BACK

 辺りに響き渡ったその爆発音は、俺の予想を遥かに上回っていた。
 ここ数日はまともに魔法の練習などしていないし、それに今回が実戦という枠組みでは初めて使った。それなのに、俺の魔法はこれまでの練習とは比べ物にならないほどの威力になっていたのだ。
 野太刀から放たれた白光の槍は鬼の喉元を直撃し、目も眩むような勢いで弾け爆発した。鬼は声を上げることすら出来ず、爆発の勢いに圧倒されたのかふらふら蹌踉めいたかと思ったら、その場にがっくりと膝をついた。
 くそっ……!
 俺はその光景に思わず舌打ちをした。
 魔法の出来は想像以上で、命中したのも当初の狙い通り急所の一つである喉だ。しかし、鬼は依然として生きていた。俺はあくまで殺すために魔法を使ったのだ。吹っ飛ばすつもりの頭が健在ではまるで意味が無い。
 とは言っても、これは討伐隊にとって好機以外の何物でも無い。だから、俺はほぼ咄嗟に叫んでいた。
「今だ!」
 、と。
 その言葉に、諦めかけていた討伐隊の面々がおもむろに勝機を見出し始める。あの嵐のような鬼が沈黙しているのだ。このまま一斉攻撃を仕掛けたとしても無意味に終わる事は無いと踏ん切りがつけられる。
 しかし、
「全体、これより一時退却する!」
 突然ガーラントがそんな真逆の言葉をかぶせて来た。
 その直後からの行動は非常に迅速だった。まるで条件反射のように、討伐隊はあっさりと撤収に取り掛かるとガーラントの前に整列した。
「一旦、森の外の宿営地まで戻り態勢を立て直す。総員退避」
 そして一同は森の外へ向かって走り始めた。
 あまりに急の出来事に、俺は危うくこの場へ取り残されそうになった。まさか次の命令が一斉攻撃ではなく、退避だった事が意外だったのである。ましてや、相手は無防備な姿をさらしている。攻撃以外の選択がどれほど重要だと言うのか、まるで理解が出来ない。
 俺は先頭を行くガーラントの元まで駆けて行くと、すぐさまこの判断の理由を問いただした。
「どうして退避なんか! やるなら今がチャンスなのに!」
「あんなものはすぐに回復します。今、無理に仕掛けたところであまり意味は無い」
「でも、それじゃあさっきと言っている事が」
「犬死にだけは避けるべきです」
「そんな事はないです! 絶対に勝てますって! 何度回復しようが、その都度俺が魔法で黙らせますよ!」
「分の悪い賭けには乗れない。私は、討伐隊全ての人間の命を預かる身です」
「このまま逃げてどうなるっていうんですか。これじゃあじり貧ですよ」
「一度体勢を立て直すと言っているのです。浮き足立っては戦うも何もあったものではない」
 ガーラントは断固として撤退を譲ろうとしない。俺には全く理解が出来なかった。あれほどの窮地に立たされておきながらも、俺の魔法で一転し非常に有利な立場となったというのにだ。今が鬼を仕留める最大のチャンス、それを隊員が浮足立ったという理由だけで反故にするなんてどうかしている。
 まさか、今度こそ本当に怖じけづいたんじゃないんだろうか。
 これまで終始ガーラントは嫌味なほど冷静な立ち居振る舞いを続けてきていたが、さすがに鬼のあれほどまでの歯の立たなさを実感させられてしまえば、自らを支えて来ていた自信が崩れても無理からぬ事である。
 ならば、もはや行動を共にする意味も無い。そう判断した俺は、すぐさま次の行動へ移った。一瞬、別れ際のジャックの顔が脳裏を過ぎったが、すぐに振り払った。俺にとってジャックの存在は抑制の一言に尽きる。勝負事に必要なのは抑制では無く節度、時と状況に応じてゼロから百へ瞬時に切り替えられるような節度だ。
「おい、待て! どこへ行くつもりだ!」
 突然踵を返して元来た道を引き換えし始めた俺に、ガーラントが珍しく声を荒げた。しかし俺はそんな制止など意に介さず、ひたすら鬼の元を目指し駆けた。
 ほとんど森の入り口まで来ているから、森に不慣れな討伐隊でも勘だけで出られるだろう。そうすれば後はもう面倒は見なくて済む。ここからは俺だけの戦いだ。せっかくの見せ場に観客がいないのは残念ではあるが、どうせ初陣なんてこんなものだ、証拠を持って帰れば誰だって信じない訳にはいかないだろう。
 鬼の狂ったような叫び声は、森のどこにいても聞こえるのではないかと思うぐらい、激しくて荒々しかった。全身に鎖を撃ち込まれ、目を剣で抉られればそんな声も出したくなるだろう。しかしそのおかげで、鬼の居場所はすぐさま察知する事が出来た。
 先程の場所から随分と離れた位置を、木々を薙ぎ倒しながらどこかへ向かって進んでいる。どうやら俺の魔法を食らったダメージは回復してしまっているようだ。確かに驚異的な回復力ではあるが、鬼の知性から察するにそれほど警戒すべき事でもないだろう。要はどこで追い詰め切れるか、そこに至るまでの経緯だ。
 こちらとの単純な戦力差は相当数分はあるだろう。だから、こういう時は奇襲を仕掛けるべきである。幸いにも、鬼はすっかり頭に血が昇っているため、こちらにはまるで気づいていない。
 よし、やってやる……!
 俺は鬼との位置関係に気をつけながら、やはり慎重に間合いを詰め、徐々に背後へと回り込んでいった。
 ようやく肉眼で捉えた鬼は、さっきよりも一際激しく暴れ狂い、砲声をあげている。どうにかして自分を傷つけた奴を見つけだし復讐してやろうとしているのだろう。鬼の足取りは無分別に錯綜しており、明らかに目的を見失っている。
 俺は本当にぎりぎりまで間合いを詰め切り、そして野太刀を構え再び魔法のイメージを描き始める。先ほどは喉に当たったが、鬼にとって有効打とはならなかった。ならば今度は後頭部に同じ魔法をぶち当てる。後頭部には頭蓋骨に守られていない非常に脆い場所がある。そこを打ち抜けば、さすがに鬼と言えどもただでは済まないはずだ。
 野太刀を下段に構え、白い光の槍を思い描く。その槍の先端は鋭利に、直後の爆発は出来るだけ広範囲に広がる破壊力を持たせる。
 大丈夫、いける……。
 ただでさえ暗い森の中、夜中だというのに俺は何故かはっきりと鬼の姿が見えるような気がした。すぐ目の前に潜んでいるからかもしれないが、もっと超感覚的な鋭い勘のような目で見ている、そんな感覚がした。
 驚くほど冷静な頭は鮮明かつ迅速にイメージを描いていく。そのイメージの向け先を何度も何度も慎重に確認しながら定める。狙うは鬼の後頭部。そこから西瓜のように叩き割ってやるのだ。
 よし、行けッ!
 そして、俺は野太刀を振り抜きながら描いたイメージを繰り出した。