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「神竜会は近々、この大通り沿いに一部会員制の店を開くそうだ。おそらくそこを拠点とするんだろう。そうなれば、ドラゴンキッスの流通量も一気に膨れ上がり、連中もますます幅を利かせ始めるだろう」
「そこまで分かってるなら、官憲なり保安官なりに密告すればいいんじゃないの? 悪い芽を早めに潰しておけば楽になると思うんだけど」
「それも考えたんだが、無理になった」
「どうして?」
「この街の憲兵長の息子がこれにハマって、仲間とパーティやってるところを押さえられてる。今でもそのネタで強請られてるらしく、神竜会の連中のすることだけは大概お目こぼしさ」
「最悪ね。じゃあ、私らは面倒になる前に退散するわ。官民共闘なんてロクなもんじゃない」
「まあそう言うなよ。こっちだって謝礼は出させてもらうし。ビジネスだって言ったろ? まだ出だししか話してねえ」
「私は現実主義者なの。お金で命を危険に晒す訳ないじゃない。安全が保障されてないならお断り。そもそも、何で私らなのよ? 一体幾ら用意出来るのかしらないけど、兵隊ならそこら辺で体力持て余してる馬鹿でも集めた方がよっぽどいいわ」
「兵隊の問題じゃねえさ。幾ら集めようと力の差は歴然、しかも下手すりゃこっちが取っ捕まって縛り首だ。だから俺達が勝つには、もっと巧妙に練った作戦が必要なんだよ。そのために、御嬢と兄さんに頼んでるんだ」
「作戦って何よ?」
「神竜会の支部長を勤めるのは、まだ年の浅い若造なんだそうだ。となれば、女を愛人として送り込み謀殺するってのが確実」
「馬鹿デブ。いっそ死ね」
 怒りもあらわな不満顔を能面のような無表情に変えたソフィアは、ナイフとフォークをテーブルへ叩きつけナプキンで口元を拭くと、半ば蹴り飛ばす勢いでイスから立ち上がった。さすがに言葉を誤ったと慌てたカーティスは、すぐに自分も立ち上がり去ろうとするソフィアの腕を掴む。
「いやいや、待ってくれ。今のは例えばの話だ。他にも作戦は考えてる。ちゃんとしたやつだ。うん、そうだ。御嬢は神竜会に借金のカタに売られてだな、それを取り戻そうとする恋人役の兄さんが下男のこの馬鹿を引き連れて、新装開店した店に特攻を仕掛けるという」
「筋肉だけしか使わないから、インテリマフィアに負けるのよ。そんなのに巻き添えは御免だわ。グリ、行くわよ。話は終わったから、馬鹿はおしまいにして」
 カーティスの言葉にまるで耳を貸そうとしないソフィアは、冷ややかな視線を浴びせながら掴まれている腕を振り払うと、掛けていた上着を着てそそくさと帰りの準備を整える。
 一方、既に自分の周囲の大皿を悉く平らげていたグリエルモは、水差しから自分の口へどのように注げるのかと様々なポーズを試していた。端から見れば何とも滑稽な姿ではあったが、当のグリエルモの表情は真剣そのもので、マルセルや黒服達は付き合いで笑ってやるべきなのか、それとも見て見ぬ振りをするべきなのか、自分の立場を決めあぐねる微妙な表情をしていた。
「ではいよいよ営業だね。今宵の小生の歌はひと味違うぞ」
「まだ言ってるの? だから、当分仕事はしないって言ってるでしょ。やりたきゃ一人でやってよ」
「ああ、麗しの君。小生の音楽は、一人では半分の出来映えなのだよ。『それはー、君がいなければ生きていけないからー』」
「はいはい。あ、そうそう。荷物の換金の事だけどさ、一応こっちでも色々探してみるけど駄目そうな時はお願いね」
「御嬢よう、ここまで聞いておいて、自分の用事だけ押しつけるってのは良心が痛まねえのかい?」
「全然。良心で御飯が食べられますか。第一、必ず手伝うなんて一言も言ってないわよ。ビジネスは内容を聞いてからって断ったじゃない。約束ぐらい守れないの?」
「しかしだな、渡世には仁義とか義理人情ってものがな」
「一般人にはありません。ほら、グリ。ぐずぐずしてないの。その彫刻は持って行けないから元に戻しなさい。それじゃ、ごちそうさま」
 最後に愛想の良い営業用の笑みを残し、二人はあっさりこの場から立ち去ってしまった。瞬く間に静まり返ってしまった室内で、カーティスと黒服達は思わず顔を見合わせ小さく溜息をついた。まさかこれほどあっさり断れるとは思ってもみなかったのだ。確かに危険な仕事だったかもしれないが、あれだけ度胸の据わったソフィアと何物にも動じないグリエルモのような逸材が、些細な理由でわざわざ避けて通るなどとは予想もしなかった事である。期待外れと言うよりむしろ驚きの方が大きい。
「やっぱり愛人ってのがマズかったか? ブロンドってのはよくそういう手を使うって雑誌で読んだんだが」
「だからボスは独身なんですよ」
「うるせえ、ぶちのめすぞ」
「やっぱり最初の通り、マルセルの奴を店の中で暴れさせて裏口から侵入しましょうよ。ドラゴンキッスの輸送ルートさえ押さえればこっちのものですから」
「その前に、店の見取り図が欲しいな。今の内に、店の設計に関わった奴らを押さえておくしかねえ」
 そう早口に捲くし立てるように次の作戦を練っていたその時だった。
 不意に聞こえて来た物音に、一同が一斉にその方向を振り返る。その先で見たのは、今まさに部屋から逃げ出そうとしているマルセルの姿だった。何故か手足を縛っていたはずの縄が外れており、襲い掛かった一同の視線に怯むものの今度は強気な表情で威勢良く睨み返した。
「てめえ、何時の間に!?」
「何度も縛られたら嫌でもこれぐらい出来るようになるさ! 人に利用されて死ぬなんて御免だね! だったら借りた物を踏み倒した方がマシだ! じゃあな白豚!」
 逃げ腰になりながらもどさくさの内にそう吐き捨て、マルセルは一目散に部屋から飛び出していった。よりによって、これまで自分が散々見下して来た人間から屈辱の言葉を浴びせられたカーティスの理性は一瞬で沸点に到達し、半ば条件反射で立ち上がると真っ赤な顔で唾を飛ばしながら黒服達に向かってがなりたてる。
「てめえら、何をボサッとしている! さっさと小僧を追え! 絶対に逃がすな! 息の根止めてでも捕まえろ!」