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 向けられた銃口に怯えるココは私の腰に腕を回してぎゅっとしがみついてきた。それでも私は、そんなココを抱き締めてやる事すら出来ず、ただ呆然としながら周囲を眺めていた。
 対アンドロイド攻勢特殊部隊は、それぞれ四つの頭文字を取って通称『CAOS』と呼ばれている。カオスは主に人間型ロボットが引き起こした暴走事件の鎮圧を担当する特殊部隊だが、衛国総省お抱えの部隊である以上、ロボットの事件ならば何でも出動するという訳ではない。カオスが出動する事態は、基本的に暴走したロボットが戦闘型等の極端に戦闘力に秀でている場合に限定されている。所轄や公安では許可されている火器が限定されているため、戦闘型ロボットとは太刀打ちできない場合が多いのである。その点、武装に制限の無い衛国総省ならばどのような仕様のロボットにも対応する事が可能だ。衛国総省直属の部隊と言えば聞こえがいいが、実際はほとんど公安や所轄と同規模の事件を扱っているし、担当したのが公安や所轄の場合でも状況によって借り出される場合もある。
 カオスのような部隊が出動するという事は、おそらく過去のギャラクシカでの戦績を鑑みて私が戦闘型と同等の戦闘力を持っていると評価されたためだろう。もしくは、出動を要請したのはビスマルク氏であるから、テレジア女史のシヴァを捻じ伏せようという意図があるとも考えられる。
「目標CAOSと確認。ミレンダ様、片付けますか?」
「そういう訳にはいかないわ、シヴァ。相手は衛国総省よ」
「しかしミレンダ様。私はあなたに銃口を向けられても冷静でいるほど、悠長な性格ではありません」
「それでも抑えなさい。私達は今、罪ある立場なのですよ」
 シヴァは不服を露にした表情で周囲を取り囲むカオスの隊員達を鋭く睨みつける。しかしそのシヴァには既に四つの銃口を向けられている。レーザーサイトの赤い光が額に四つ、いつでも撃ち抜けると言わんばかりにゆらゆらと揺れ動いている。
 カオス隊員の持つアサルトライフルは対戦闘型ロボット用に設計された特殊仕様のものだ。戦闘型ロボットの外殻はマグナム口径にすらびくともしないのだが、このライフルは専用弾共に破壊力よりも貫通力に重点が置かれているため、どんなに強固な外殻でも打ち抜く事が可能なのだ。たとえ戦闘型でも内側は他のモデル同様に脆いものである。そのため、撃たれた個所によってはたった一発で沈黙させる事も可能だ。
 だが、そんな銃を向けられてもシヴァは一歩も引く様子を見せなかった。それは怒りのあまりに事態が見えなくなっているからだ、と私は思った。シヴァはまだエモーションシステムが未成熟であるため、私のように感情をうまくコントロール出来ないのだ。
「ラムダぁ……どうなってるんだよう、これ」
「衛国総省が……私達を捕まえに来ているんですよ」
「そんな! だってアタシ達は何も悪い事してないのに!?」
 そうしている間に、更にこの場所へ装甲車が四台乗り付けて来た。中から現れたのは、やはり同様の装備を施したカオスの隊員達だった。ただでさえ密度の高い包囲網を築かれていたのだが、より一層私達に対する包囲と監視の目が強くなったのが感じられた。
 と。
「……あれは!」
 その時、私は一台の装甲車の中から降りて来た明らかに毛色の違う一団を視覚素子で捉えた。特殊装備に身を包んだカオス隊員がひしめく最中、彼らは何故かタキシードをきっちりと着込んだ礼装姿だった。そして何より異様なのが、彼らが全て真っ赤な短髪に全く同じ顔をつけている事だった。似ているのではなく、まるで工場で大量生産されたような寸分違わぬ造形なのである。
「ビスマルクね……」
 苦々しく呟くテレジア女史。
 やがてこちらに近づいてくるアスラ達の中に私は、今テレジア女史が呼んだ名前の本人の姿を見つける事が出来た。アスラ達に四方をがっちりと囲まれ、更にカオスの隊員達がこの一帯に配備されているからだろう、これほどの近距離で相対していながらもビスマルク氏の表情にはまるでこちらを見下ろすような優越感が満ちていた。
 ふと、ビスマルク氏の唇が言葉を放つ真似をするように動いた。
 お前達は終わりだ。
 唇の動きを解読した私は、やはりするべきではなかったと後悔した。わざわざ相手の挑発を認識する事には何のメリットもないからである。
 完全に進退が窮まった事を理解しなければならなかった。けれどここで諦めてしまっては、マスターの潔白も、この事件がビスマルク氏によって仕組まれた罠である事も、衆目の前に証明する事が出来ない。私が諦めてしまったら誰もマスターを助ける事が出来ないのだ。私だけでも、最後まで希望を失わずに打開策を考えなければ。
 しかし。
「ラムダ、仕方ありませんからここは投降しましょう。シヴァも一切手出しをしてはなりません」
「ミレンダ様、一体何を仰るのですか? 我々には投降する理由などありません」
「シヴァ、私の言う事が聞けませんの? あなたを主人の命令を理解出来ないようにした覚えはありませんわよ」
 強い口調で諭されるものの、シヴァは到底納得しているとは言い難い表情のまま口を噤んだ。
 私もテレジア女史の案には反対だった。いやむしろ、まさかその言葉をテレジア女史の口から聞くなんて予想もしなかった。テレジア女史は私よりも現状が見えているし、独自の調査ネットワークもさることながら思慮深く推理力もある。だから、これほどの力を持つテレジア女史は最後まで諦めないだろうと、そう私は思っていたのだ。なのに、どうしてこうも簡単に諦められるのだろうか。敗北を認める事が何を意味するのか、ロボットの私だって理解出来るというのに。それとも、私よりも状況が見えているからこそ諦めてしまったのだろうか。
「まずは子供の保護を優先する。こちらへ引き渡してもらおう」
 私は力なく、ただこくりと顔を項垂れた。それを了承の意思表示と見たのか、カオス隊員の一人は銃を構える味方に警戒するよう合図をすると慎重に私の方へ歩み寄って来る。彼は私からココを奪おうとしている。本当なら抵抗して当然の状況なのだけれど、今の私はその意思がすっぽりと抜け落ちたように無くなってしまっていた。私達は敗北したのだから、意思表示の自由すらも持たされていないのである。
「さあ、こっちへ」
 すぐ目の前までやってきたカオス隊員がココの左手を取った。けれどココの右腕は依然しっかりと私の服の袖を掴んだままだった。取られた左手からも明らかに抵抗の意思を見せている。
「恐がらなくても大丈夫。すぐにお父さんとお母さんの所へ帰してあげますよ」
「やだ! ラムダと一緒じゃなきゃ絶対に嫌だ!」
 ココはカオス隊員に掴まれた手を強引に振り切ると、私の所へ飛び込んでぎゅっとしがみ付いた。その行動があまりに意外だったのだろう、彼は唖然としてその様子を見ていた。
「我々はあなたを保護に来たんですよ。恐がらなくても大丈夫です」
「嫌だ! アタシはラムダと一緒じゃなきゃどこにも行かない!」
 隊員達は困った様子で互いの顔を見合わせた。
 誘拐犯とその被害者が偶然にも交友関係になった場合はあるらしいが、まさかそれがロボットと子供の場合でも起こるとは思ってもみなかったのだろうか。
「とにかく、あなたを保護するのが我々の任務です。さあ、早くこちらへ」
 業を煮やしたのか、隊員達は強引にココを引き剥がしにかかった。大の大人が子供であるココの体を力ずくで引き剥がそうとするのはなんて乱暴な行為かと思ったが、助けようにも私は目の前に銃口を二つも向けられているため動く事すら出来なかった。ただ苦々しい表情を浮かべて見せる事だけが私にとっての唯一の抵抗だったが、誰一人として私の発露など気に留める者はいなかった。
「助けてよ、ラムダ!」
 辛うじて私の服の袖を掴むココが今にも泣き出しそうなほど必死の表情で私に哀願する。けれど、それでも私は何もする事が出来なかった。衛国総省に手を出してはならない事を理屈では理解していたからである。そもそもロボットは理屈で動く存在だ。人間ならばこの状況で我が身を省みずココを助けようと奮起するかもしれない。けれど私はロボットだから感情的な行動には強くブレーキがかかる。
 しかし、とても私には目の前の状況に抑えきれないものがあった。力の弱い子供に強要する事と、それを諦観する自分への忌避感だけは、事態を見て見ぬ振りは出来なかったのだ。
「乱暴な事はやめて下さい! 相手は子供ですよ!?」
 言葉を思いつくのが後か先か、ロボットには設計上人間のような無意識の領域は無いのだから思いつくのが先なのだけれど、気がつくいた時には既に口を開いてしまっていた。しかし代わりに返されたのは、向けられていた銃口との距離が縮められる威嚇だけで、私の言葉に耳を傾けようとする者はいなかった。
 その気になれば、私は銃口を向ける二人から銃を奪い取る事は出来る。汎用型とは言え、私は人間の反応速度よりも遥かに早く動作する事が出来るからだ。だが、たとえこの場でココを力ずくで奪い返した所で立場が余計に悪くなるだけだ。それは私のみならず、マスターやテレジア女史にまでも影響する。私の行動は自己責任でどうにかなるものではないのだ。
「やだやだやだ! 離してよ!」
 遂に私の服の袖を掴んでいたココの手が振り払われた。ココはそれでも抵抗を続けるが、やはり子供の体力で大人に敵うはずもなく、ココは強引に引き摺られていった。
 私はようやく、この先どんな希望も持ってはいけない状況に足を踏み入れてしまった、自分の境遇を認識し受け入れる事が出来た。マスターに尽くし続ける平穏な生活も奪われ、ココを守り続ける決意も果たせず、ただ社会の力に屈服させられながらこの先を過ごしていくのだろう。受け入れなければならない現実を受け入れると、苦痛を伴うはずの現実も途端に現実味が無くなって酷く味気無かった。生きていく上での必要なしがらみを断たれたせいだろう。もはや如何なる概念にすら興味が持てなくなった。
 ココの声がどんどん遠ざかっていく。それでも何も行動を示さない自分を悲しく思う自分を感じた。けれど、思考の多重化などにも興味は無かった。望む自由が無いのなら、何を試行錯誤しても実質の意味は持たされないからである。
 と。
「離せってば! 馬鹿ーッ!」
 一際高いココの声が聞こえてくる。
 その瞬間、私は信じ難いものを目の当たりにしてしまった。突然、ココを掴んでいた隊員が凄まじい勢いで吹き飛ばされたのである。
 あまりに突然の事で周囲の空気が緊張と驚愕で凍りついた。誰もが、一体何が起こったのか、それは何故起こったのか、まとまりのつかない思考でなんとか纏め上げようと表情を凝固させたまま必死に打ち込んでいる。人間が宙を飛ぶなんて、常識では絶対に有り得ない現象だった。基本的に車にでもはねられなければ起こりえない事だが、それだけの衝撃を作り出すのは並大抵の事ではない。車とてある程度加速をつけなければ人を飛ばす事は出来ないのだから。
「ラムダー!」
 そのココは脇目も振らず一目散に私の方へ向かって駆けて来た。私に銃口を向けていた二人の隊員は事態を未だ飲み込めていないのか、思わずココの方向へ銃を向けるもののそのまま凝固して動かなかった。おそらく、ココ以外に何者かがあの隊員を吹き飛ばしたのだと考えたがそれらしいものを見つけられなかったからだろう。
 ココはあっという間にそんな二人の傍を潜り抜けて来ると、私に向かって飛びついてきた。
 瞬間。
 ココを受け止めるのが先か、突如私のメモリ内に凄まじいノイズが走った。それが何なのか解析する間も無く、私の思考はそのまま転落していくようにダウンしてしまった。



TO BE CONTINUED...