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 午後一時二十分。
 午前中から続いていた検査はようやく一段落し、担当した研究員達はようやく遅めの昼食に入った。
 私は研究施設内の談話室にて、午後の検査までの場繋ぎにテレビ番組を見ていた。主に思考体系にて外部の影響を受け易い部分は表面の極一部にしか過ぎず、その部分は調査し尽くしたため、テレビを見る許可は貰えたのである。
 ヘッドラインを見ると、どこの局も一面に置いているのは大統領選挙だった。現職の大統領は先日不倫騒動を報道されたばかりで、重点を置いているのは対立候補とその下馬評だった。誰もが再選はあり得ないと見ているのだ。
 私としては、理想とするのは共和党の候補だろうか。政策の内容が非常に具体的で先見性があり、どこの階級層にも偏っていないからだ。とは言ってもこの意見はテレビのコメンテーターの受け売りであって、マスターが比較的好意的な意見を述べたため私も自然とそうなっただけであるが。けれど、政策の方向性がロボットにとって全く無関係という訳ではない。ロボットは所有者と生活を直結しているからだ。そういった意味で私にも選挙は非常に重要だ。
 軽く見ても百人は入れそうな談話室内には、大小四つほどのグループが休憩を取っていた。いずれもこの施設で様々な研究に勤しんでいる研究者達だ。あるグループは何かの書類を広げて熱心に議論を繰り広げ、あるグループはソフトドリンクを飲みながら楽しげに談笑している。激務に追われる日々のほんの僅かな安らぎの一時といった所だろうか、共通しているのは誰もが非常に生き生きとしている事だ。明確な目的を持ち、日々幾らかの手応えを感じながら生きている姿だ。幸せという共通した定義を持たない概念の中で、最もポピュラーなものの一つである。
 私も、そんな生活が出来れば幸せだろう、と思っている。丁度、こうなる前の私の生活がこれに近かったからだ。私には研究者に比べて具体性のある目標は無い。だが、マスターの役に立っている強い実感があり、それを噛み締めるたびに存在意義がより強固なものへ確立される喜びが生ずるのだ。人間から見れば取るに足らない日常の瑣末事かもしれない。けれど、大半のロボットにはたったこれだけのものすら与えられないのが現実なのだ。それに比べたら、極めて人間に近い扱いをして貰っている私は遥かに幸せだったのだ。
 やがて、この間のマスターの家で起こった襲撃事件の続報がテレビで流れ始めた。
 事件は未だに犯人の目処はついておらず、目欲しい線を片っ端から洗う草の根捜査を継続中だそうだ。所轄までは犯人が衛国総省であるという情報は届いていないのだろうか、もしくは届いていない振りをして水面下では既に捜査を開始しているのか。コメンテーターは相変わらず捜査そのものには触れず、マスターが過去に起こした事件と今回の件との関連性を必死でこじつけようとしている。違法な実験中に起こした事故を隠蔽しているとか、本気で言っているだけでなくこれによって収入を得ていると思うと、怒るよりもむしろ呆れてしまう。実験の内容なんて現場の遺留物を調べればすぐに分かる事だし、そもそもマスターはこそこそと隠れて何かを企む人間ではない。過去にそういった類の事件は起こしていないのだから、関連づけるのであれば、その時点で彼らの理論には矛盾が生じる。
 まあ、所詮はお金が目的なんだし、責任を持つのも放送したテレビ局なのだからあまり深くは考えていないのだろう。ただ面白おかしく、反響性のある事を言えればいい。コメンテーターの大半はそんなものだ。
 それよりも、やはり現時点で一番気になるのは衛国総省の動向だろうか。例のココの偽両親事件以来、ぱったり表立った行動を見せていない。それに今後、捜査が進むに連れてココの身の内を明らかにしなければなくなる。それは衛国総省との関係を証明しなければいけないという事だが、捜査が核心に迫りつつも辿り着いてはいない以上、世間に分かりやすく明示する事は難しい。それまでは何かで場繋ぎをする必要があるのだろうが、その様は如何にも疚しい事を隠しているように世間には見え、マスターの立場を危うくするのは間違いないだろう。衛国総省も黙って見ているとは思えないし、とにかく今はほんのわずかなきっかけでどちらにも転ぶ非常に危うい状態なのだから、慎重かつ迅速に、そして周囲の変化にも抜け目なく耳を澄ましてなければならないのだ。
 と、その時。
 スピーカーから鐘の音のような効果音が鳴ると同時に、テレビ画面の上部に白い文字が出現した。臨時ニュースだ。談話室に設置された八台のテレビが数秒のブランクを含めほぼ同時に効果音を鳴らした事に、一同の視線がまばらにテレビへ向けられる。臨時ニュースを知らせる効果音は何十年も変わっていないためその意味する所を知らぬ人間はおらず、誰もがテレビへと興味の目を向けた。
 すると。
 え……?
 私はテレビを見る我が目を疑わずにはいられなかった。そこに映し出された文字は、公安警察局エリカ=鷹ノ宮の逮捕へ踏み切る、というあまりに衝撃的な一文だったからである。
「あーあ、鷹ノ宮さんだ。結局は逮捕か」
「やっぱ起訴されるんだろうな。しょうがないか、あれだけ確かな証拠があるんだし」
「あの人、なんだかんだで結構凄い技術屋だからさ、好きだったんだけどなあ。もったいない」
 どこからかそんな声が聞こえてきた。あまりに遠慮の無いその言葉、直属の関係者である私が同じ部屋にいる事を知らないのだろう。だが、逆に私は自分が居る事を知られぬよう席を目立たない出入り口近くへそっと移した。
 何を無責任な事を言っているんだ。
 けれど私はじっと込み上げてくる怒りを押し殺した。確かに何か作為的なものを感じる、あまりに早過ぎる展開だ。昨日はただの任意同行であったはずなのに何故か抑留され、その次の日にはもう逮捕の手続きが取られている。まさか、衛国総省は公安と繋がっているのだろうか? それは決して有り得ない話ではないが、しかしあまりにも露骨過ぎる展開ではないだろうか。やはり私がココに手を上げたあの映像が決定的だったのかもしれない。幾ら作為的な展開だとしても、あの映像を見れば世間は公安の判断が正しいと思うはずだ。
 逮捕されてしまったとはいえ、起訴するかどうかの検察官の判断にはまだ時間がかかるし、それまでに決定的な何かを提示すれば不起訴処分にも十分成り得るのだ。この状況にマスターだって心中穏やかではないはずだし、それでもただ黙って耐えているのだ。私が我慢出来なくてどうする。
 私はぎゅっと拳を握り込んだ。
 そして。
「そしたらさ、うちの総帥だってヤバイんじゃない? だって鷹ノ宮さんとは親友だし、今回も色々と援助したんだろ? 案外さ、ああいう事してるの知ってて助けたんじゃ? だとすると、絶対ヤバイって。犯罪幇助とかそんなのになるし」
「まだ総帥って就任したばっかじゃん。それでも、もしかして更迭もあり得るとか?」
「うちの株主は年寄り揃いでみんなおっかないからねえ。有り得なくもないんじゃない? 首の挿げ替え。それ以前に、更迭で済むとも限らないじゃん? 犯罪者なんか出したらマジで一大事だぜ」
 話題は更にマスターからテレジア女史へ飛び火して行った。マスターとテレジア女史が旧知の仲であるのはよく知られているが、やはりテレジアグループの人間にとっては、マスターよりもグループの総帥であるテレジア女史の方が気にかかるのだろう。良くも悪くも、今後のテレジア女史の進退を論理的な観点や単なる憶測も交え、実に様々語り合っているが、そのいずれもが私には無責任な言動に聞こえてならなかった。
 が、ふと私はある事に気がついた。
 マスターの立場が危うくなるという事は、色々と援助をしたテレジア女史にも迷惑をかける事になるのではないのか。そしてその原因を作り出したのは他ならぬ私自身。
 改めて自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになる。
 けれど、ここで本当に押し潰されてはいけない。私はロボットで法的に人権も認められていないが、ロボットならロボットなりに責任の所在をはっきりさせなければ。
「となると、今度は誰が総帥になるんだろ? こうなるとやっぱ年功序列? うちってやってる事は世界最新でも、体制はまだ旧態依然だからなあ」
「なんにしても、俺ら下っ端には関係無い、雲の上の話だけどさ」
 笑い。
 それが限りなく嘲笑に聞こえ気持ちが苛立ち始めたが、私はただその感情をぐっと飲み込んだ。
 俯いている暇は無い。
 いちいち周囲の声に惑わされるな。
 見失ってはいけないものを知っているはずだ。
 私は改めて強く自分を持った。



TO BE CONTINUED...