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「そ、それはつまり、魔法は時代遅れだっていうこと!?」
「正しくは主流ではないという事です。魔法は個人の資質にも左右され、具体的な性能や威力などが第三者に伝えられるよう数値化する事も出来ません。それよりも、安定した性能と全てが数値化されている、論理と学術に基づいた科学兵器の方が信頼に足りるという事です」
 俺は正直、目の前が真っ暗になってしまいそうな衝撃を受けていた。
 俺にとって魔法とは、選ばれた人間のみが使える特殊な力で、自分とそれ以外を決定的に区別する自尊心だった。けれど今の時代では、人々はとっくに誰にでも使いこなせる訳ではない魔法を見限って兵器の研究へ比重を置き、しかも魔法以上の実績を出しているなんて。
 急に自分の中で燃え盛っていた炎が消え失せ、気力が無気力へと坂を転がり落ちるように傾倒していくのが分かった。俺にとっての根本的な行動理念は、自らを世界的な勇者として立てる事にある。祖父さんの仇を討つ事も鬼の討伐も、結局はそこに帰結する目的である。そして、その理念を支えるのが、この生まれつき持っていた魔法の存在だ。魔法は特別な力、だからそれを持った俺は特別な存在。ずっとそう信じて疑わず生きて来た俺にとって、ガーラントの言葉は世界を否定するに等しいものだったのだ。
「でも……そりゃ、一回や二回じゃ倒せなかったけど、もっと続けていれば絶対に倒せますよ。俺の魔法で」
「何度も攻撃を仕掛けるのであれば、このクロスボウでも同じ事。それに、半端な攻撃は鬼を怒らせ凶暴化させてしまうので、むしろ逆効果です。やはり確実に仕留めるならば、一撃、強力な一撃を食らわせる他にありません」
 俺の魔法は、このクロスボウと同じレベルなのか。
 もはや涙も笑いも出ては来なかった。半端に精神力が強いせいなのだろうか、気持ちはもうこの現状に順応をし始めている。俺自身、これまでの人生は勇者ありきで歩んで来ただけに、今更それを捨ててしまってどう生きればいいのか分からないというのに、気持ちだけはあっさりと次のスタート地点へ向かっているのだ。いっそこのまましばらく癇癪を起こすなり泣きわめくなり出来ればと、心底俺は思った。
「それで、一体どうするんですか? 討伐隊の装備じゃもう手に負えないですよ」
「いえ、そのための一時撤退ですから」
「そのための?」
「我々の装備の大半は、森の外の宿営地に置いてあります。そして、今頃部下が準備をしているはず」
「準備? 何の?」
「鬼の土手っ腹に、風穴を空けるんです」
 一体何を準備しているのだろうか。
 そう疑問に思っていると、不意に背後から鬼の雄叫びが聞こえて来た。随分と怒りに燃えているらしく、まるで森全体が震えそうな途方も無い雄叫びだ。
「さて、そろそろ頃合いです。君にもひとつ協力をしてもらいましょうか。さっきまでずっと何を企んでいたかは知りませんが、ここまで首を突っ込んだ以上は嫌とは言わせません」
「はあ。でも協力って何を?」
「今から鬼を部下達の元へ誘導します。適度に攻撃しながら、後を追わせるのです」
 つまり、鬼が怒り狂ってルートをどこかへ外さないように、俺達が適度に挑発して討伐隊の方へ連れてくるという訳か。という事は、討伐隊は鬼を倒せるほどの強力な兵器を準備していると考えるのが妥当ではある。だが、槍も通さず火薬にも吹き飛ばされないような鬼を一体何をどうやって迎え撃つというのだろう? 少なくとも俺達以上の威力を持つ武器がなければ同じことの繰り返しになるだけだと思うのだが。
「鬼はやや東にずれて来ていますね。方向を修正します。私の後について来なさい。それから、絶対に私の指示以外の行動を取らないように。それが出来なければ君の命は保証出来ませんから」
「はあ、分かりました」
 ついさっきまでは鬼に弾き飛ばされて立っているのも限界だったクセに、一体いつからこんな活気に溢れたのだろうか。それとも、単に平気な振りをして虚勢を張っているだけなのだろうか。
 ともかく、今はガーラントの指示に従う他に選択肢が無い。どこか腑に落ちない点もあったが、俺はひとまずガーラントに従い、鬼の誘導を共に行う事にした。考えてみれば随分と思い切った決断である。俺は民間の案内役で、本来なら討伐隊の任務そのものには関わる義務はないのだ。それに、俺はガーラントが言うところの戦力外、ただの子供だ。どうしてそんな俺に協力を求めるのか理解に苦しんだものの、それはきっと俺の魔法の評価によるものだろう。そう考えると、完膚無きまで叩きのめされた自尊心が少しは癒されるものである。
 ガーラントに付き添い、再び鬼への接近を試みる。鬼は度重なる襲撃を受け体中に細かな傷を負い右目を潰されたせいか、これまでよりも更に輪をかけて凶暴に激しく暴れ狂っていた。そのためか、相当距離が離れていても俺達からは鬼の居場所はいとも簡単に分かった。目的はあくまで誘導であるとは言っても、あんな天災のような渦になどとても近づく気にはなれない。以前の自分がそれだけ物事を知らない人間だったという事が良く理解出来る指標だ。
「さほど近づく必要はありません。適度に離れた所から攻撃を仕掛けます」
 俺達は更に鬼との距離を縮め、体感でおそよ無呼吸で走れる限界の距離ほどまで接近する。ここからでは鬼の息遣いや実際に破壊している箇所など、様々な発せられる音が聞こえてくる。それが鬼の存在感そのものと錯覚し、思わず逃げ出したくなるような衝動へ駆られる。だが、ガーラントが臨時徴用にしろ俺を一戦力として信頼している以上は、それを裏切る訳にはいかない。信頼を合理性だけで裏切るのは獣の行為だ。勇者として身を立てようという大言を失っても、誇りだけは失ってはならない。
「そろそろ仕掛けましょう。向こうがこっちに気を取られるまでやります。準備はいいですね?」
 そう言ってガーラントは手にしていたクロスボウに矢を番えると、本体についている小さなハンドルをくるくると回し始めた。すると弓の弦が見る見る内に張っていくのが分かった。弦も相当頑丈そうに見えるが、それをここまできつく引き絞っている構造がとても特殊なものに見えた。
「それ、何ですか? 明らかに普通のじゃないですよね」
「これはアルバレートといいます。改良されたクロスボウとでも思って下さい」
「鬼には効いてなかったみたいですけど、実際に威力はどうなんです?」
「試した事はありませんが、人間の頭なら軽く吹っ飛ばせるそうです。あまりの威力の高さに国際上も問題になっていて、こういう時でなければなかなか持ち出せない代物なのです」
 随分と装備が充実しているな、と思う反面、そんな物騒なものを使っても鬼を仕留める事が出来なかったのか、と俺は先行きに一層の不安を覚えた。実はとんでもない思い違いをしているのでは、という不安。鬼は俺達の予想を遥かに越えるほど強くて、それに対して俺達はあれこれ武器をぶつけているけど、そんなものはあってもなくても同じことなんじゃにかと思うのだ。
 しかし、そんな疑心暗鬼になったところで、何一つ建設的なものは生み出せない。まずは己の選択肢が間違っていない事を祈るのだ。そして、その祈りが通じれば、俺達には素晴らしい朝が待っている。自分を信じられなければ可能性はゼロに等しくなるのだ。
「さあ、始めますよ。構えて」