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「いい加減にやめて人の話を聞け!」
 ぺちぺちと気安く頭を叩くグリエルモに対し、老人は怒りも露に叫びながら手を払った。
「ふむ、この小生に対して、聞け、命令口調とはこれ如何に。この夢は小生の夢である。よって、この夢に出てくるものは全て小生に所有権がある。自分のものをどう扱おうと構わぬのではないのかね」
「自分のものであろうと、人の頭を叩く事に少しぐらいは躊躇いを持たぬのか。普通の人間なら気が咎めるぞ」
「人間は普通そうするのか。憶えておこう、御老人。さて、一体何用かね? 小生、これからステージの後半を催したいのだが」
 グリエルモは一つも悪びれずに主張する。そのあまりにふてぶてしい態度に、老人はすっかりあきれ返った。
「あれだけやって、まだ足りんと言うか……。まあ良い。三十分ほど時間を拝借願えぬか」
「三十分ほどか。ふむ、断る」
「ちょっと待て、何故話も聞かぬ内にそうもあっさりと」
「小生には既に心に決めた女性がいるのだ。よって、御老人。アブノーマルな老後の相手は他を当たりたまえ」
「違う! わしは、お主に頼みたい事があるのだ!」
「ノーマルなのかね?」
「ノーマルだ! これは人助けだから!」
「ふむ、人助けは良い事だ。非暴力で頼むよ」
 そう言って訝しむ視線をやめたグリエルモは、口を閉ざして腕を組み話を聞く体勢を取った。
 ようやく本題に入れそうだ。そう老人は溜息をついた。
「そなたはグリエルモ殿だな。わしの名前はゼントクじゃ。もう村の誰かから聞いておるな?」
「孫が可愛いばかりに甘やかし過ぎて、善悪の区別がつかない犯罪者にしてしまった愚かな老人だね」
「全部は否定せぬが……お主はもう少し歯に絹は着せられぬのか?」
「小生、嘘は嫌いである。思った事をありのままに、多少の脚色をつけて語る事を美徳としているのだ」
「まあいいわい……」
 グリエルモには自分の価値観は通じないと判断し、ゼントクは反論の口を閉ざす。それよりも急務である当初の目的を果たすべく、まずは落ち着いて話そうと無人となったカウンターの席へ促した。
「さて、御老人。一体どうすれば小生の夢から消えてくれるのかね?」
「まずはわしの用件を聞いてもらいたい。わしがアクバルの奴に封印されてしまっている事は知っておるな? そこでお主にはその封印を解いて貰いたいのじゃ」
「なるほど。それで教育方針は方向転換し、褒めて伸ばすより貶して伸ばすと」
「いささか語弊もあるが、大体そういう事じゃ。アクバルの魔力は封印してしまい、性根を入れ替えるまでは一生そのままにする。いきなり魔法が使えなくなれば、村人達からこれまでの行いの反発を一気に受けるだろうが、それも自業自得。因果応報というものを身をもって知れば、少しは真っ当な道も見えてくるというもの」
「ふむ、そういう更生パターンはありきたりすぎて駄目だ。もっと二転三転するような人情劇は無いのかね? そういう歌詞の引き出しが欲しいのだが」
「身内の不始末を愉しまんで貰いたいものだな……」
 溜息をつくゼントクを他所に、グリエルモはカウンターテーブルを指差して何事か唱え飲み物を出した。それは昼間に酒場で昼食を取った後、お茶と一緒に出て来たミルクポットだった。グリエルモはカップにそれを注ぎ、さも旨そうに飲み始める。ゼントクは眉を潜めながらその横顔を訝しげに見ていた。視線に気付いたグリエルモはゼントクにも勧めたが、ゼントクはすぐさま丁重に断った。
「ところで御老人。何故、小生の夢に出てきたのだ? 夢なら他の村人も見ように」
「わしが封印されている場所が場所でな。如何に場所を知らせたとしても、返り討ちに遭うのがオチじゃて。そうと分かっていようとも、わしが夢に出てくれば皆が必死になって助けようとするじゃろうが、それで死なれてはかなわぬのでな。お主のように屈強な武芸者が村を訪れてくれるのをずっと待っておったのだよ。村人の目を借りて見ていたが、椅子で殴られてもナイフで刺されても平然としておるとは、大したものではないか」
「小生は武芸者ではない、吟遊詩人だ。間違えるなー、愚か者めー」
「そこで歌っても吟遊詩人には見えぬぞ。まあ、ともかくお主が出鱈目に強い事は確かじゃ。お主ならばきっと出来る。この村を救えるのじゃ」
「それで、小生は何をすれば良いのだ? 明日はあいにく、小生の歌をアクバルという小童の屋敷で披露せねばならぬのだが」
 正確には説得に行くのだがグリエルモはそういった認識でいる。グリエルモは記憶力が弱い訳ではないのだが、物事を時間と共に都合よく解釈する傾向にあるのだ。
「なあに、丁度良い。アクバルの屋敷の庭には一本の巨大な樹木が生えているが、わしはその根元に封印されておるんじゃ。まあ我が孫ながら良く考えたものだ。屋敷の敷地内ならば、偶然でも見つけられる事は無いからのう」
「承知した。では帰りにでも拾っていくとしよう」
「待て、そうではない。行きに拾うのだ。第一、魔法も使えぬお主が行った所で殺されるだけだぞ。魔法は椅子で殴られるのと訳が違う。お主がどれほど打たれ強くとも、魔法にかなう訳はないのだ」
「ハッハッハ、これは異なることを申される。小生は小僧如きにやられはせぬよ」
「だからそうではなくてな……そうだ、わしは一度お主の歌を聞いてみたいものだな。だから先に封印を解いて貰わねば困るのう」
「ほう! それはそれは真に結構な事だ。ふむ、承知した。では明日の演目は、御老人の封印を解いてからにしよう」
 どうにかこちらの意思を伝えることが出来た。そうゼントクは疲れたように肩を落とし溜息をついた。実際は半分も伝わってはいないのだが、少なくとも要点は押さえているため、とりあえずはどうにかなりそうである。
 グリエルモの扱い方は大体憶えたが、正直なところまともな神経ではとても取り合ってはいられない。普段からこれの相手をしている相方とは一体どのような精神力をしているのだろうか。もはや賞賛にすら値する。そうゼントクは思った。
「むっ!?」
 突然、ゼントクは神妙な面持ちで声を上げた。
「御老人、人の夢の中で粗相とはやってくれるね」
「違う、そうではない! お主の相方に良くない事が起きておる、早く目を覚ますのだ!」
「ソフィアが? むう、それはいかん。早く戻らねば。それでは御老人、いずれ又、再会するでしょう。それがうんめーいー」
 最後のフレーズだけを歌いながら、グリエルモの姿があっという間に消えていった。それに続いて、周囲の景色も少しずつ薄らいでいき形を失っていく。グリエルモが覚醒するに連れて夢の世界が消えようとしているのだ。
「本当に、あれに任せて良かったのかのう……」
 何も無くなった夢の世界で一人、ゼントクは心底不安げに呟いた。そして最後に溜息をひとつ残し、自分もまたあっという間に姿を消した。