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「へえ、なんか面白い結果になったなあ」
 翌日。
 昨日と同じように、私は数人の研究員による精神鑑定の続きを受けていた。そんな中、解析結果をまとめていた一人の研究員が、モニターを指差しながらそんな事を口走った。次々と研究員達が彼のモニターの前へ集まり始める。私はただ椅子の上に座ったまま、そんな彼らの様を少し遠くから眺めていた。
「どれ、ちょっと見せろ。お、なんだこれ?」
「確かに面白いね。反応の傾向が一定になってないわ」
「こういう傾向って誰か知ってる? あ、心理学科専攻したヤツいないか」
 研究者達はいずれも好奇心を露にした表情で、がやがやとやじ馬のようにモニターに向かって騒ぎ立てる。そこにはこれまでに行った私の鑑定結果が出力されているのは知っていたが、こうもあからさまな反応をされると無闇に不安感をかき立てられる。
「あの……どうかしたんでしょうか?」
「ん? ああ、別にそんなに心配しなくてもいいよ」
 と、私の問いかけに振り返った一人の研究者が、私を見ておかしそうに笑った。
「パッと見た限り、初めて見るケースなのよね。あなたのようなロボットの鑑定ってこれまで無かったしさ。あ、この分布図ってまだ説明してなかったか」
「そりゃ初めてだろうさ。だってセミメタル症候群のロボットなんて、うちでもそうそうお目にかかれないからね。大抵は即日修理だもん」
「修理センターの連中なんかはしょっちゅう見てるらしいけど、貴重な試験体を流れ作業でフォーマットするなんて罰当たりだと思わね?」
 研究者達は尚も愉快そうに笑う。笑う要素が見当たらない私は、一人だけ場の空気に取り残された気がした。
 昨日も思ったのだが、平素の彼らは非常に緊張感に欠ける。集中しなければならない時とそうでない時の差があまりに激しく、その切り替わりが非常に迅速なのだ。まるでどこかにスイッチでもあるかのような早さに、まるでロボットの様だ、と思う私は彼らとは違い気持ちの切り替えが非常に緩慢である。
「はいはい、じゃあ説明。みんな持ち場に戻って。ラムダ、もう少しこっちに近づいて来て」
 モニターの前のやじ馬がさーっと波が退く様に散って行く。そう、この切り変わりの異様なまでの早さが私の戸惑う所だった。人間は機械じゃないから、今までゼロだったものを急に一には出来ない。それがこれまでの私の認識だったが、自分の認識の狭さを理解した上で機械のような切り変わりを行える人間も居る事を覚えなくてはいけない。
 私は椅子から立ち上がり、その椅子を持ち上げてモニターへ近づきもう一度座った。部屋の中にいる研究者達の視線が一斉に集まってくるのを私は理解した。自分はかつてメディアで大々的に顔を報道しているから、時折呼び止められたり遠目から注目される事はしばしばあった。しかし、こうも露骨なまでの視線を浴びせられる事には慣れてはいないので、どこが居心地が悪かった。一個体として注目されるならまだしも、研究体に対する興味で注目されるのはまた違った感覚であって、不快かどうかで区別したら明らかに不快だ。珍獣のような扱いをされているのとさして変わらないからである。
「はい、じゃあ画面を見て。これは心理状態を視覚的に分かりやすく図にしたものなんだけど。まず、ネガティブとポジティブに分けるのね。で、それぞれが喜怒哀楽に枝分かれして、そこから更に色んな要因によって細分化するの。それでどの方向に集中するのかによって性格の傾向が分かる訳」
 モニターに映し出されているのは、なんとも例えようがない奇妙な幾何学模様だった。
 画面の中心を横一文字に黒い灰色のラインが走って二等分している。その上側は白く、下側は黒く塗り潰され、細分化された要素がそれぞれ反転色で彩られていた。枝の一つ一つは明色と暗色に分かれているが、おそらくそれがロボットの思考を解明し図式化したものなのだろう。
 しかし、素人目で分布図上には特に傾向と呼べるほどの答えの集中が見られなかった。極平均なデータに思え、一体どこに彼らを野次馬化させる要素があるのか理解が出来ない。けれどこうも露骨な反応を見せられた後では、なんだか言い知れぬ不安感に苛まれてしまう。特にこれが今後の展開を大きく左右すると思うと、余計に悪い方向へと考えが傾いてしまうのだ。
「それで私はどうなったのでしょうか?」
「そうねえ。一言で言うと分からないのよ。過去に似た事例が無くて。そもそも、セミメタル症候群の検証データってそんなに無いのよ。あっても古いのばっかりであんまり役に立たないし。それにセミメタル症候群ってあくまで総称だから、データの詳細分析なんてあったもんじゃないわ」
 そうですか、と私は溜息にも似たか細い声で答えた。
 やはりセミメタル症候群という定義そのものが状況を悪くしている。定義でありながら具体的な基準が無く、解析不能の精神症の場合は全てそれに当て嵌めても問題が無い事。そしてセミメタル症候群という名前自体に、世間一般にはマイナスのイメージが
強く根付いている事。
 この後の事は私にも想像が出来た。私の診断結果はセミメタル症候群であるとは当然の事、その上理解不能な精神パターンばかり検出されれば、そんな状態の私のメンテナンスを行ったとしてマスターの過失責任が重く取られる。私は本質的には自分の精神状態は極めて正常だと思っている。しかし、これを理解して貰うための分かりやすい基準が設けられていない。私がどれだけ訴えてもロボットの言葉は世間の心に届く事は無いだろうし、状況証拠だけならばマスターの罪は十分問えるから、そちらを取るのが自然な流れだろう。そもそも、この精神鑑定そのものには状況を覆す決定力は生まれ無いのだ。やはり今はテレジア女史に頼るしかないようだ。
「この分布図はあくまで普通のロボット用に考案されたものだからね。それもかなり昔のものだから、何にでも対処出来るって訳じゃないんだな、これが」
「ロボット心理学は研究途上だしねえ。それを体よく誤魔化すためにセミメタル症候群なんて名前が出来たんだし。そもそも、昔の人はロボットがここまで繊細な感情を持つようになるなんて思ってなかったんじゃないのかな? もっとも、それを認めないで研究を怠る姿勢もどうかと思うけどさ」
 人間はきっと、ほぼ人間と同等のコミニュケーション能力を持ったロボットを生み出す行為そのものにしか意義を見出していないのだろう。エモーションシステムを開発したのはマスターの父親で、そこには確固たる信念が存在した。けれどシステムの設計図を手に入れた技術者達は単なる便利なものとしか思っていなくて、エモーションシステムを自分達と同じ心とは思わなかった。どうせ代わりは幾らでも作れるから、不都合が生じれば取り替えてしまえばいい。理解する必要性が無かったから、きっとロボットの心理学なんて学術分野は発展しなかったのだろう。
「あの……やはり私はセミメタル症候群なんですね?」
「まあ、セミメタル症候群の定義そのものが解明出来ないもの全部に当てはまるなんてトンデモ定義だし、判断方法だってこんな時代遅れの検査法で分からないものは全部該当っていうだけだし。まあ、そうとしか報告は出来ないなあ。マニュアル的には」
「でも補足出来る所はいっぱいあるからさ、割とレポート結果面白くなるんじゃない? もうちょっと色々突っ込んでみたらさ、今までに無いデータ取れるよ。それこそ科学技術省に送れば世界学会で取り上げてくれるかも」
「それいいね! 面白そう! となると、レポートの外部提出は主任の許可貰うだけでいいんだっけ?」
「いや、部門長だったかな? 結構時間かかるって聞いたな。検閲やらなんやらで」
 研究者達が嬉々として喜んでいるその内容は、私についての精神分析データが面白いから、というものだ。検査という時点で何となく予測はしていたけれど、やはり私の存在は実験動物とさして変わり無いのだ。研究者達は一般人よりもずっとロボットの心理というものを深く理解してくれる。だから私が慣れない環境で不安になっているのを読み取って、娯楽用に小説のアーカイブなどをくれたのだ。しかし研究者としての顔は彼らの思考の主幹にあって、最も優先されるのは目新しい分析結果や興味深いデータなのだ。だから、どれだけ温かい待遇を受けたとしても、機械を見るような冷たい視線も同時に向けられているのをひしひしと感じるから、いまいち彼らの空気にはついていけないのだ。
「それで、その、このグラフはどうなんでしょうか……?」
「ん? ああ、これ。とりあえずうちらには専門家いないんで何とも言えないんだけど、見た感じあんまりロボットらしくないんだよね」
「ロボットらしくない?」
「そう。普通、初期設定である程度性格の方向性がシステムに設定されるんだけど、一度設定された性質はどうやっても変わらないんだよね。人間で言う所の生まれつきの性格と同じで。大抵は鑑定すると分布図にはっきりと傾向として出てくるものなんだけど、こういう分布図になったのは初めてでさ。全然分析し切れてないんだよね」
「私には性格の傾向が設定されていないという事でしょうか?」
「そういう考え方も無くは無いけど、やっぱり鑑定方法が対応し切れて無いってのが妥当かな。つまり、あなたの精神は一般的なロボットの精神レベルの認知を超えてるって事なの」
 私の思考は人間の認知を超えている、という事なのだろうか?
 その時、ふとマスターに言われたある言葉を思い出した。私は、自分はロボットだからとロボットらしい振る舞いをしようとしている。ロボットなのにロボットをわざわざ演じる傾向にあるのは、私がロボットの枠を越えているからなのか。もしそれが正しかったら、マスターの言葉は実に的を射ている事になると思った。
「それは傾向として良い事なのでしょうか?」
「そりゃ良いことよ。それだけ人間に近いっていうんだからね」
「っていうか、これだけ自然に話せるロボットって初めて見るな。さすが鷹ノ宮さんだなあ。やっぱ戦闘型は時代遅れだよ」
 やはり私はそれほど人間に近い精神構造をしているという事なのか。
 それは喜ぶべき事だった。マスターの技術力が正当に評価されているからである。けれど、彼らの口から飛び出す賞賛の言葉にどこか違和感を覚えてならなかった。まるで当事者を無視して行動したように私が報じられるからである。
「ちょっと思ったんだけどさ、これだけ高度なレベルで精神が構築されてるんだったらさ、あの盗撮映像? あれの事だって割と説明つくんじゃない?」
「ああ、公安から貰った資料? でも説明つけられるってどういう説明?」
「ほら。こういうのって躾の一環だって思えば何となく自然に見えない?」
「えー、それは幾らなんでも無理があるんじゃない?」
「そうそう。ロボットに躾なんて出来る訳ないって。愛情とかそんなのもないんだから」
 どっと沸き上がる、はしゃぐような笑い。それが私を一気に孤独の淵へと叩き落した。
 今更何を。けれど私はどこか落胆したような気持ちにならざるを得なかった。
 これが人間とロボットとの意識差、見えなくて越えられない壁だ。ロボットにも心はある。人間と同じ魂だ。だけどそれがデジタルなものだから、誰も存在を認めてはくれない。私の中に愛情があるのかまでは自分でも分からないけれど、誰かを大切に思う気持ちは紛れも無く本物なのだというのに。
 せめて、もう少し世の中がロボットを理解してくれるようになっていれば。
 過ぎた事を愚痴るのをマスターはとても嫌う。けど、そう思わずにはいられなかった。今に始まった事じゃない。でも、あまりにこの社会はロボットにとって偏見が強過ぎる。もっとロボットを理解してくれる人が増えてくれないだろうか。人の価値観を変えるなんて決して簡単な事じゃないから、ロボットへの理解を向けられるのが当たり前の時代なんていつやって来るのかどうか知れたものではない。それに、そもそも人間がその事自体を欲していない場合だってあるのだ。
 全て、初めから分かっていた事だ。けど、それでも私は祈りたかった。近い将来、ロボットへもっと理解を示してくれる世界が出来ないものか、と。



TO BE CONTINUED...