BACK

 どれだけ危険な情況なのか、私はロボットというデータ的な制限がある以上、自分の判断力に確実性は少ない事は分かっていたが、それでも少なくとも現状については正確に認識出来ている自信があった。
「大丈夫ですから……」
 私はココを背中に庇うようにして目前のそれらに恐れ戦きながらも対峙していた。
 このビルの屋上の東側の空域一帯に軒を連ねる四台のヘリ。それらがギリギリの間隔を保って私達を監視していた。ヘリにはそれぞれ、メディアジパング、ワールドフレッシュニュース、ウィークリースコープ、グローバル・オラクルのロゴマークがペイントされている。ネットワークを使ってヘリの製造番号とシリアルコードを製造会社元で照会してみたが、確かに登録先はそれぞれの会社になっている。嘘偽りなく、このヘリは全て民間所有のものだ。
『ただいま、我々は現場の上空に来ております! ご覧下さい、あそこで一機のロボットが子供を人質に立てこもっています! ロボットの所有者は、あのエリカ=鷹ノ宮容疑者です!』
 ヘリのドアからはレポーターとカメラマンの姿が見える。今、ここで起こっている出来事はリアルタイムで世界中に配信されている。それも、レポーターによる酷く歪んだ形でだ。
『ラムダは汎用型ロボットでありながら、あの世界的に超人気の大会であるメタルオリンピア、その格闘種目ギャラクシカにおいて準優勝したほどの性能を誇っております。我々もこれ以上の接近は非常に危険ではありますが、最後まで事件の現場を実況し続けたいと思っております!』
 考え得る最悪の状況だと私は思った。もう何度も最悪の状況というものが塗り替えられている気もするが、何にせよ今度こそ本当に最悪の展開だ。マスターが勾留されているのは、私を使ってココに虐待を続けていた容疑があるからだ。もしかするとココへの誘拐容疑もかけられているのかもしれない。この国では子供に関する犯罪は全て重罪だが、ココの身元が明らかになっていない事で辛うじて起訴か否かの境界線に立っている。そんな状況で私がこれほどの事件を起こしたのだ、もはや言い逃れなど出来やしない。
 報道カメラに晒される事へ焼かれるような苦痛を感じながら、私はただココを自分の背中側へ押し込めて庇い続けた。具体的にそんな事をしてどれほどの効果があるのか分からなかったが、ただひたすら、自分が盾にならなければ、という妄執めいた信念に突き動かされていた。
『たった今、事件の詳しい経緯が入ってきました。鷹ノ宮容疑者の所有機ラムダは、午後六時過ぎに収容されていた研究棟から脱走、その際には本事件の被害者である十代前半の子供を伴っています。事件に気づいたテレジアグループの総括補佐官のビスマルク氏は最新モデルの試作型であるアスラ部隊を投入し鎮圧を試みましたが、どういう訳かそのアスラ部隊はテレジアグループの総帥であるミレンダ=テレジア氏の所有機、かの有名な戦闘型ロボットのシヴァによって壊滅させられてしまいまったそうです。あの、シヴァにです! かつてから鷹ノ宮容疑者とミレンダ=テレジア氏の交友関係は事件との関連があるのではと取り沙汰されて参りましたが、今回のシヴァの行動を見る限りどうやら二人は共犯関係にあるのは間違いない模様です!』
 そして、私がこういった形で報道される事がもう一つの弊害を引き起こす。マスターとの友人関係にあるテレジア女史が必然的にマスターの共犯者として扱われてしまう事だ。私にとってプライオリティの最も高い要素はマスターではあるが、それは決してそれ以外を反故に出来るという意味ではない。マスターだけでなく、テレジア女史もシヴァも、当然ココも、私にとっては大切な存在なのだ。その中の誰か一人でも欠けてしまったら、自分の思う平穏な日常は成立しない。だから、自らその秩序を汚すような行いを、私の大切な存在を私の手で傷つけてしまう事が無念でならなかった。
 と。
『あっ! たった今、衛国総省が到着した模様です! 対戦闘型ロボットのスペシャルチーム、カオスです!』
『先月、大手銀行のスターリングバンク本社を襲撃したアートウェアグループ社の最新機種『メタトロン』を僅か三十分で破壊したのは皆様の御記憶にも新しい事でしょう! その通り、我々にはまだ彼らがいます! 人質の命運は、今彼らに託されようとしています!』
 東側から一直線に向かってくるのは、私の記録内にもある衛国総省直属の特殊部隊カオスの武装ヘリだった。各メディアのヘリは彼らに空域を譲り南北へ陣を移す。けれど相変わらず報道カメラはこちらへ向けられたままで、レポーターの過剰なまでに熱心な弁舌も続いている。報道規制がかけられていないのだろうか、と疑問に思ったが、そもそも規制を敷くには既に遅過ぎるし、ビスマルク氏の立場からしてもむしろ事件を大々的に報道してもらった方がありがたいのだ。
 衛国総省の武装ヘリからワイヤーが垂れ、そこから滑り落ちてくるカオスの隊員達があっという間に屋上へ包囲網を築き上げた。こちらが言葉を発する事も出来ずにいるのに、彼らはまるで機械のような一糸乱れぬ機敏さで、一斉にこちらへアサルトライフルの銃口を向けた。
 カオスチームは全て生身の人間で編成されているのだが、いずれも戦闘型ロボットと対等に渡り合えるほどの訓練を受けたプロフェッショナルだ。そしてその装備も衛国総省の直属だけあって、通常なら警察でも携帯を禁止されるような高出力兵器を無制限に使用出来る。今、彼らの手に構えられているのはアサルトライフルだけだが、形状から推測するに飛び出してくる弾丸は単なる四十二口径ではない。そもそもそんな大口径のアサルトライフルなど市販されていないし、支給される弾丸も同様に戦闘型ロボットの強固な外殻にも対応出来るよう考案された特別性のものだ。彼らが過去に相手にしてきた戦闘型ロボットはいずれも実力は確かな機体ばかりであり、その実績がカオスの実力の何よりも証明している。今、本当に危険な立場なのは私なのだ。けれど、それは誰も分かってはくれない。テレビ画面に映る私は、子供を人質に取った狂ったロボットでしかないからだ。
『カオスが犯人を取り囲みました! これからいよいよどのような救出劇が繰り広げられるのでしょうか! 我々はこのまま現場の実況を続けながら見守りたいと思います!』
 メディアの勝手な煽り文句など、意に介したくは無かった。
 報道とは構成して流す情報であって、視聴者の感情を刺激するためだけのソースだ。そこから真実を汲み取れる人間は極めて稀だ。要するに、一度メディアを通した情報は既に真実ではないのだ。
 それを理解していながら、私は酷く腹立たしくてならなかった。私はマスターを侮辱する存在は許さないが、私の人格を否定する事については、悲しいとは思っても怒りの感情までは抱かなかった。けれど、今初めて、自分を刺激的な犯罪者に仕立て上げようとするやり方にはっきりと怒りの念が込み上げて来た。私事で感情的になるなんて初めてではないのだろうか。それほど、私は彼らの無軌道なやり方に我慢がならなかった。
「犯人に告ぐ! おとなしく投降すればこちらは危害は加えない!」
 カオスチームの一人からそうテンプレートな交渉が持ちかけられる。
 果たしてそうなのだろうか。私はお決まりの交渉にむしろ疑念を抱いた。
 考えてみれば、ココの存在はビスマルク氏にとってのアキレス腱だ。ココとの繋がりが発覚すれば、芋蔓式に過去の悪事や今回の黒幕として暗躍していた事が知れ渡ってしまうのだ。この状況でもココを消そうという目的は未だ諦めてはいないはず。それに、今こうしている間にもどこでココを狙っているのかも分からないのだ。今ココが死んでしまったらその容疑は即座に私へ向けられるのが極自然で妥当な流れなのだから、ココを守るにはたとえ彼らが事情を知らなくとも、交渉には一切応じない事が賢明なのだ。自ら自由を束縛してはならない。
「私は投降しません! こちらに要求を通したいのであれば、まずはあなた達とマスコミ各社をこの場から撤退させて下さい!」
 私は徹底して抗戦の構えを示した。しかし、その態度は彼らにとってむしろ私が好戦姿勢を見せている事にしかならず、ますます彼らの緊張感を煽る事にしかならない。それに、私の要求が決して彼らに受け入れられる事は無いことも理解している。通常、立てこもり事件の時にはネゴシエーターと呼ばれる交渉役の人間が犯人との交渉を行うものだが、カオスはロボットだけを相手にするチームであるため交渉など一切行わない。つまり今の呼びかけも所詮は形式的なものなのだ。あわよくば、その程度の脅迫に屈する相手ならばそれに越した事は無い、というものである。
『皆さん、お聞きになられたでしょうか! 犯人はカオスの投降要求を断固として拒絶する構えを見せております!』
『人質となった子供は辛うじて無事な模様ですが、いつ襲われるのか分からない非常に危険な状況です。カオスの今後の出方が非常に気になる所であります』
 そして、私の反応を逐一大げさに報道するマスコミ各社。私はマスターがどうしてあれほどメディアを毛嫌いしていたのか、本質的に理解したような気がした。確固たる信念を持ったジャーナリストは確かにいるだろう。けれど、ほとんどのジャーナリストは、報道の自由を盾に他人のプライバシーを切り売りするゴシップ程度の行為を報道と呼称しているにしか過ぎないのだ。マスターはそんな誇りも理念も無い低俗な行為を平然と行える存在を毛嫌いし、日頃から拒絶していたのである。
 私もそんな行為を自分に向けられたら拒絶感がひしひしと込み上げてくるのが分かった。自分を話のモノダネにしようとする、まるで商品を扱うような非人道的扱いが、私のエモーションシステムに拒否感を示させるのである。



TO BE CONTINUED...