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「何をやっている! さっさとそいつらを片付けろ!」
 再びアスラの口を介して響き渡るビスマルク氏の声。大分冷静さを失っているようで、まるで別人のように声を荒げている。おそらく私と同じ認識でいたのだろう。シヴァは絶対にアスラには勝てない。何故ならアスラはシヴァを改良したロボットであるから。けれど、今の状況は当初の思惑とは正反対だ。シヴァを圧倒すると思われていたアスラ達は、逆にシヴァ一人によって駆逐される立場にある。そして私とビスマルク氏の決定的な違いは、その状況を受け入れられているか否か、理由を理解出来ているか否かだ。
 すると、
「自己保存設定破棄」
「命令最優先」
「自己診断サーキット一時閉鎖」
 アスラ達の様子が何やら異様な雰囲気を醸し出し始める。どうやらアスラ達はビスマルク氏の命令によって自己防衛機能を放棄したようだ。
 昔の作家はロボットの守るべき原理を打ち立てたが、その中でロボットが自分自身を守る項目は最も低く設定されている。私はその考え方は実にナンセンスだと思う。何故なら、この原則は、ロボットは命令を忠実に遂行するだけの便利な道具、という前提の元に成り立っているからだ。今の時代のロボットは人間と同じ感情を持ち、人間と同じように喜怒哀楽を表現する。だから、主人を守るのも自分を守るのも本質的に上下は無いはずなのだ。ただ、どうしても主人と自分とを選択しなければならない時、ロボットは必ず主人を選択する例外を除いて。
 私は個人的にその命令が許せなかった。感情がないにせよ、主人に尽くすロボットに対してああも簡単に、死ね、と命令出来るなんてとても普通ではないと思ったからだ。ロボットは結局の所人間のための存在であるから、人間の命令には必ず忠実に従う。それが、自らを滅ぼすような命令であってもだ。それを知っていながらあえてそんな命令を与える神経は、到底まともではない。人間は動物にすら感情移入し家族のように扱うというのに。人間性のどこかが破綻しているとすら疑ってしまう。
「現状第一障害、個体名シヴァと確認」
「第一級戦闘体勢発令」
「命令最優先」
「命令最優先」
「命令最優先」
 アスラ達は次々に相対した構えを取り始めた。体を半身に構え左手を胸の前に置きながら、まるで弓を引くかのように大きく右腕を引き絞る。それはあの高出力兵器、フラッシュナックルを発動させようという体勢に他ならなかった。アスラ達はおそらく、自己保存機能を停止させて被害計算を無視し、シヴァに特攻した上でテレジア女史とココを始末するつもりなのだろう。少なくとも、アスラが一人でも稼動出来る状態で生き残れば一応の目的は達成出来る。人間と戦闘用ロボットが事を交えればどうなるかなんて考えるまでも無いからだ。
 これまでシヴァが優勢を保っていたのは、アスラがある程度状況を見極め自分を保存する選択肢を判断していたからである。もしも全てのアスラが己を顧みず一斉にシヴァへ襲い掛かったとしたら、幾らシヴァほどの性能をもってしても破壊は免れない。アスラはシヴァよりも実質的に性能は遥か下であるが、高性能な戦闘型ロボットであるに変わりは無い。シヴァの性能が上という事が証明されたとは言っても多勢に無勢の構図、この圧倒的不利な状況は全く変わらないのだ。
 しかし、私は何故か少しも危機感を抱かなかった。むしろシヴァが勝つという前提があらかじめメモリ内にあって、それをどういった形でシヴァが実現するのかが楽しみですらあったのだ。シヴァは強い。それも私の想像力がとても追いつけないほどに。だから、後はただ信じれば良かった。確定的なシヴァの勝利を。
「やれ、アスラ! シヴァのような旧型など蹴散らしてしまえ!」
 相変わらず響き渡るビスマルク氏のヒステリックの声が、神聖とも思える勝負の場に水を差した事で私を不快にさせた。けれど、いちいち気にするまでもないと思い直し、再び視線をシヴァの背中へと注いだ。
 すると。
 シヴァは徐に右足を持ち上げると、どんっ、と力強く石畳を踏み締めた。
「感情こそが魂の本質。それの無いお前達に負ける訳にはいかん!」
 腰の辺りで曲げていた両腕を戻し背筋を伸ばした自然な直立姿勢を取る。戦闘の構えを取るアスラ達に比べ、戦い自体を放棄しているかのような無造作な姿。しかし私にはむしろそれがシヴァ自身の強さの表れであるように思えた。
 私は胸が躍るような感覚を抑えられなかった。シヴァは数の優勢に任せたアスラに対し、あえて真っ向からの正攻法で戦おうとしているのだ。それが普通のロボットならば実に愚かしい行為だろうが、シヴァは全く別の次元に存在するロボットだ。それは愚かなのではなく、ただの信念の発露なのだ。
「目標確認」
「ターゲット、個体名シヴァ」
「除去開始」
 そして一斉にアスラがシヴァへ向かって襲い掛かっていく。シヴァを中心に九十度ほどの範囲をアスラ達の右拳が一列に並ぶ。それぞれの腕はまるでリンクしているかのように、全く同じ動作で等間隔を保ったまま振り抜かれた。完全な同期動作は思わず見とれてしまうほど美しい迫力がある。ほんの僅かでも接触してしまえば誘爆を引き起こしかねない精密動作を、何の予備動作も無くやってのける辺りはさすがにシヴァの流れを組んでいるだけはある。一片の隙間も無い正確な動作に、少なくとも私には逃げ道が見つける事が出来なかった。
 触れた瞬間、どんな外殻をも吹き飛ばしてしまうフラッシュナックル。それが一度にこれだけの数で襲い掛かってくるのだ。数的にも衝突は避けられないだろう。後退すれば目標が即座にテレジア女史とココへ切り替わるため下がる訳にもいかず、かといって触れただけで物質を崩壊させる拳を真っ向から受け止める訳にもいかない。一体この状況をシヴァはどう切り返そうというのだろうか。
 すると、
「目障りだ!」
 シヴァはすっと腰を落とすと、そのまま右腕を外から内側へ抉るように大振りに繰り出した。次の瞬間、激しい閃光と破砕音が断続的に響き渡り、周囲に焦げ臭い匂いを充満させた。直後に私の視覚素子が捉えたのは、数人のアスラが金属片を撒き散らせながら幾つかの断片となって宙を舞う光景だった。
 あまりに圧倒的な出力が、弧を描いたアスラ達の陣形を一気に舐める。その放った僅か一撃で陣形を崩され、辛うじて直撃を免れたアスラ達も衝撃に押されて大きな後退を余儀なくされる。
 つい先程まで一糸乱れぬ軍隊のようなアスラが軒を連ねていたはずの場所に、変わり果てたアスラ達の残骸が積み重なる。その中に佇むシヴァは排熱パネルを開いて大量の熱を廃気していた。それを見た私は、今放った一撃がフラッシュナックルだったのだと気がついた。しかし、放つ直前まで全く予備動作が見られなかった。私の知るフラッシュナックルは起動まで時間がかかっていたはずなのだが。テレジア女史はシヴァに出力をコントロールする機能を搭載したと仰っていたが、もしかすると先程のクイックモーション同様に出力をある程度抑えれば予備動作そのものが必要ないのだろう。だが、あんな僅かな時間でこれだけの威力を発揮出来るなんて驚異的としか言いようがない。おそらくギャラクシカの続きをやったとしても、当時はまだ実力が拮抗していたものの、今はもう全く話にもならないだろう。
 シヴァは自ら残ったアスラ達に向かって歩み寄って行く。すかさずそんなシヴァをアスラが二人、左右から挟撃を試みる。だが、
「無駄だ」
 事も無げに、シヴァの両腕から放たれた裏拳がそれぞれのアスラの顔面を打ち抜く。アスラ達は頭部を分解させながら宙を舞い、激しい音を立てて石畳の上へ落ちた。
 攻撃力と速度とを自由自在に調節できるシヴァの両腕。単純であるが申し分の無い布陣であると言えた。それに、戦闘はシンプルであればシンプルなほど強固で破られにくいものだ。殴る、という非常にシンプルたシヴァの戦い方が、様々な封じ手をインプットされているであろうはずのアスラをここまで圧倒しているのがそれを証明している。
 次々とシヴァはアスラ達を破壊していった。あまりに圧倒的で作業的な動作、シヴァとアスラ達の決闘と言うよりもむしろ一方的な駆除と言えた。
 私もココも、そんなシヴァの常識を超越した強さに驚愕し嬉々していた。実に痛快な光景であった。あれほど私が苦労した相手を一度にあれだけの数を相手にしておきながら、シヴァは退くどころかむしろ圧倒すらしているのだ。一つ爆発音が響くに連れてアスラが一人宙を舞う。次はどのアスラがシヴァに倒されるのか、と私はシヴァの一人舞台に釘付けになっていた。これほど胸躍る楽しい催しはないだろう。アスラは私達にとっても敵対する存在であるため、喜びはひとしおだ。
 けれど。
 ふと、私はシヴァの活躍を喜ぶ自分に違和感を覚えた。
 ロボットがロボットを破壊する様を楽しむのはまるで、マスターが嫌ったメタルオリンピアと同じではないだろうか。
 途端にメモリ内にあの時に感じた不快感が広がって私の全ての機能を一時的にフリーズさせた。
 慌ててその記憶を改めてロード出来ないほど深くへ再退避させ平常のコントロールを取り戻す。けれど、シヴァの活躍は嬉しかったのだが、もう心から喜ぶ事は出来なくなってしまった。



TO BE CONTINUED...