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 感覚で森の半分には若干足りない所まで進んだと思われる頃、二回目の休憩が指示された。しかし、今度の休憩は最初の時とは様子が違っていた。指示が行われるなり、隊員達は周囲をある程度の広さを確保するように踏み固め始めた。どうやら野宿の準備のようである。
 これまでの宿営地とは違って屋根も無い所に寝る事になるのだ、俺も自分の寝場所ぐらいは確保しようと作業の輪に加わろうとした。だが、それはすぐにガーラント隊長に呼ばれ止められてしまった。傍らにはジャックも一緒だった。それで何が用事なのかはすぐに想像がついてしまった。
「君達はもう宿営地に戻りなさい。彼らには、我々がここで野宿するよう伝えてありますので」
 ここから先は鬼との遭遇する確率が高く、一般人が同行するのは危険だという事なのだろう。
 確かにそれは当然の判断ではあるが、俺の目的はその危険にこそある。だから素直に退くのは面白くないと判断する。あくまで、面白くない、そういう理由だ。
「しかし、どうやって戻るんです? こんな奥まで来てしまって」
「目印は残して来たから問題はない」
「だから、そんなのどれだけ信用出来るか分からないって言ったはずだけど。この山に詳しくないからって、俺達はここまで案内したんだ。後から帰れないから助けてなんて言われても困るんだ」
「君は戻る時の事ばかり考えているようだが、はっきり言ってしまえば我々にとって最も重要なのは任務の達成であり、それらの優先度は二の次三の次です。今考えるべきなのは鬼を倒せるかどうかであって、帰りの事はそれから考えれば良い」
 おお、開き直ったか。
 ガーラントの口調から若干の苛立ちが感じられた。さすがに俺もしつこ過ぎたのだ、子供の理屈ほど苛立たせるものはない。揺さぶりをかけて交渉を有利に持ち込もうとしていたが、何もここまで来たからにはこれ以上固執する理由も無い。
「どうして君はそれほどここに留まりたがる?」
「その、知り合いで同じ事を言って行方不明になった人がいましたから」
 まずい、勘繰り始めてる。
 あまり突っ込まれる隙を見せるのは、俺に対する不信感に繋がるので好ましくない。これ以上揺さぶったって何も得るものは無いのだ、そろそろ素直に言う事を聞いた方がいい。
「とにかく分かりました。それでは、二日おきにここへ来る事にしましょう。その時に鬼を無事倒せていればいいでしょうし、まだならば外部への連絡とかをすればいい」
「良い提案だ。では今後はそういう事にしよう」
 話がまとまるなり、俺達は挨拶もそこそこにこの場を後にした。見送りなどある訳でもなく、半ば事務的に追い出されたような格好だと思うのは俺の邪推だろう。ただ、何となくではあるが討伐隊が俺達との同行は不本意であるような感じはあった。あえて斜に構えず思うならば、ただ純粋に大人の仕事に子供を使いたくないという負い目だろう。大人と子供の溝というものは大体がこういうものである。
 ジャックを連れ立って、今日来た道を辿り森の外へと向かっていく。初めての場所とは言っても、あまり気を張らなければならないような難しいものではなかった。それは討伐隊の残したと思われる目印のおかげではなく、単純に俺達が野山を見慣れているから道に迷わないというだけの事である。この感覚があると無いだけでも随分森の中が違って見えると思うのだが。おそらく右も左も同じに見えるであろう討伐隊の面々が、案内も無しにあんな真っ只中に残るというのだからとてもその気が知れない。
 さて、と。そろそろいいか……。
 やがて俺は、討伐隊の姿が完全に見えなくなり十分安全な距離が離れた事を確認した。安全な距離とは、討伐隊側からこちらの動きが全く察知出来ない距離だ。つまり、俺達が完全に森の外へ帰ってしまったと思うのに十分な判断要素である。
「よし、ジャック。良く聞け。今夜は俺達もここで野宿するぞ」
「え、ここで?」
「なに、大丈夫だって。どうせここにいるのは鬼だけだ。寝ている時に他の動物に襲われる事はないだろうし、たとえ鬼が来たとしてもそれこそこっちが先に目が覚める」
「まあそうだろうけど……。一応訊くけどさ、ちゃんと計画はあるんだよね?」
「大丈夫、心配するな。考えてある」
 そして俺達も野宿の準備を始めた。準備と言っても、討伐隊がやっていたものよりもずっと簡易的なものだ。丁度良い大きさの木の根元へ草を集めて敷き、出来るだけ体に負担をかけずに寝られる場所を作るだけである。当然だが、これだけ草木が密に生い茂っている場所で火など焚いてしまったら瞬く間に周囲へ燃え広がってしまうから焚き火はやらない。今夜は温かい食事は無しだ。
「それでその作戦の事だけど。まあ作戦って言っても簡単な事だ。このまま距離を取って鬼の棲処まで一緒に近づく。まあ、あれだけの人数の人間が押し寄せれば鬼だって驚くだろう。そこで飛び出して来た所を俺が迎え撃つって訳さ」
「それって討伐隊も同じ事考えてないかな?」
「まあ普通に考えておびき出し作戦は使うだろうな。でも、討伐隊はそれを使わないぜ。その確信がある」
「確信? どうして?」
「連中の荷物だよ。馬鹿だよな、剣とか槍とかそんなのしか持ってなかったぜ。あれじゃあ鬼をおびき出すのは無理だ」
「でも、洞窟とかに棲んでたら、すぐ入り口の所で火を焚いたら出てくるんじゃないかな?」
「まあそれは……そうだけどさ。つーか、そもそも鬼が洞窟に棲んでるって誰が見たんだよ」
「いや、なんとなく想像だけど……」
 何にしても、ここまでくればもはやほとんど当初の目的は達成されたようなものである。後は鬼に磨きに磨いたあの魔法を食らわせてやればいいだけなのだ。俺が一番心配していたのは、ここまで来れるかどうかという事だった。それが今、こうして懐まで来れたのだから後は何も心配する必要は無いのだ。
 いよいよ、祖父さんの仇が討てる。
 その言葉を噛み締めると、不謹慎だが胸が躍ってならなかった。