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『さあ、大統領は一体何のためにこの場へ現れたのでしょうか! まさに注目の大一番です!』
『在職の大統領がこういった現場に現れるのは前代未聞の出来事です。これは再選を意識してのパフォーマンスなのでしょうか』
 熱狂の渦を掻き分けながら颯爽と大統領が向かっていった先は、この事態に誰よりも心を乱しているビスマルク氏の元だった。
 彼の登場を歓迎しているのはマスコミ各社だけであり、露骨に表情を硬化させるモーリス氏は元より、カオスチームの面々もどこか冷めた印象が否めなかった。とりあえず歓迎しているような素振りは見せるものの、その胸中ではきっと任務の邪魔になるだけだから迷惑に思っているに違いない。
 大統領はカメラへのアピールも忘れず、さながら海外訪問のワンシーンを気取っているかのようだった。しかし、もう少し状況を考えてもらいたいと私は思う。ここには親善大使や外交官など居やしない。あるのは凶悪なロボットが暴走し子供を人質に立て篭もっているという深刻な事件だ。本当に、あんな軽装でやって来るなんて一体どういうつもりなのだろうか。自分の立場を弁えるとかそれ以前の問題だ。
 やがてビスマルク氏の真正面に対峙した大統領、その周囲をぐるりと遠目に取り囲むのは全身武装のカオスチーム。そのバリケードを何とか掻い潜ろうと各メディアは激しく詰め寄っていくものの、さすがにカオス隊員を力ずくで退かせる事は不可能のようだった。
 何だか随分と状況が混沌として来た。
 すっかり蚊帳の外へ追いやられてしまった私は、ただただ呆然とその雑然とした様を見ていた。元々、この事件は私とカオスの問題だったはずなのに。それが私とビスマルク氏、ビスマルク氏とカオス、そしてビスマルク氏とモーリス氏の問題となり、そして今の構図はビスマルク氏と連合国大統領の対決姿勢だ。あまりに不可解、不明瞭な展開の連続に私の理解がとても及んでくれない。ただメモリ内にはっきりと残っているのは、待て、という制止の言葉だけだった。
「わざわざ大統領までお越し下さるとは、一体どういう腹積もりですかな?」
「とんだご挨拶だな。どうも大統領になってからというものの、人からの好かれ嫌われが極端になってしまって困る」
 決して和気藹々とした穏やかなものではない雰囲気の言葉が二人の間で交わされる。そんな光景を黙ってみているカオスの表情には大統領を護衛しなければという緊張感があり、反面ビスマルク氏の両隣に立つ二人のアスラは不気味なほどの無表情のまま佇んでいた。
「モーリス殿の話では、私が罪を犯した事を大統領が証明して下さるそうだが? こんな所に来てもつまらん人気取りに終わると思いますがね。これ以上支持率を落とすのも、素人判断ながら如何なものかと」
「パフォーマンスのつもりは一切ないよ。私とて、伊達や酔狂でこんな所までわざわざやってきた訳ではない。私の目的はただ一つ、この国で裁かれるべき者が裁かれないような理不尽を根絶したいだけだ」
 そう言って大統領は、徐に自らの頭上へ己の右腕を掲げた。
 その手に示されていたのは、一本のメモリスティックだった。人間の視力では見えないほど小さなロゴラベルも消されてはいたが、ごくありふれたどこでも手に入るような普通のスティックである。シックで高級感のあるカラーリングからして、おそらくテレジアグループ製のものだろう。
「ここには君が犯した犯罪の告白が記録されている。それも克明にだ」
 大統領は神妙な面持ちで自信たっぷりにそう宣言した。否が応にも一同の注目はそのメモリスティックへ集められる。一体その中にはどんなものは記録されているのか、私でさえも興味をそそられるものである。
 周囲にどよめきが走り、すぐさま口々に記録内容とその公開が求める声が飛び交った。そんな言葉の雨を大統領は相変わらずにこやかな笑顔で受け止めながら、カオスの間を縫うように向けられたカメラに向かってアピールを続ける。
「馬鹿な! そんなものはデタラメだ! ありもしないものを、一国の大統領がでっち上げるとでも言うのか!?」
「これは捏造でもなんでもない。君とは押し問答をするつもりはないのだ、どれ、偽物ではないと証明してみようか。君はそれを望んでいるのだろう?」
 大統領は胸ポケットから万年筆ほどの携帯プレイヤーを取り出すと、それにメモリスティックを差し込むようにセットした。
 確かあれは、昨年末にテレジアグループが発売した、世界最小のモバイルメディアだ。これまでのプレイヤーは、受信と再生、録音程度の機能しか持っていないのだが、モバイルメディアとは予め決められた範囲内で自らのコンテンツを送信する事が出来る、早い話が小型のテレビ局なのだ。あくまで個人の趣味レベルのものではあるが、知的財産権や電波法等、様々な問題や手続きがあるため購入が難しく一般にはそれほど浸透はしていない。ここ最近では、これを利用して学生達が様々なイベントを行うようになっているぐらいだ。
「報道陣諸君、これからチャンネル81を開放する。自由にしたまえ」
 私はすぐさま自らの通信機能を使い、大統領のモバイルメディアから発信される情報の受信を試みた。チャンネルは81に合わせると、早速その映像は私のメモリ内に流れ込んで来た。思っていたよりも解像度は良く、ノイズフィルターの必要性は無かった。
『その子供は、私がかつて前総帥にも極秘で行っていた研究の一部です。しかし行き詰まりを感じたため凍結したはずなのですが、何故か先日、忽然と姿を消しましてね。慌てて調べてみれば、どういう訳か現総帥の親友である鷹ノ宮女史の元へ身を寄せているではありませんか。そこで私は、今回の計画を思いついたのですよ』
『じゃあ、マスターの家を襲撃したり、テレビ局を煽ったりしたのも、全てあなたが? けど、あなたはマスターに恨みなど無いはずです』
 この映像は……!
 私は流れて来たその映像に思わず愕然としてしまった。それは、つい先程までこの敷地内で起こっていた、私とビスマルク氏のやり取りだったからである。
『ええ。個人的な怨恨はありません。むしろ、私がターゲットにしていたのは、総帥であるあの女ですよ』
『マスターを利用してテレジア女史を失脚させるつもりだったのですか!? スキャンダルを作り出せば、社会的な信用は地に落ちる。総帥のポジションから解任させるのに十分な理由となるから! マスターを犯罪者に仕立て上げ、テレジア女史をその共犯者とし、世間に大々的に報道する。なんて卑怯なやり方を!』
『許せない、とでも? ロボット如きが倫理性にまで口を挟むか。ロボットが幾ら崇高な精神を手に入れたとて、そんなもの、全てまやかしだ。ロボットの感情など、単なるプログラムにしか過ぎない』
 私が自分の姿や声を間違えるはずがない。ましてや、これまでのやり取りは全て私の中に記録されているのだ。比較すればこれが偽物かどうかぐらい、一瞬で判断がつく。しかし、何故。私は未だこの記録を完全に認められずにいた。
「君も見てみたまえ。視聴料は取らないよ。ノンスクランブルだ」
 そう言って、大統領はビスマルク氏に自らの携帯の画面を見せて指さした。ビスマルク氏はぎりっと歯を噛み、舌打ちをしつつも上着の中へ手を入れて自分の携帯を取り出す。そして、その小さな画面を開いた瞬間、唖然と口を開いたかと思うとまるで食い入るように睨みつけ始めた。
「どうかね? 画質は鮮明でそれぞれの顔も確認しやすいと思うのだが」
「嘘だ……こんな馬鹿な」
 ビスマルク氏の顔からさーっと血の気が引いて行くのを私ははっきりと見た。この映像が本物である事を他の誰よりもビスマルク氏自身が理解している表れだ。やはりビスマルク氏の目にもこの映像の真偽は疑いの余地は無いようである。
 しかし、この映像は一体どこから手に入れたのだろうか。
 ビスマルク氏は予め全てのセキュリティログを記録しないように警備には根回しをしていたはず。それなのに、どうしてこんなものがあるのだろうか。
「馬鹿な!? でたらめだ! こんなものが存在するはずがない!」
「しかし、現にこうして存在するのだが。この事実はどう説明するのかね。そもそも、何故存在しないと言い切れるのか聞かせて貰いたいものだ」
「何故、これが捏造か、だと!? こんなものが存在するはずがないからだ! 私は今夜、全てのセキュリティを停止させているのだ! だから存在するはずがない! これはお前が作ったでたらめな映像だ!」
 と。
 ビスマルク氏の口を突いたその言葉に、一斉に周囲が口を開けたまま唖然とし、各々我が耳を疑った。
 その言葉は、もしも真に犯人であるのなら、決して口にしてはいけないものではないのだろうか? それをわざわざ口にするなんて、迂闊などと評する次元ではない。いいやそれとも、他に何か狙いがあって、あえて口にしたのだろうか。
 それぞれの思いが交錯する中、再びマスコミ達の言葉が周囲に降り注いだ。その言葉は全て、ビスマルク氏へ向けられた今の発言に対する真偽の追及だった。
 ようやく自分が頭に血を昇らせるあまり致命的な言葉を吐いてしまった事に気が付いたビスマルク氏は、飛び出そうなほど両目を見開きながら口をひたすらぱくぱくと動かして空気を貪った。あまりに惨めで情けない表情だった。こうも愚かしい姿を見るのは、たとえそれがマスターの仇であっても耐え難い心苦しさがある。
 そして、映像が十分に浸透したと判断した大統領は、モバイルメディアをアクティブのまま胸ポケットに入れ、呆然と佇むビスマルク氏へと歩み寄っていった。
 大統領が口を開く。喧噪の真っ只中にいながらも、何故か大統領の落ち着いた声だけは、はっきりと周囲に響き渡った。
「なるほど、現総帥の言う通りの、とんだ小悪党のようだ。小悪党には相応しい最後を迎える事が出来て私も嬉しいよ」
 そう勝ち誇った笑みを浮かべ勝利宣言する大統領に対し、ビスマルク氏はただただ歯をがちがちと鳴らしながら震えるだけだった。既にその目は反意を失った敗者のものと化していた。これ以上、あのパラノイア的な罵声も耳にする事はなさそうである。
「君が衛国総省に手駒を持っているように、我々もテレジアグループには手駒を持っている。この事態を引き起こした最大の要因は、証拠を記録させないという重要な仕事を、よく素性も調べぬ部下かどうかも分からない人間に任せた事だ。そもそも、少しくらい想像力を働かせば、内通者がグループに一人もいないなんて有り得ない事だと分かるはずだ」
 これが、マイケル=グランフォード氏が待てと言った理由だったのか。
 ようやく事の流れを理解した私は、背筋が冷たくなるような、なんとも比喩し難い衝動に打ち震えた。まさかビスマルク氏の犯してきた犯罪が、これ以上に無い決定的な形で世間に証明されるなんて。しかもそれを成したのが、大統領と衛国総省である。そんな事を誰が想像出来ただろうか。
 マスターは基本的に政治家を嫌っている。私も自然とそれに同調して来たのだけれど、今この瞬間ばかりは、その概念に揺らぎを覚えずにはいられなかった。



TO BE CONTINUED...