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 翌日、日の出と共に俺達は討伐隊との合流地点へと向かった。
 討伐隊と合流出来たのは昼近くになってからだったが、やって来たのは全隊ではなくガーラント隊長から言伝を預かった隊員の一人だけだった。案の定、向こうの状況は一昨日からは何の進展もなくもう少し滞在する事になるといった内容だった。逆にこれはついていると俺は思った。何故なら、あのガーラントはいまいち腹の内を見せない、どこか食えない印象が強いので言いくるめる事は難しそうなのだが、言伝係にされるような下っ端ならば、この誰の目にも停滞感に満ちた背景も踏まえ、言いくるめるのはそう難しい事ではないと思ったからである。
「あの、実はガーラント隊長に大事なお話があるんですけど」
「何です? 伝言でしたら私の方で承りますが」
「実はですね、もしかすると鬼がいるんじゃないかっていう地点に当たりがついたんですよ。それでどうするか判断して貰おうかと思いまして」
「でしたら、そうと隊長には伝えておきますよ」
「いや、でも判断するのはガーラント隊長ですよね? そうなると、ある程度どういった事でとか、こちらも状況を説明する事になると思うんですけど、一体どういう情報を求めるか分からないじゃないですか。もしも仮にここで伝えた内容だけで不十分だったら、次は明後日になっちゃいますし。自分としては直接話した方が手間も省けて手っ取り早いと思うんですよ。それに、自分達だったらその場所まで正確に案内出来る訳ですし」
 隊員はやはり俺達を連れて行く事に対してあまり積極的ではなかった。むしろ、初めから連れて来るなと指示されていると思って間違いないだろう。だが、そういう指示を出されている人間ほど言いくるめるのは簡単だ。なんせ、自分で判断する能力が無いからこそそういう命令をされるのであって、判断に窮する状況になれば自然と相手の言った事を鵜呑みにするようになるのだ。
 やがて、どうやっても俺達を連れて行かなければならないという所まで追い詰められた隊員は、仕方無さそうに渋々と俺達を本隊へ同行させる事を決断した。子供に仕事の邪魔をされたくは無い、という事でも考えているのだろうが、情報の有用性ならば遥かに上のものをこちらが提供出来る以上は切りたくとも切る事は出来ないのだ。
 隊員に連れられて歩くこと三十分、思ったほど離れていない場所に本隊は滞在していた。見るからに一昨日よりも疲れた様子を誰もが浮かべている。この慣れない環境での任務は、肉体的よりも精神的にきているだろう。
「何故あなた達がここに?」
 そして、早速やってきたのはガーラントだった。こちらは表情に疲労の色は見られなかったが、それは隊員の士気に関わらないようにするための演技だろう。
「はい、彼らが鬼の居場所について有力な情報を持っているとの事で、どうしても直接隊長とお話がしたいと」
「鬼の居場所、ですか」
 ガーラントは見るからに訝しげな視線をこちらへ向けてきた。
 そういえば、これと同じ視線を昔受けた気がする。そう、確か子供の頃に悪戯で浅い落とし穴を掘ったのだが、それに荷馬車の車輪がはまって荷物が散らばった時の事だ。俺は親父からこっ酷く叱られ、その日はそれで済んだのだが、後日誰かが同じような落とし穴が掘られていたのを大人が見つけ、俺が真っ先に疑われた。もちろん自分はしていないと話したのだが、みんな露骨に疑いの視線で見たのである。
 おそらくガーラントは、俺が騙そうとしていると疑っているのではなく、それが本当に有力な情報なのかどうかを疑っているのだろう。きっとあの視線の根底には、子供が出しゃばって余計な事をしようとしているのでは、という疑いがあるに違いない。
「それで、一体何を見たと?」
「はい、昨日の夕方なのですが。ここからだと丁度東側の方角、で一斉に鳥達が飛び立つのを見ました。夕方となれば鳥は休む所を見つけて止まる時間帯です。夜になったら鳥は飛べませんからね。なのにあんな一斉に飛び立つのは、そこでそれだけの何かがあったと思うのが普通だと思います」
「それならば、何も鬼だけでもないでしょう。熊や猪が止まり木にしていた樹木にぶつかった可能性だって考えられます」
「でも、この森には他の動物なんていませんよ。ここに来てから何か見かけましたか? 動物を見つけ慣れてる自分らですら見つけられなかったんですから、他の動物は無いと思いますよ」
 討伐隊は普段は都会暮らしであるため、こんな山奥に赴いての任務などそうそうあるはずがない。つまり山についてはまったくの素人であるが、そんな彼らでもこの森が普通とは違うという感触は少なからず抱いているようである。だったら、俺の言っている事も少しは理解出来るはずである。少なくとも、周囲の意見も聞かず自分の判断に疑問を持つ事もしないような人間に、人を束ねられるはずはないのだ。ガーラントはそういう矮小な種類の人間にではないはずである。
 そして、
「まあ、いいでしょう。とにかく、これ以上は議論しても仕方ありませんね。こちらもこれといって手掛かりが見つけられた訳ではありませんから。可能性として低いとしても、そういう所から調べた方が効率は良さそうです」
 しばし思慮を巡らした後、ガーラントはそう遠回しな承諾の意志を示した。きっと完全に俺の情報を信じている訳ではないが、現状のやり方では何も得られないため、消去法で選択したといった程度だろう。だが、それでも俺の情報に乗った事は事実である。俺はしてやったりの笑顔を心の中に浮かべた。
「でしょうね。もしかすると当たりかもしれませんから」
 本当は、もしかするとじゃなくて本当に当たりなんだけどな。
 一人そう真相を胸の内で噛み締めつつ、何とか言いくるめられた事に思わずにやけそうになった口元を正す。作戦通りに物事が運ぶのは良いが、そういう些細な所から事が露呈してしまっては元も子も無い。うまく言っている時こそ気持ちを引き締めろ、と受かれる自分に苦言を持って冷水を浴びせる。
「これより昼食とします。それが済んだら出発するので各自準備をしなさい」
 ガーラントの指示が全体へ向けて発せられる。長距離移動、もしくは重要な作戦を行う前に取る休憩なのだろう。なんだかんだ言った所で、案外俺の情報は有力視されているのか。ならばまずます持って好都合、他の選択肢が無い事の証明である。選択肢は少なければ少ないほど良い。後になって考えを変える事が少なくなるからだ。
 これで討伐隊を鬼の棲処へぶつける手筈は整った。後は俺自身も討伐隊と一緒にあの横穴の中へ潜入し、鬼を倒すだけである。