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 小気味良い音を立てた直後、シヴァの手から離れたアスラは糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちた。アスラの頭部は二回り以上も小さく変形している。私は以前テレビで見た、リンゴを素手で絞ってジュースを作るパフォーマンスに使われたリンゴを連想した。頭部が完全に破壊されており、自律機能を失ってしまったアスラは二度と立ち上がる事が出来なかった。ロボットの頭部には人間の大脳に当たるCPUが搭載されているため、そこが機能しなければロボットは死んだも同然なのである。
 その音を機とし、これまで異様な緊張感に拘束されていたアスラ達が、堰を切って一斉にシヴァへ襲い掛かった。
 あれは!
 アスラ達を見た私は思わず息を飲んだ。アスラ達はいずれも右腕を大きく引き絞った独特の構え方をしている。それはシヴァに搭載されているものと同じ、ブラストナックルとソニックナックルを融合させたあの高出力兵器を繰り出す時の構えである。
 たとえシヴァでも、あれほどの高出力兵器を一度に受ければ一瞬で粉々にされてしまう。しかもアスラには自己防衛の機能が最低限にしか設定されていないため、たとえ自分がやられようとも結果的にシヴァを倒す事が出来ればそちらを優先する。シヴァは一人二人倒したとしても全く無意味なのだ。
 私はメモリ内に残骸と化したシヴァの姿を想像し戦慄してしまった。あのシヴァが敗北するなど考えられない事ではあるけれど、この状況ではそれも致し方ない。でも酷く悔しく思うのは、私にとってシヴァの存在が最強のロボットであって欲しい、そんな願望があるからだ。
 と。
 これから変わり果てようとするシヴァの背中をどこまで見ていられるのか。そう肩をざわつかせていたその時、突然シヴァの姿が視界から消えた。同時に、正面から襲いかかっていたアスラが二人、宙を跳ねる姿を見た。そこでようやく、二人は踏み込んだシヴァの勢いに撥ねられた事が分かった。
 ターゲットを失った事でアスラ達が一瞬中空を見つめながら凝固する。私同様に、アスラの動きがまるで捉えられなかったようである。
 しかし。
「わ! こっち見た!」
 抱き抱えていたココが素っ頓狂な声を上げる。
 事態を把握したアスラはすぐさまシヴァの後を追おうと踵を返したが、最も私達に近かった二人だけはそれに倣わず私達へ目標を定めた。幾つか与えられた命令の分岐結果が異なったのだろう、やはりアスラ達はテレジア女史とココの二人の処分を最優先事項として設定されているようである。
 咄嗟に私はココを下ろし間に割って入った。今、この場でアスラとまともに戦えるのは私だけだからである。
「テレジア女史、ココを連れて早く逃げて下さい!」
 二人のアスラは同時に拳撃を放ってきた。私はその軌道を計算して間合いを調節すると、一歩退きつつ二つの拳撃を外から内側へ往なしながら交差させ、互いの腕の摩擦力を利用し威力を殺す。しかし、あの兵器を起動させていないとは言え、さすがに掌を破損している左手では裁ききれず、僅かに右頬を掠らせてしまう。
 果たして今度は通用するのか。一人を倒すだけでも精一杯だったのに、二人を一度に相手にしても勝てるのかどうか。前回までの記録は並列化しているだろうし、今は左手が本調子ではないから苦戦を強いられるのは必至だ。これまで通りの戦いが通用しないのは目に見えているから、ただでさえ選択肢の少ない私がどれだけ食い下がられるのか。
 しかし。
「その必要はありませんわ」
 この切迫した状況を目の前に、それでも悠然と答えるテレジア女史。あまりに予想外なその反応に、え、と私は呆気に取られながら問い返した。どうしてテレジア女史はここまで命を狙う敵が迫っているというのに平然としていられるのか、私にはまるで理解が出来ない。
 が。
 ッ!?
 瞬間、いきなり目の前の二人が後ろへ大きく仰け反った。二人の背後にはシヴァの姿があり、それぞれの襟元をしっかりと握って後ろへ引き込んでいる。そのせいでアスラ達は大きく上半身を仰け反らせた不自然な体勢を取ったのだ。
 シヴァは引き込んだ勢いを利用しくるりと踵を返して前方へ向き直ると、振り向き様に右手で掴んでいたアスラの体を集団に目掛けて投げつけた。驚くほど軽々と持ち上がり高速で放たれたアスラの体は、まっすぐ集団へ飛び込んでいくもアスラ達は冷静にそれを見極め一斉の四方へ散って回避する。しかしそれを好機と見たのか、シヴァは続け様に左手のアスラを投げつけた。今度はただ投げつけるのではなく、左上方へ跳躍した一人のアスラへ狙いを定めている。空中にいるため地上のように機敏な動作をする事が出来ないアスラは飛んで来たアスラを真っ向から受け止めてしまい、そのまま後方へフェードアウトしていった。
 私はたった今シヴァに投げ飛ばされた二人のアスラの攻撃を捌いたままの姿勢で、ただ唖然と硬直しながらその光景を見ていた。ロボット同士で体重差をどうこう論ずるのは意味の無い事ではあるが、ほぼ同じ体格のアスラをまるで人形のように扱うなんてなんてシヴァの出力は本当に驚異的だ。
「ラムダー、危ないからこっちいようよー」
 ココにそう揶揄され、私はハッと無意味な姿勢を取り続けていた事に気づく。確かにこの場には私の出る幕は無い。すごすごと言われた通り後ろへと下がる。
 シヴァ一人居れば本当になんとかなってしまいそうな、そんな戦況だ。しかし何故シヴァはこれだけのアスラを相手に出来ているのだろうか。少なくともアスラの性能はシヴァよりも上はずである。その上これほど数の優劣がはっきりとしているというのに、唯一勝っているであろう戦術ルーチンだけでどうにかなる訳が無い。この信じられない現実は如何な要因で構成されているのだろうか。
 四方へ散開したアスラは、それぞれ一定の間隔を取りながら不規則な陣形を作る。続いて前後左右の位置を全く無視した、不規則な順番で次々とシヴァへ雪崩れ込んでいく。二つのアトランダムを組み合わせたセオリーに無い戦法である。おそらくアスラはシヴァに自分達の戦法の全て、もしくは既存の集団戦法は全て対策を練られていると考えたのだろう。確かにこの戦法は目的が曖昧であるものの、数が大きく勝っている場合に限り奇襲効果や幻惑効果は大きくなる。けれど私には、その選択は間違っているように思えてならなかった。並の相手ならそれで勝負はつけられるだろう。だが相手にしているのはあのシヴァだ。反応と反射だけで解決出来るそんな安易な方法が通用するとはとても思えない。
 ふと、私の中に一つの疑問が湧いた。果たして、アスラは本当にシヴァよりも優れているのか、と。
 もしもシヴァならば、不明確な戦術など決して取りはしない。最低限、私と同等かそれ以上の戦術を用いるはずだ。私にはこの戦術は間違いだという確信と根拠がある。それをあえて選択するアスラは、この方法で勝てる確固たる自信があるのか、もしくは自らの過ちに気づいていないかそのどちらかだ。でも、私は後者の方が限りなく可能性が高いと思う。
 雪崩のように襲い掛かってくるアスラ達を前に、シヴァはゆっくりと最初の構えを取った。軽い前傾姿勢を維持したまま両腕をポケットへ入れかけた位置で固定、顔はしっかりと正面を見据えている。その目は細かく動きながら襲い掛かってくる一人一人のアスラを確認する。自分と接触する順番を決めているのだろうか。
 あ!
 その時、私はシヴァの構えをどこで見たのかはっきりと思い出した。この構えは一時期好んで見ていた西部劇で、ガンマンと呼ばれる人達が取っていたものにそっくりなのだ。一番不可解だった手の位置は、本来なら腰から吊り下げた拳銃に添えるべきものだったのである。
 以前もシヴァはコメディ番組のワンシーンをコピーしていたが、今度は古い映画からコピーしたのだろう。気に入ったものは何でも真似したくなる、そんな衝動なのだろうか。理解出来ない訳ではないが、私にはいささか幼稚過ぎるように思える。人間もロボットも、精神の発育途上の段階では傾向は似てくるものなのだろう。
 と。
 バァンッ!
 次の瞬間、一番最初にシヴァへ襲い掛かったアスラが激しい勢いで後方へ弾き飛ばされた。続いて他のアスラ達も次々と襲い掛かるものの、襲い掛かった者から順に弾き飛ばされていく。
 シヴァは襲い掛かるアスラ達に次々と拳撃を繰り出しているのだが、驚くべき事に最短最速の動作を維持していながらも拳撃を受けたアスラ達は皆、打たれた個所を大きく破損させている。右胸を打たれた者は右腕が千切れ飛び、顔を打たれた者は首から上が完全に吹き飛ぶ。良く見れば、シヴァの両腕の排熱パネルはフルオープンとなって膨大な熱を排気していた。高出力兵器とまではいかないものの、少なくとも通常動作だけでアスラ達を打っている訳ではないようだ。
「あれは一体……」
「クイックモーションですわ。あなたがギャラクシカで見た高出力兵器、フラッシュナックル。それを状況に応じて出力を絞ったまま打ち出せるよう、速度と効率の面を考慮したものです。ついでに両腕に搭載しましたわ。何か驚く事ありまして?」
「何かって、そんなに凄いものを両腕に!?」
「あれから一体どれだけ時間が経っていると思いまして? あなたが料理の腕を上げるのと同じだけシヴァも強さを増して当然でしょうに。もっとも、あのポーズだけは頂けませんわね」
 丁度十人が中破された時、アスラ達は突然一斉に動作を中断して元の陣形に収まった。ここまでの損害を出してようやく自分達の作戦が誤りであった事に気づいたようだ。これで明らかになった。アスラはシヴァよりも性能が上だというのは明らかに間違いだ。本当にシヴァの設計図を改良したのかどうかさえ疑わしい。シヴァと同等の性能を持っていたとしても、もうちょっとシヴァは苦戦するはずなのだから。
「すごーい! やっぱりシヴァって強い!」
 はしゃぎ声を上げるココ。それを受けたテレジア女史は悠然と微笑みながら答えた。
「当然の結果です。型落ちモデルの劣化コピーなど、幾ら束になろうとシヴァの敵ではありませんわ」



TO BE CONTINUED...