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 室内を物色する限り、持ち出せる大きさで値の張りそうな物は見当たらなかった。ソフィアはあらゆるものの値段を鑑定出来るほどの目利きではないが、少なくとも高級家具や美術品を持ち出した所で換金するまでが非常に難しい事ぐらいは知っている。家具はその大きさから単純に持ち運びが重労働で割に合わず、美術品は専門のバイヤーでなければ売り払う事が出来ない。こういう時に一番いいのは宝石だ。宝石なら価値は普遍的でどの国でも安定した換金が行えるし、出所を気にせず買い取ってくれるバイヤーも多くいる。そして何より最高なのは、全くと言っていいほどかさばらず隠し場所にも困らない事だ。
 さて、どこかに宝石はないだろうか。そう見渡すものの、宝石とはそもそも大勢で共有するものではなく、たとえ部屋にあってもそれは誰かの所有物である。さすがにそれを拝借する訳にはいかない。
 そうなると、やっぱ金庫よねえ……。
 朝食を終えた後、一同は特に何かをする訳でもなく自由に過ごしていた。お茶を飲みながら談笑し、爪の手入れやら化粧やらに没頭していた。昨日見た村の様子は、誰もが働き詰めで酷く疲れ切って荒んだ印象を受けたのだが、ここは同じ村とは思えないほど優雅な生活である。
 初め、彼女らはさらわれてここに住まわされているものの、この生活を楽しんでいるのは前向きな事だと思った。だが、その分の割を食わされている人が大勢いるのである。その事を考えるとやはり、アクバルの支配態勢は正常な状態を作り出してはいないと言える。
 さて、この状況どうしたものか。
 部屋の中には目ぼしい物も無く、逃げるにしても部屋から一歩も出られないソフィアは、とりあえず成り行きに任せ皆と一緒にお茶を飲んでみた。まずは情報収集という所だが、この緊張感の無さから思うにそれほど有益な情報は期待出来ないだろう。
「ところで、あのアクバルって奴。ここにはいつも来るの?」
「まあ、大体そうねえ。あ、そろそろ来ると思うよ」
「え、ハーレム作ってこんな時間から?」
「所詮は子供だし。幾ら背伸びしたって、生活の時間は子供のままよ」
 そう笑う彼女らに釣られソフィアもひとしきり笑って見せた。
 そんな和やかな雰囲気の中、不意にドアの向こう側から鍵を外す音が聞こえて来た。
 アクバルだろうか。
 咄嗟に気構えるソフィアだったが、何故か他のみんなは相変わらず緊張感が無く、時折くすくすと笑う声すら聞こえて来た。どうしてこうも気楽にしていられるのか。ソフィアは頭痛すら覚え始める。
「やあ、みんな。おはよう」
 やがてドアから現れたのは、昨日も酒場で見たあの少年、アクバルだった。アクバルは背格好に似合わぬ気取った態度で部屋の中央へと歩み寄り、ソファーの真ん中へ腰を下ろした。まさに金持ちの馬鹿息子、という言葉がぴったりの姿である。
「さて、今日は新入りが居るはずだが。挨拶はどうしたんだ?」
 そうキザったらしい口調で一同に問うアクバル。
 自分がさらって来ておいて、何が新入りだ。そうソフィアは苛立ちも露に奥歯を噛むものの、一度大きく息を吸い込み気持ちを落ち着ける。
「あら、ごきげんよう。お変わりなくて。昨日はお構い出来ずごめんなさいねえ」
 声のトーンを営業時並に高めてしなをつくるソフィア。そのわざとらしい言動にアクバルは思わず眉を潜めた。
「女がそんなはしたない真似をするんじゃない! まったく、お前の相方といい、どうにも品の無い連中だな。それより、ここに来い」
 アクバルは自分の隣を軽く叩きソフィアを促す。いちいち命令すんなクソガキ埋めるぞなどと口にしかけつつ、ソフィアは営業スマイルを作りながら素直にそこへ座った。
「とにかく、今日からお前はここで住む事になったんだ。自分の立場は分かってるな?」
「あらあ、一体何の事かしら? 私、まだネンネですから分からないわあ」
「ここはな、この俺様の後宮だ。そこに入るのは王の后だ。つまりお前は、俺様の十七番目の后になったのだ。感謝するがいい」
 さも誇らしげに胸を張るアクバル。しかしソフィアは呆れて物も言えなかった。
 こいつ、自分は王様と来ましたか。
 気を抜くと表情が強張り本音が浮かびそうになってくる。けれどソフィアはひたすらそれに耐えて笑顔に徹し続ける。
「まあ、お前は器量もそこそこでスタイルもいいから、努力次第では上を狙えるぞ」
「それは嬉しい事ですわ。ところで私、毎日のジョギングが日課ですの。少しの間、外へ出して頂けないかしら?」
「駄目だ。俺の后には他の男には一切触れさせない。ここから出す事は出来ない」
「そこをなんとかして」
 そう言ってソフィアは悩ましげな表情でアクバルの顎の先を撫でた。するとアクバルはたちまち顔を真っ赤にして驚き飛び上がる。
「な、何をするんだ馬鹿者! そういうはしたない真似をするな!」
 額に汗を浮かべながら狼狽するアクバル。意外なその反応にソフィアは、驚き目を丸くして小首を傾げた。
「あーら純情なのね。驚いた?」
「うるさい! 品の無い女め。もっとだな、俺様の后として落ち着きや教養を持ってだな」
「やん、難しい話は分からない。ねえ、それよりもお願いがあるんだけど?」
「……ああ? なんだ、言ってみろ」
「私ね、綺麗なネックレスが欲しいの。ほら、なんか胸元が寂しいと思わない?」
「うわ! 分かった、すぐに持って来させるから、胸元を広げるな!」
 そしてアクバルは逃げ出すようにして部屋から出て行った。
「ね、意外とチョロいもんでしょ?」
 そう誰かに問われる。確かにその通り、所詮は子供でしかない。だが、どこか釈然としないものがあった。子供にこういう真似をするのはどうにも惨めな気持ちにさせられてしまうのである。
 と、その時だった。
「……あら?」
 突然、どこからともなく大きな爆発のような音が聞こえて来た。その規模はよほど大きいのか、部屋に居た一同が僅かな揺れを感じる。
「地震かしら?」
 不思議がるのも束の間、またその音は聞こえ部屋を揺らした。そしてその音は徐々に大きさを増し、間隔も短くなっていく。まるで何かが屋敷へ近づいて来ているようだった。けれど、彼女らは一人としてこんな音を出しながらアクバルの屋敷へやって来れるようなものを知らず、ただただ首を傾げるばかりだった。
 そんな中、一人ソフィアは眉間に皺を寄せて大きく溜息をついた。それはこの音の正体をしっているかのような態度だった。
 ちぇ、やっぱりもう来ちゃったか。
 そしてソフィアは一同に向かって安穏と答える。
「あれ多分、うちの相方だわ」