BACK

 意味がありそうで全く無い、そんな上辺だけの会話を続けるのは不思議な感覚だった。
 あれから二十分余りが経過した。マスコミ陣は更に数を増やし報道合戦は白熱するものの、一向に進展を見せない状況に中弛みのようなものを感じ始めてきている。カオス側にも私にも動きが見られない以上はただじっと静観するしかないのだが、それも長引いて行けば視聴者が退屈しているのではという焦りが生じ、現場以外のスタッフがデータを集めに奔走せざるを得なくなる。
「何か欲しいものはないかな? 夕食がまだなら食事を用意しよう」
「私はロボットですから、食事は必要ありません」
「いや、君ではなくてその子が。この近くに、チェーン店ではないピザ屋があってね。自然食品を材料にこだわっているが配達は一切しない変わった店なんだ」
 いつまでこんな会話を続けなければならないのか。
 乗ったのは自分だったが、正直いい加減変化の無い状況に苛立ちを覚え始めてきた。もしかすると私はからかわれているのではないのだろうか。または本当に奇襲攻撃の機会を窺っているのか。そんな疑いの念が少しずつ湧き上がり、些細な言葉の隅に滲み出して来る。自分でもそれは印象を悪くする行為なので気をつけたいのだけれど、気持ちはどうしても苛立ちの方向へ向かって仕方が無い。
 彼もまた、私のそんな様子に勘付いているようだった。どことなく表情にくっきりと刻まれた皺が焦りと深刻を現しているかのように見える。けれど彼の心理までをも気遣う必要性は私には無い。ただただ、表面上の言葉を交わしながら視線で見せる非難の色を少しずつ強めていく。
「そうだ、もし良ければ君の所有者である鷹ノ宮氏と電話連絡を取り次ごうか?」
「私には自前のホットラインがあります。ネットワークの規制を解除し、マスターに通信機器を与えて下さればそれで済む事です」
「彼女は今、公安の権限で拘束されているためあらゆる外部情報から遮断された状況下にいる。我々にはそこへ介入するだけの強力な権限は持たされていない」
「ならば、これ以上の言及は必要ありません」
 自分の言葉に棘が出てきた。
 彼があれこれと模索して投げてくる話題を、私が自ら継続の困難な受け答えをしている。何故、私は覚悟を決めておきながら今更協力しようとしないのか。矛盾した自らの行動に疑問を持つと、ただでさえ鈍重な口が一層寡黙になる。喋りたい、協力したい、そんな意思はある。だけど、目的と結果がまるで伴っていない以上は意欲がどうしても湧かないのだ。たとえ現状が途中過程であったとしても、開始時と全く進展していないのなら私でなくとも納得しないはず。ロボットと言えど、思考能力も精神構造も限りなく人間に近いのだから。
 と。
「ラムダ、あれ!」
 ココが声をあげると同時に、私の聴覚素子がこの場へ向かって来る新たな異音を捕らえた。
 その正体を私は即座に理解する事が出来た。ここ一時間の間にもう何度も聞いている、ヘリコプターの駆動音と全くパターンが同じだったからである。
 すぐさまマスコミ陣はヘリに反応し、待機していたリポーターやカメラマンが報道体勢に入る。すると、まるで火のついたように再び周囲が騒ぎ始めた。
『また別なヘリが現れましたが……なんと! あれは、テレジアグループのマークです! テレジアグループの公用ヘリです!』
『今回の事件にテレジアグループ総帥のミレンダ=テレジア氏が関与している事は既にお伝えしましたが、ヘリに乗っているのは一体誰なのでしょうか? ミレンダ=テレジア氏は現在、身柄を拘束されているそうですが』
 どうしてテレジアグループのヘリがこの場へやって来たのか。
 私はその事実だけでなく、カオスのヘリがテレジアグループのヘリに対して空域を譲っている事にも驚きはせず、どこか淡々と諦観していた。どうして衛国総省が事件の現場にテレジアグループのヘリを通すのか。それは、衛国総省がテレジアグループと少なからず何らかの談合により協力関係にあるからだ。そして私は、テレジアグループに限りその主謀者を知っている。
 テレジアグループのヘリは屋上の縁へ横付けると、そこから人影が三つ、左右が中央の人物を支えるような形で降りてきた。ヘリのライトが三人を照らし出すと、それは案の定アスラを連れたビスマルク氏だった。ビスマルク氏は着地の際に乱れた衣服を整えるなり、すぐさまカオスが築く包囲網に向かって歩み寄ってきた。傍から見れば明らかに異常な光景だ。アスラを連れているとはいえ、事件の現場に一般人が介入してくるのはあまりに常識に欠けた行為だからである。
「ちょっと待っていてくれ給え」
 マイケル=グランフォードと名乗った彼は、最初に見せた現状維持を意味するサインを配せると踵を返してビスマルク氏への元へ急いだ。すると、ビスマルク氏は露骨にそんな彼を嫌悪するような侮蔑の眼差しを浮かべて見せた。
「どうしたのかね? 今更交渉などやっている場合ではないはずだ。戦力が整っているなら早急に攻撃し給え」
「これが我々のやり方です。それよりも現場は危険ですので避難下さい」
「セミメタル症候群のロボットに交渉を行う事自体が馬鹿げていると言っているのだ。あのロボットの危険性は既に分かっているだろうに。被害が広がる前に破壊してしまうのだ」
「人質の救出が最優先です。下手に手を出してしまえばあの子の命が保証出来ません。そして我々は、そのための最善策を知っています」
 攻撃の姿勢を見せるビスマルク氏に対し、頑として交渉の継続を譲らない彼。それは常識的に考えた人質を優先する選択であり、どこの国でもそうするのが当たり前だ。むしろ、それに対してこうも粘着質に攻撃を唱えるビスマルク氏の方が傍から見て異常である。明らかにココを始末しようという魂胆が見え見えだ。
「だから私の出る幕では無いと? よろしい、では好きにさせて貰おうか。あの旧型の始末など、このアスラが居ればあっという間に終わる」
「正気ですか!? そんな事をしたら、刑事責任を問われるだけでは済まないぐらいあなたなら分かっているはずだ!」
「カオスの首など、私の気持ち一つでどうとでも挿げ替えられる事を忘れるな」
 激高する彼にそう凄んでみせるビスマルク氏。彼は小さく唸り声を上げ息を飲んで言葉を詰まらせる。それはビスマルク氏の言葉が決してただの脅しではない事を知っている人間の反応だった。やはりビスマルク氏は、衛国総省に対して多少の影響力を持っているのは確かなようである。
 それにしても何て大胆なのだろうか。ここでの会話は少なくとも私は認識出来るが、おそらく報道陣はヘリの駆動音に阻まれて全く聞こえていないだろう。カメラの前で堂々と脅しをかけるなんて、よほど自らに自信が無ければ無理だ。しかもビスマルク氏はそれに副うだけの実力も持っているのだから性質が悪い。
 だが、ビスマルク氏は本気でアスラを私にけしかけようとしているのだろうか。確かに、戦闘のどさくさにココを巻き込めば証拠隠滅を兼ねて始末をつけられると考えるのは自然な発想だ。だがここには多くのメディアが控えているし、カオス隊員の目の前で人死にを出せば後々責任を追及される。今まで全く自らの正体を知られぬよう慎重に立ち回ってきたビスマルク氏が、不利な証拠となる要素がこれほど揃った状況でわざわざリスクの高い手段を使うとは思えない。仮にカオスへ圧力をかける事が出来たとしても、メディアにまで報道規制をかけることはほぼ不可能だ。第一、ここで行われる事は全てリアルタイムで世界中に送信されているのだ。ビスマルク氏がそこまで考えていないはずがないのだけれど、もしも激昂するあまりそこまで考えが回っていなかったとしたら非常に事態は深刻だ。さすがにカオスが一個人の暴走など許すはずはないのだが、カオスがどこまでビスマルク氏の裏の顔を知っているのかにも状況は拠る。やはりココを守れるのは私しかいない。
「あなたは間違っています。冷静に考えて下さい。今この場で、最も優先されるのは子供の命です。徒に犯人を刺激するのは賢いやり方ではありません」
「子供一人と、未曾有の大被害の芽と天秤にかけても同じ事を言えるのかね? 人の上に立つ者は、それを強いられる立場でもある事を忘れるな」
 どうあっても武力介入をしようというビスマルク氏を、彼は何とか食い止めようと必死で頑張っている。その光景に私は、彼を疑っていた自分を恥ずかしく思った。彼が一体誰の命令であんな行動を取っていたのかは分からないが、板挟みになっていても最後まで遂行しようという信念を曲げていなかった。けれど私はそんな彼をより苦しめていただけにしか過ぎないのだ。人を信じられないなんて、そんな自分を深く恥じ入った。
 今のやり取りで私は、ビスマルク氏が既に冷静な思考能力を失っている事を確信した。一見すると非常に論理的な考えを述べているように聞こえるが、落ち着いて解釈すれば単に杞憂を拡大解釈して突拍子も無い自己満足の解決策を押し付けているだけにしか過ぎない。いわゆる誇大妄想というものだ。おそらく本人は、自らが理性的な思考能力を失っている事に気づいていないだろう。そしてそれに気づいているマイケル=グランフォード氏は、何としてでも食い止めねばと思っているに違いない。
 ビスマルク氏の本性を知っているからこそ、マイケル=グランフォード氏を助けられるのは私しかいない。けれど、その手段がまるで思いつかない。マイケル=グランフォード氏を含めてカオスが今回の事件の真相を知っている確証は無く、もしも知らないのであれば下手に動いてしまったら容赦なく私は撃たれてしまうだろう。私が機能停止してしまえば、もはやビスマルク氏の策略を暴こうとする者はいなくなるし、ココの命も危うい。そのために何としても生き残らなければならないのだから、そうそう憶測だけで危険な賭けには出られない。
「今ここでアスラの攻撃コードを入力してやろうか? アスラはカオス如きの武装では止められんぞ。手柄を失いたくなければ、すぐさま部下に命令を出せ。全軍突撃、とでもな」
 もはやビスマルク氏は、他の選択肢で妥協させる事は出来ないほど頭が凝り固まってしまっている。このままでは本気でアスラに攻撃コードを送りかねない。先延ばしのしようがないほどギリギリまで進退を迫られてしまった。
 マイケル=グランフォード氏はそっと私の方へ視線を向ける。それは単なる目視なのか私へのサインなのか分からないが、少なくとも私には助けるほど余裕は無い。
 私もいよいよ決断しなければならないのか。
 ぎゅっと握力の残る右手を握り締めた。
 と、その時。
「ん……? あれは……」
 またしても私の聴覚素子が不意に訪れたヘリコプターの駆動音を捉えた。マスコミ陣もすぐその音に反応し、一斉にカメラを聞こえて来る方向へ向け撮影用の照明を向ける。
『またしてもヘリがこちらへ向かって来たようですが、今度のヘリは……どうやら衛国総省のようですが。膠着した現状に増援を要請したのでしょうか?』
『しかし、あれは軍用ではありませんね。非武装機です。一体誰が乗っているのでしょうか?』
 再び現れたヘリには衛国総省のロゴマークがペイントされていたもののカオスのような特定の部隊のシンボルマークは無く、衛国総省のロゴだけしか見当たらなかった。その上、ヘリは装甲こそ頑強に作られているようだが、全く武装している部分が見られない。
 何か不自然な機体だ。
 それによって私はある一つの仮定を導き出した。まさかこのヘリは、衛国総省の公用ヘリなのだろうか?
 だが公用ヘリに搭乗する人物は非常に限られている。私の知る限りでは衛国総省の省長と、そして連合国大統領だけだ。



TO BE CONTINUED...