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「お、揺れた揺れた。もうすぐかな?」
 断続的に繰り返されていた建物の揺れは次第に激しさを増していった。それは到底日常的に起こる事ではなく、誰もが馴染みの無い状況に顔色を不安で曇らせていった。だがそんな中、ソフィアは一人平然と成り行きを楽しんでいた。心底寛いだ様子で菓子を摘みお茶を飲んでいる。そんなソフィアのあまりの動じなさに一同は各々の不安感を集めた。
「ね、ねえ、これ、本当にあなたの彼氏がやってるの?」
「彼氏? やだ、もう。そういう言い方されると恥ずかしいじゃない。否定はしないけど」
「いや、照れてる場合じゃなくて。なんか凄い揺れてるんだけど、これって何してるの?」
「そうねえ、歌ってるんじゃない? はちゃめちゃな歌。ついでに破壊活動」
「ついでって……」
「それにしても凄いわよ、この揺れ。仲間を大勢連れてきたのかしら?」
「ああ、多分一人でやってるよ。素手でバンバン。あいつ、一度スイッチ入っちゃうと見境無いからねえ」
「……あなたの彼氏って、まさか化物?」
「似たようなものよ。もうちょい可愛げはあるけどね」
 やがて建物は揺れだけに留まらず、建物そのものが軋み始めた。何かの大掛かりな破壊音や悲鳴怒号の入り混じりが聞こえ始める。どうやら大分近いようだ。
「何だか良く分からないけど……ここの暮らしももうお仕舞いっぽいなー」
「そうねえ。まさか屋敷に乗り込んで来る人が本当に現れるなんて思いもしなかったし」
「あー、やだなあ。家事手伝いしたくないしー」
 やがて不安や恐怖が許容量を振り切れたのか、急に開き直ったようにそんな愚痴をこぼし始めた。
 おそらくそれが彼女らの本音だろうが、随分と身勝手な理屈もあったものである。村人達は皆、アクバルの圧制に生かさず殺さずの苦しい生活を強いられているというのに、彼女らはその実態を知らないのだろうか? それとも知っているからこその不満なのか? どちらにしても自活するソフィアにしてみれば不愉快以外の何物でもない言い分にしか聞こえなかった。
「あんたらさー、ちょっとは仕事しようとか考えなきゃ駄目よ。自分の食扶持くらい、自分で何とかしなくちゃ」
「だってさあ、こんな村でどれだけ頑張ったってたかがしれてるし」
「そうそう。街に出たって働き口が見つかる訳でもないし」
「それに、田舎者は悪い男に騙されるって相場が決まってるのよね」
 絶対こいつら世間のこと知らないだろ。ソフィアは罵る気持ちにもなれず、更に疲労感の漂う呆れの溜息をついた。
 これなら何の躊躇いも無く金庫ごと持っていけるな。そんな訳で早く来いグリ。ソフィアは腹立ち紛れにそんな事さえ考え始めた。そもそも、ぎっしりと金品の詰まった金庫があるとしたならば、そこに収められているのは村人から搾り取ったもののはずだが、ソフィアはそこまでは気に止めようとしなかった。
 その時、突然ドアが外から乱暴に開けられた。現れたのはアクバルではなく手下の男。
「おい、早く逃げろ! よく分からんが、化物が入り込んで来た!」
 化物という言葉に一同は顔を見合わせる。確かに先程は化物と比喩したが、これではまるで本物が入って来たような口ぶりである。そして視線はソフィアへと向けられた。声にこそ出してはいないが、明らかに彼の事をいぶかしんでいる様子である。
 あなたの彼氏って、本当に化物だったの?
 まさにそう言いたげな視線が、丁度頭数の二倍突き刺さってくる。仕事柄、人の視線を浴びる事には慣れているのだが、こういった類のいぶかしまれる視線はどうにもいただけない。
 まあ、説明するのも面倒臭いし。それに、そろそろ止めなくちゃね。
 ソフィアは周囲の視線など構わず、最後にもう一つ菓子を摘むと、ナプキンで丁寧に口元を拭き立ち上がった。
「さて、それでは皆さんごきげんよう」
 そのままソフィアは男の脇から抜けると、一目散に駆け出した。
「おい、どこへ行く!?」
「ちょっと化物退治に。どうぞおかまいなく」
「化物退治って、そっちは危険だぞ!」
 返答の代わりに明らかに演技がかったソフィアの高笑いが聞こえて来たが、それもあっという間に廊下の奥へと消えていった。