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 夜。
 俺は村からさほど離れていない野原で一人、野太刀を振り続けていた。村は領主から派遣された治安部隊に守られ夜間外出は禁止されているのだが、村の地理については俺の方がずっと詳しいし、大人も知らない外への抜け口は幾つも知っている。
 目標は二十歩離れた小岩の上に立つ薪木。俺は手にした野太刀を構えいつものように切断のイメージを描いた。ただひたすらイメージを鋭く研ぎ澄ませ、実体の存在しないイメージがあたかも存在しているかのように現実との境目をぼやけさせる。それが出来た瞬間、俺は野太刀を振り放った。鋭い衝撃が見えない刃となって空気を切り裂き、真っ直ぐ薪木へと襲い掛かる。その直後、見えない刃はまるで紙を切るかのように薪木を斜めに寸断し更に後ろへと突き抜けて消えた。
「まだ、こんなもんだよな……」
 薪木が両断されたのを確認した俺だったが、いつものように満足感を得られるどころか、むしろ苛立ちさえ覚えていた。避難所に居る間は勝手な外出も出来なかったため魔法の特訓はしていなかったのだが、こうして確かめた所は一応衰えてはいないようである。しかし、衰えていないだけで成長の片鱗がまるで見られない。
 俺は、この力は人とは違う何かを達成するためのものだと思っている。そしてまず最初に行うべきなのが、この山に棲む鬼の討伐だ。鬼の討伐は、昔たった一人で戦って死んだ祖父さんの敵討ちと、俺自身が勇者として大成する第一歩目と、二つの重要な意味がある。
 客観的に見て、今の俺の力で鬼を倒すのは正直厳しいと思う。だからもう少し力を付けてからと比較的のんびりしたスタンスでいたのだが、その状況は大きく変化した。鬼が何年かぶりに山を下って村を襲ったが、この事実を領主が予想外に重く受け止めてしまったのだ。半月もすれば精鋭ばかりで編成された討伐部隊が送り込まれる。鬼はこの討伐部隊によって間違いなく討伐されてしまうだろう。鬼は確かに恐ろしい強さを持っているが、必ずしも人間が負けるとは限らないし、俺自身もそこまで人間を過小評価はしていない。正規の戦闘訓練を積んだ人間が戦術を用いて戦うのだから、単独で本能のままに暴れる鬼に勝ち目は無いと思うのが普通だ。それに、確実な勝算がなければ領主もわざわざ人員を送り込んだりはしない。
 俺は焦っていた。このままでは討伐部隊に先を越されてしまうからである。
 漠然と引いていた鬼との決着の日取りが、ここに来て急に半月後と定められてしまったのだ。だからそれまでに鬼を倒せると確証出来るだけ魔法を磨かなくてはいけない。出来るかどうかではなく、やらなければならない。そんな精神論を掲げて現実の問題を焦点から外すのだが、それでもやはり厳しい状況に置かれているという苦い気持ちは変えられない。
 祖父さんの仇を、討伐部隊などに獲られる訳にはいかない。そのためにはもっと力が必要だ。相対的でもいい、とにかく今はあの鬼を倒せるぐらいの力だ。
 再び小岩の上に薪木を置き、二十歩離れた位置から野太刀を構えて精神を集中する。脳裏に描くイメージは、鋭く切り裂き走る見えない刃だ。刃をあたかも現実に存在しているかのように錯覚するほどリアルに思い描き、現実との境界線を朧にする。そしてイメージが固まった瞬間に構えた野太刀を振り放つのだ。
 ちょっと待て。
 ある事に気が付いた俺は、振り抜きかけた野太刀を止めて描いていたイメージを払った。
 こうやって毎日同じ事をひたすら繰り返しても、今以上の進歩はしないのではないだろうか。そう、もうずっと長い間このレベルから上にも下にも俺は行っていない。もはや俺には無意味なのだから、特訓方法を変えなければいけない。しかし、変えなければならないのならばどのような訓練をすればいいのか、まるで見当もつかない。元々俺は我流で魔法の訓練をして来たのだから、これ以上の訓練方法を他に知らないのだ。
 野太刀を収めて草むらへ腰を下ろし、頭を抱えながらじっと悩みふけった。悩む事は必然だった。俺は出来る限り早急に前へと進まなければいけない。にも関わらず、目の前にはぽっかりと深く巨大な谷が横たわっているのだ。渡りたくても渡れない、飛び越えるなんてもっと出来ない、そういうどうしようもない状況のせいで足止めを食う事は、この上無い苛立ちを俺に感じさせた。
「……待てよ、そうだ」
 不意に脳裏を過ぎった直感にはっと頭を上げた俺は、跳ねるように立ち上がるとすぐさま野太刀を構えた。
 魔法を放つにはイメージが非常に重要だ。初めは思い通りにならなかった魔法も、具体的にどうしたいのかというリアルなイメージを作れるようになってから自在にコントロールが出来るようになったのだ。だからもしかすると、魔法を強くするにはイメージを鍛えればいいのかも知れない。
 俺はそっと目を閉じてイメージを描いた。目の前にあるのは、薪木ではない。今まさに、俺を取って食おうとする鬼。その強さは薪木の比ではなく、当然だが今のままの魔法では到底歯が立たない。だから、もっと強く、もっと鋭く、もっと疾く。何度も祈るように念じ続ける。ギリギリまで追い詰められ、ここで駄目ならば後は死ぬしかない。如何に自分をリアルにそこまで追い詰められるのか。理屈ではなく本能的に、そうすることで自分の可能性が引き出されるのだと俺は思った。
 俺は何度も何度も自分の死に様と戦い、それを打破出来るほど強いイメージを模索しながら繰り返し思い描いた。
 一体どれだけそうしていただろう。そして、遂に答えが見つかった。
 大丈夫、行ける。
 カッと目を見開くと、イメージを乗せて野太刀を繰り出した。今度は今までと違い、上から下へ振り下ろすのではなく切っ先を真っ直ぐ前方へ突き出す構え。
「ッ!?」
 次の瞬間、繰り出した野太刀の先からは白く輝く帯が槍の穂先ような形を作り飛び出した。槍は真っ直ぐ薪木に向かって突進していく。そして、薪木を貫くのではなく、跡形も無く木っ端微塵に粉砕してしまった。
 しばし俺は自分のした事に唖然としてしまった。確かにイメージしたその通りだったが、まさかこうも簡単に出来るなんて思いもよらなかったのである。それに、この予想外の破壊力。これまでのような薪木を切るだけのレベルではない。
 やがて気持ちが落ち着いて現状をはっきりと把握できた俺は、確かな手応えにぎゅっと拳を握り締め腿を打った。成功だ。そんな歓喜の叫びをぐっと噛み締める。
「これだ!」