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「なに?」
「私はあなたに従うつもりは無いと言ったのです!」
 さすがに大統領は驚きを隠せないといった困惑の表情を浮かべた。きっと、私に拒絶されるとは思っても見なかったのだろう。自分は救世主である訳だから人間なら手放しで感謝するだろうし、まして人間に柔順なロボットなら尚更拒絶する理由がない。一般的な見解ならその通りだが、私は知りながらもあえて拒絶した。帰順しようとするロボットの本能よりも強い意志が私の中にあるからである。
「君は勘違いをしているようだ。私は君達の敵ではなく味方だ。だからこうして助けに来たんだ」
「私は行きません! 私は、あなたを信用していないのですから!」
 それは自分でも驚くべき言葉だった。セミメタル症候群の症状が悪化しているのではないかという不安すら感じた。けれど、自分の主張だけは絶対に曲げたくなかった。今、目の前にいる人間は、私達ロボットの共通の敵なのだ。
『なんということでしょう、まだ事件は結末を迎えた訳ではありませんでした! 大統領の賞賛を受けた鷹ノ宮容疑者の所有機ラムダは、子供を解放する事を拒否しました!』
 違う、そういう意味じゃない。
 けれど、マスコミが事実を捻じ曲げて報道するのは今に始まった事ではなく、いちいち相手になどしていられなかった。今は私が私の主張をありのままに発するだけだ。
「君がこれまで幾度と無く悪党共に騙され、それでもその子を守り続けてきたという事を私も知っている。しかし、私は悪党ではない。君を騙す意図などこれっぽっちも持っていない。考えてみたまえ。これだけの報道陣を前に、一国の大統領が平然と嘘をつけると思うかね?」
 如何にも善人ぶった、押し付けがましい質問。自らの望む返答を強要している態度である。だから私はそれに対して即答した。
「つけます! あなたはそういう人間だ! そうでもしなければ、大統領になんてなれるはずがない!」
 私は普段、決して自分を前面に押し出し強く自己主張をしたりはしない。ロボットは基本的に人間から情報を求められる事はあっても意見を求められる事はないからだ。それに、私はそうあるように性格設定がなされている。つまり私には自己主張を自発的に行うという概念が無いのだ。
 けれど、今の私はそんな普段がまるで嘘であるかのように、次々と強い口調で言葉を並べ続けている。これほど頻繁に口を開き言葉を発し続けるのは初めての事だ。口火を切った以上、私は途中で止まることは出来ずただブレーキを見失って言葉を続ける。
「あなたは今の地位を手に入れるため、幾つものロボットを利用して来た! それが同じロボットとして許せない! だから私はあなたを信用しない!」
 大統領は政治活動を行う以前はメディアで名を馳せた敏腕プロモーターだった時期がある。その当時、彼が最も力を注いでいたのが人間型ロボットを使った大規模な興行だ。しかもそれは、ロボットへの理解を深めるための啓蒙活動と銘を打ったロボット同士の殺し合いである。メタルオリンピアの件もあり、私にはそれが何よりも許せなかった。そういった興行に需要がある事も悲しい事実だが、私は需要側よりも供給する側にこそモラルを問うべきだと思う。ロボットは人工物であるが、感情を与えられたロボットには魂がある。それを頭ごなしに否定し蹂躙するような行為を見世物にしてきたなんて、私には到底許せるものではない。そんな経緯を踏まえ、元々ロボットに対する情愛の無い人間の言う言葉なのだ、ロボットである私が信じられるはずがない。
 それに、あの慎重なビスマルク氏の事だから、まだ伏兵をどこかに忍ばせていないとも限らない。大統領だってそうだ。ビスマルク氏と繋がりはないかもしれないが、ココの生い立ちを知っている以上はすんなりと言葉通りの保護をするとは思えない。ビスマルク氏の行っていた研究は人道的に非常に大きな問題があり、しかも衛国総省との繋がりがあったことが明るみになれば、政府そのものが非難の矢面に晒されかねない。そうなれば一番責任を追及されるのは大統領だ。未だ事件の全貌までは明るみには出ておいない。大統領の根回しによって記録された庭内のセキュリティログにはビスマルク氏の発言も記録されているだろうが、押さえているのは大統領自身であるためそれが公開される事はまずないだろう。唯一の証拠となるのはココの存在のみである。つまり、ココさえいなくなれば大統領は自分の立場が脅かされる事はないのだ。
 冷静な副視野はそう理由をつけるものの、既に私はどちらが後付けの理由なのか分からなくなっていた。大統領がビスマルク氏に噛んでいない証拠はなく、ましてや元から信用に足る人物でも無い。そう自分の反抗を説明してみるけれど、実際はほとんど衝動的なものに近い。
「それは……そうだな」
 見る間に口数を失ってしまう大統領。表情から笑みは失せ、緊の一文字だけが厳しく浮かび上がっている。私の言葉が大統領を追い詰めている事は分かった。嫌いな相手に、自らの敵に一矢報いた実感はあった。けれど、やはり込み上げて来るのは嬉しさでも達成感でもなく、ただ漠然とした不快感だった。
 やはり、元々自分に合っていない事をするべきではなかったのかもしれない。饒舌に弁論を繰り広げる事を好まないのであれば、あくまで沈黙に徹するべきだったのだ。この違和感と不快感は、私が衝動的に起こした無理のある行為に原因がある。
 ロボットの恨み節なんてどれほどの力があるのか。
 少なくとも、目の前の男性、この国の大統領の手を焼く事は出来た。しかし、その後は一体どうなるのか。これを機に、世界中のロボットが一斉蜂起したとしても、それはそれでロボットを憎む理由が一つ生まれる事になる訳だから、私にとって不本意な事だ。
 すると、
「君の言う通りだ。これまで、私は君達ロボットを幾つも踏み台にして、ここまでのし上がって来た。実を言えば、私はロボットが嫌いだった。ロボットは人間とそっくりだが人間以上に人間らしく、そして人間以上に人間の心を掴むからだ。だからあんな興行を推し進めてきた。まるで自分の怒りをぶつけるかのように。けれど私は、踏み台にされたロボット達を一度も顧みる事がなかった訳でもないのだよ」
 神妙な面持ちで、これまでとは打って変わってトーンを落とした大統領。顔に笑みは無く、代わりに深い深刻の皺が刻み込まれている。
 まさか、これまでずっと自分の過去を悔やんで来たとでも言うのだろうか。けれど普通に考えてみれば、この状況でわざわざ私を挑発するような言葉を使うはずがない。これはお決まりのパフォーマンスだ。何とか私の頑なを崩そうとしているだけなのだ。そうに決まっている。
「私が信用出来ないというのも無理は無い。本当に後悔しているのなら、ロボット達の事をもっと考えて政策に盛り込むべきなのだから。だが、私が考えなくてはいけない事はあまりに多過ぎるのだ。何より優先して考えなくてはならないのは、国民の生活に直結した事だ。一国の大統領である以上、私事は二の次三の次にしなくてはいけない。それが私の責務なのだ。もっとも、日常生活にこれほど密着している君達をないがしろにするなんておかしな事ではあるのだけれど」
 そうだ、その通りだ。ロボットが日常生活にとって非常に重要な存在であるのなら、何故こうも長い間、何の保護も与えずないがしろにし続けて来たのか。
 私にはその矛盾が到底理解出来ないと思った。やらなければいけないと思うのなら、何故やらないのか。この国にたった一人だけの大統領に与えられた数々の特権は一体何のためのものなのか。大統領は出来なかった訳じゃない。やらなかっただけなのだ。怠慢を説明する言葉なんて存在もしないのだから。
「君は不思議なロボットだ。感情を持ったロボットは珍しくは無いけれど、ここまで自分の意思を明確に持ったロボットは初めてだ。是非、教えて欲しい。何故、君はそうも頑なな生き方が出来るのか」
 私の生き方。
 メモリ内に飛び込んで来た言葉に、私はしばし思考を巡らせた。
「私は……」
 ふと私は、大統領が、生き方、という言葉を使った事に気が付いた。私が存在する事を人間のそれと同じように見てくれているのだろうか?
「私は、自分が正しいと思った事を曲げたくはないだけです。私の存在意義は人間に尽くす事、けれど、それだけで帰結出来ない事もあるのです。だから私は、自分の意見を持ちたい。自分で考えて動きたい。そう思うのです」
「私とは対照的な生き方だ。私は自分のためなら誰にでも嘘をついてきた。波間を漂う木片のようにね。けれど、それが最も自分のためにならなかったのだろう。いつの間にか、自分を見失っていたよ」
 自虐的な笑みをこぼす大統領。不思議とその表情に引き付けられた私は、自分の中に渦巻く不信の念が融解していくような気がした。マスターはどんな人間の意見も一度は聞けと私に仰った。だから私は誰の意見も平等に聞くように普段から心がけていて、大統領の場合もそれは例外ではなかった。初めて大統領の言葉を真っ向から聞いて、私の中で何か感ずるものがあったのだと思う。これまで触れた事の無かったものに触れるという発見が、その気持ちを余計に掻き立てるのだ。
「今すぐ私を心から信じろとは言わない。だが、今だけは私を信じて欲しい。一つ現実的な話をしよう。君がセミメタル症候群である事は周知の事実だ。これ以上事態の進展が停滞するなら、私は国家保安法に基づき君を処分しなければなくなる。それは分かるね?」
 ゆっくりと頷き返す。
 たとえ激昂していても、私は自分の立場までを忘れたりはしない。今の私は犯罪を犯した危険なロボットなのだ。大統領の言い分はもっともである。
「私は君を傷つける事も、リトルレディを君の本意に反する扱いも決してしない。決してだ。だからこの場だけは私に譲ってはくれないだろうか?」
 大統領が私に懇願している。ロボットに人間が、それもただの人間ではなく、この国で最高の権力を持った人間が、ロボットに対して懇願しているのだ。
 この事実をどう受け止めるべきなのか私は悩んだ。これが果たして本心から来る言葉なのだろうか、と。もしも偽りの無い本心であれば彼の願いを聞き入れても良いと思う。しかし、もしもマスコミを意識した泣き落としだったとしたら。無論、投降した私はともかくココの身の安全は保証されないものと考えるのが妥当だ。その上、彼は事件を解決した英雄であるかのようにマスコミには扱われる。
 重要なのは、彼はロボットをただの道具のようにしか思っていなかった時期が確かにあったという事だ。今はどうあるのか、その本心までは窺い知れない。
「証拠を……あなたが、ただのロボットである私との約束を守る証拠を示して下さい」
 限りなく大統領への疑いは強く私に根付いている。けれど、私は少しずつ譲歩しなければならなかった。どちらにしても私は大統領に従わなければならない。もしも強攻策を取られでもしたら確実にココを守る事が出来ないのだ。だから私に出来る事と言えば、譲歩する意思を見せつつも交渉によって出来る限りこちらに有利な条件を承諾させる事である。だが、きっと交渉は難航する。大統領も世論を考えれば強攻策は出来るだけ取りたくは無いはず。しかし、決して切れないカードでもないのだ。無理にこちらの条件を飲む必然性がほとんどないのである。
 しかし。
「分かった。ならば君だけとは言わず、全世界中に提示しよう」
 意外なほどあっさり答えた大統領は、その場でと振り返り自らをカメラの前に晒した。
「連合国大統領としてここに宣言しよう。このロボット、ラムダは私達の友人だ。私が保証する。そして、ラムダのこれまでの功績はロボットと言えど讃えなければならないほど素晴らしいものである。よって現時刻を持ち、ラムダの生みの親でもある鷹ノ宮氏に特赦を与えるものとする」
 特赦。
 それはつまり、現在マスターにかけられている容疑を全て取り消し、釈放するという事なのだろうか? 確かに大統領にはそれだけの権限はある。しかし、特赦とはそうそう気軽に出せるものではない。一歩間違えば、自分自身の倫理観を問われ政治生命を縮める事に繋がるからだ。
「特赦という事は、鷹ノ宮容疑者を放免するという事ですか!?」
「これまで特赦を行使した大統領は三代前のフィッツガラルド元大統領以来となりますが、本当に無罪とするのでしょうか? 国民が納得し指示するとお考えに?」
「バーナード=ベーカーの名において二言は無い。諸所の理由は改めて会見の場を設けて説明しよう。今この場で私が言える事は二つ、鷹ノ宮氏に特赦を与える事、そしてラムダは私の友人となったという事だけだ」
「しかし、あのロボットはセミメタル症候群ですよ!? あまりに危険ではないのでしょうか! 大統領の危機意識を問われるとはお思いになりませんか!?」
 毅然とした態度で言い放つ大統領。その声は集音機の必要が無いほどはっきり周囲へ響き渡った。それでもマスコミが納得するはずもなく、尚も堰を切ったように質問の雨を浴びせかけ一歩でも近く詰め寄ろうとする。しかし、すぐさまカオスが人垣を築き大統領への接触を防いだ。
 私は唖然としながらその様を見つめていた。私にとっては理想的で、大統領にとっては最も承諾したくはなかったはずの要求を、目の前で叶えられてしまったからである。
 何故、大統領はあえてこれを選択したのだろうか。そんな事をした所で、大統領には何のメリットも無いというのに。それとも、あの後悔の念は演技でもなく、紛れも無い本音だったと言うのか。人間は生涯をかけてもそれほど大きく変質する事は無い。それを彼は、己の業を深く深く悔やんだ事で心を入れ替えたのか。
「さあ、来たまえ」
 にこやかに微笑みながら右手を差し出す大統領。
 いつの間にか、彼の表情から作り物臭さを感じる事が無くなっていた。この人は本当に私の事を考えて苦心してくれている。そう信じても良いのかもしれないという、少し前までは絶対に有り得なかった感情、大統領の人格を許し認めようという気持ちが俄かに溢れ出てきた。
 私は深く思慮する事をやめた。
 私と彼との物理的距離はまだ長くある。けれど差し出されたその右手を取るように、自分の右手をそっと差し伸べた。



TO BE CONTINUED...