎた。
 やがて、
「鷹ノ宮さんがそう言えって言った訳?」
 事態を把握し自分なりの結論を得た一人が、沈黙を破って私に問うてきた。
「違います。これは私の意見です」
「じゃあ鷹ノ宮さんを出して下さいよ」
「出来ません。あたな方に会わせる理由などありませんから。速やかにお引き取り下さい」
 それを口切に、次々と反論や不満が私へ噴出してきた。けれど、私は自閉モードを続け、彼らの言葉には一切耳を貸さなかった。彼らの言葉には悪意しか存在せず、いちいち耳を貸す必要が無いからである。それに、私は自分がロボットであるが故に嘘に騙されやすい事を自覚している。うっかり彼らの口車に乗せられてしまう事だって考えられるのだ。
「これ以上、私が申し上げる事はありません。早急にお帰り下さい」
 だが、私が侮蔑する彼らにも彼らなりの意地やプライドがあるのだろうか、私が何度こちらのスタンスを主張しようとも一歩たりとも引かず、そればかりかむしろ一層目的に執着してきたように思える。私の行動は半端だったのだろうか、火を消すつもりが逆に油を注いでしまったようである。
 一番有効な手段は実力行使だが、そんな粗暴な真似が出来るはずが無い。理想は、実力行使と同等の即効性を持つ言葉によって、こちらが一切交渉には応じない事と、これ以上粘着しても徒労に終わる事を理解させることだ。だが、これだけ言っても衰えを見せない彼らを萎えさせる言葉などあるのだろうか? 普段、こういった言葉の駆け引きとは無縁の生活を送っていただけにデータが足りず、私はしばし口を閉ざして立往生したまま外部へ検索をかけた。
 と。
「あのねえ、ロボットの意見なんて誰も聞きたくないんだよね」
 何故だろうか、ふと投げかけられたその言葉が、自閉モードに入っていたはずの私のメモリへ届き、そのまま展開されてしまった。
 ロボットの意見など興味は無い。
 そう解釈した次の瞬間、私は複雑に組み上げられたはずの思考ルーチンが一気に崩壊して短絡化し、最も穏便で効果的な手段を探していたこれまでの蓄積データが一瞬で吹き飛んだ。
 そんな自分を、思考の隅から覗く目が『逆上した』と淡白に見ていた。今の私は理性を無くし感情的な行動に出ようとしている。これはすぐにでも抑制しなければならない重大な事なのだけれど、それよりも短絡化したルーチンの導き出す自分の行動指標に流される方が遥かに早かった。
「私もあなた方の娯楽など付き合いたくもありません!」
 そして私は感情のままに叫んだ。
 もう自分でも止められなかった。そもそも感情を抑える事には慣れていなかったからである。
「さっさと撤収して下さい! 既に警察は呼んでいます! 不法侵入、並びに不退去罪で捕まりたければ好きなだけ居ればいいでしょう!」
「私達はマスコミだから大丈夫なんだけど」
「だからなんです。やってる事はただの犯罪でしょう。私はそんな姑息な手段に頼らなくとも衆目を集められる記事を書くマスコミは幾つも知っていますよ。向上心も無く人の弱みに漬け込む事しか考えられないから、あなた達はいつまでも三流のマスコミなんです!」
 自分が決定打を放った事に気づいたのは、その言葉を吐き出した僅かに後だった。
 私は周囲の空気が変わっていくのを感じた。私に対する不満だった空気が、一転し怒りへと変わっていく。ここまで真っ向から侮辱され、しかもその相手がロボットなのだ。自分より格下の存在に、真っ向から貶められれば頭に来るのは当然である。
「今の発言は冗談では済まされないぞ! お前、侮辱罪で訴えてやるからな!」
 誰かが顔を真っ赤にして私に向かって叫んでいる。
 人権のないロボットをどうやって訴えると言うのだ。人間がロボットを破壊しても罪に問われないのは、ロボットには社会通念上の人格を認められていないからだ。つまりロボットはあくまで物でしかなく、現在の法律は人と人との間にしか成立しない。よって私に対し名誉棄損だ何だとがなり立てるのは、ショーウィンドウに飾られたマネキンに対してするのと同じくらい馬鹿馬鹿しい行いなのだ。
「自分がロボットだからっていい気になりやがって! テレビの力を甘く見るなよ!」
「鷹ノ宮さーん、聞こえてるんでしょ!? あなた、この先どうなっても知りませんよ!?」
 次から次へとわいて出て来る罵詈雑言の雨。私は自閉モードのレベルを上げ、彼らの言葉に対し更に自らを閉ざした。
 本当にどうしようもない利己主義者達だ。たかが偶像を崇拝させるだけの肩書を得ただけで、何故そこまで増長出来るのだろう。
 人の弱みや食い物に出来る事には異常に敏感で、一度食いつけば絶対に離さない貪欲さ。そして、そんな浅ましい姿を晒すことを恥とせず、むしろ誇らしく思う狂った思考。本当にどうしようもない。まさしく、マスターの言う通りゴキブリだ。総称には必ず頭に害がつき、蔑称の例えにしか使われない、聞くだけで誰もが顔をしかめる、そんな存在。
 と、その時。
 不意に遠くから聞こえて来るサイレンの音。どうやらようやく警察が到着したようだ。待ちくたびれていた私は思わず小躍りでもしたい衝動に駆られた。
 長かった。だが、これでこんな茶番劇もおしまいだ。生放送がどうとか私は知った事ではない。筋を通さない彼らが悪いだけなのだ。せいぜい、世紀に残る放送事故でも起こせばいい。
 この勝負、私の勝ちだ。
 そう思うと私は、周囲を見据える自分の顔がうっすらと綻んでしまった。
 まだ、勝利に酔いしれるには早い。
 私はすぐさま緩んだ顔を引き締め直したが、既にその表情は大勢の目に付いた後の物でしかなかった。



TO BE CONTINUED...