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 合図と同時に、俺は腰の後ろから野太刀を抜いて下段に構えると、そっと目を閉じてイメージを描いた。
 ほんの僅かだが、今一度魔法を使うことに俺は少なからずの抵抗を感じていた。それは、単に恥ずかしい過去の自分を思い出してしまうから、という至極単純なものではあるが、俺にとってはとても重要な事でもある。ただ、今直面している事に比べたら非常に些細な事であると割り切れるだけの余裕はあるため、俺は雑念を払い鬼の注意を引き付ける事に専念出来た。
 イメージを描き切ると、そっと目を開いて目標を見定めた。鬱蒼と生い茂る林の向こう側、そこで暴れ狂う一匹の鬼の姿をはっきりと見て取る事が出来た。こちらに気づいているとかいないとか、そういうレベルの状態ではなかった。ただ一心不乱に自分にとっての怒りの対象を探し続けている。周囲などまるで見えておらず、自分が破壊したものがこの森の樹木である事すら分からないかもしれない。
「よし、撃て!」
 ガーラントが声高に合図する。
 俺は野太刀を鬼へ向かって繰り出し、真っ白な光の槍を叩きつけた。それとほぼ同時にガーラントがクロスボウの引き金を引き、微かな機械音と同時に矢を放った。
 光の槍は意志を持ったかのように真っ直ぐ鬼へ向かって伸びて行く。しかし、それよりもガーラントの放った矢の方が速く、俺の魔法よりも先に鬼の額へ命中する。ガーラントの矢は火薬が仕込んであるため、その命中は通常の矢のように突き刺さるだけでなく、激しい爆発を伴う。ガーラントの矢は鬼の頭頂部付近までを巻き込む巨大な爆炎を轟音と共に作り出した。突然の衝撃に、鬼は思わず背を丸めて頭を抱え込もうとする。そこへ間髪入れず俺の魔法が炸裂した。ガーラントの矢とはほぼ同じ効果を持つ俺の魔法は、同じく鬼の頭部を直撃し閃光と共に爆発を起こす。鬼は遅れて頭を抱え、その姿勢のまま体を硬直させた。
「次、構え!」
 すぐさまガーラントは自分にも装填しながら次を指示して来る。続け様になど使ったことのない俺だったが、とにかく文句を言っている場合でもないため、言われるがまま出来るだけの魔法のイメージを描いて構えを取った。
 そして、鬼は抱えていた頭を離すと、ゆっくり首を回しながら周囲を確認し始める。今の攻撃がどこからだったのかを、目星をつけようとしているのだろう。
「撃て!」
 再びガーラントの指示と共に、俺は魔法を、ガーラントは火薬入りの矢を鬼へ目がけて放った。すると今度は野生の勘でも働いたのか、鬼は素早く自分の顔を大きな手のひらで覆った。そこへ俺達の放った攻撃が続け様に命中し爆発を起こす。それが収まると、鬼は怯む様子も無くむしろこちらを強く睨みつけて来た。どうやら、こちらの存在をはっきりと認識したようである。
「よし、撤退します!」
 すぐさま俺は踵を返し、ガーラントの背中を追う形で撤退を開始する。そんな俺達の後を、鬼が恐ろしい形相で理解に苦しむ奇声をあげながら凄まじい勢いで追いかけて来る。腕を激しく振り足を前へ前へと繰り出す様は、滑稽ながらも思わず息を飲む凄みがあった。身体の大きな動物というものは概して鈍足である事が多いのだが、下手をすれば追いつかれてしまいそうなほど鬼の足は速かった。おそらく、あまりの怒りで普段は滅多に使わない体中の力を振り絞っているのだろう。
「ちょっと、これって追いつかれませんか!?」
「大丈夫、もうすぐです!」
 そう叫んだガーラントは、目の前に盛り上がる薮を走る勢いのまま一足で飛び越える。俺もまたそれに続いた。
 そこは既に宿営地の一歩手前だった。鬱蒼と生い茂っていた木々は途切れ、比較的見晴らしの良い視界と十分な日光が確保出来る。本来なら何でもないような事のはずなのに、やけに解放感が込み上げて来て仕方なかった。やはりそれほど森の中では閉塞感を感じていたのだろう。
 な、なんだあれは……?
 ふと俺の目に、そんな解放感とはまるで脈絡も無い、そもそも目にする事すら初めての異様な物体が飛び込んで来た。
 左右一本の大樹の先をワイヤーのような太い線で結び、討伐隊の面々が数人がかりで引き絞って体重をかけ、大樹が萎れ切る位置で押さえ込んでいる。左右の大樹がみしみしと音を立てて軋んでいる様は、まるで二つ並んだ弓の弦を引き絞っているように見えた。そして引き絞ったワイヤーには、矢尻に金属性の巨大な矢尻が装着された一本の丸太が番えられている。この巨大な弓のためにあつらえたような造形だ。
「こ、これは……」
 まるで、巨大なボウガンじゃないか。
 そんなありきたりな言葉しか思いつかないほど、とにかく衝撃的な光景だった。