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「いや、そんな得意げに言われてもさ……」
 あまりに熱く語るカーティスの迫力に気圧され、ソフィアは珍しく言葉を詰まらせてしまう。
 確かにカーティスの言う通り、その行方不明者が誘拐された事と神竜階がそれに関わっていたという事実が立証出来れば、これは決定的な犯罪の証拠になるだろう。だが、ソフィアにとってそれはあまり関心の無い事である。元々、今の自分には身の安全を確保し逸早くこの街から逃げ出す以外の事柄に割く余裕は持ち合わせてはいないのだ。今更ライオネルの裏商売の実態を知ったところで、さほど掘り下げるような事は何一つ無い。
「なんだ、おい。またどうせ、『私らには関係無い』って傍観者決め込むつもりかよ?」
「実際そうでしょう? 私はライオネルとこの仕事を円満に失敗して街から悠々と出て行く。一体どこに関係あるっていうの?」
「大有りだ。お嬢よう、何で自分がその仕事させられるのか分かってんのか?」
「ライオネルの奴は、趣味と実益って言ってたわ。自分の趣味で事業の宣伝をするんだってさ」
「宣伝、ねえ……」
 するとカーティスは小首を振って肩をすくめるという、まるでソフィアの見当を小馬鹿にするような態度を取ってみせた。自分の中で点ける番付表では遥か底辺に位置するカーティスに馬鹿にされたと判断したソフィアは、たちまち苛立ちも露に露骨な舌打ちをする。それを耳にしたカーティスは、何故か嫌そうな顔一つせず、むしろそれが当然の反応とばかりに余裕の表情を浮かべる。
「ライオネルってのは、ここ数年で幹部までのし上った実力派だ。神竜会における個々の実力の判断基準ってのはな、どれだけ組織に上納金を納めたか、その金額の大小だ。つまり、どれだけあくどい手段を使おうが、金さえ納めればそいつは有能な人間だと見做すのさ。ここまではいいな?」
「分かるから、ちゃっちゃと続けて」
「これまでライオネルが組織に納めた額は、平均的な幹部の上納金のおよそ三倍。これだけでも途方も無い額だって事は分かるだろうが、問題はその金をどうやって作ったかだ。一体何が一番短期間に金を儲けられるか。その正解が、例のドラゴンキッスだ。原価、需要、どれをとってもこれに勝るものはねえ。いささか下地を作るのが手間だが、それさえ整えりゃ後は嫌でも金が入ってくる」
 生産に必要なコストは、一般的な農家よりもやや少ない程度。土地と精製工場と移送ルートが確保出来れば、後は全て流れ作業で商品が出来上がる。そして、市場の警察やら治安機構やらを取り込んでしまえばほぼ完了、街を自らの良いように動かし間接的な支配体制を作り出す事が出来る。
「で、さっきの誘拐の話だ。実は俺らでこれまでのライオネルのやり口を調べたんだが、今回も手口がいつもと非常に良く似ている。きっと今回も同じ手でいくつもりなんだろう。手口はこうだ。その街で影響力のある人物やその家族を呼び出すんだが、あくまでそれは実力行使ではなく何かしらの理由をつけ自分の足で来させる。何かのキャンペーンだとか、説明会だとか言ってな。そしてのこのこやってきた奴を片っ端から一箇所に集めて監禁し、数日間ほとんど休み無しで精神的に追い詰める。やがて精神的な限界が訪れ、判断能力を失い無気力な状態になったところでようやく、お嬢、お前さんの出番だ」
「私を見に来る客って、そんなへろへろな状態になるってこと? 手を抜いても反応が無いんじゃ、ちょっと作戦を練り直さないと駄目ね。あ、盛り上がらないならかえってやりやすいかしら」
「大事なのはそこじゃねえ。精神的に追い詰められた所に突然救いの手を差し伸べられると、人間はどうなるかって事だ」
 はて、と小首を傾げしばし考え込むソフィア。その様子をじっと見つめていたグリエルモも、その真似をして腕組みをし首を傾げてみせる。
「そんな経験は無いから予想だけど、割と感謝したり信頼したりするんじゃない? 人柄はさておいてさ」
「そう、それだ。重要なのはそこ。精神的に参ってるとな、ちょっとした事で人間は人に好意を抱いたり尊敬したり、挙句の果てには崇拝までしたりするんだよ。手を伸べた奴がインパクト強ければ尚更だ。お嬢ちゃんよ、甘えを許さない厳しい態度を取りつつ時には寛容な面も見せろ、とか言われなかったか? もしもそうだったら、大当たりだ。後はお嬢の言うがまま、思考が停止したそいつらにドラゴンキッスを買い漁らせるだけだ。しかも向こうから勝手に友人や親戚をカモとして紹介してくれる」
 つまり神竜会の手口とは、その信頼感を利用してドラゴンキッスを売りつける事。神のなんたらなどと付け加えれば、即席信者は幾らでも信じ有り金をはたいてくれる。そこに漬け込んでごっそり搾り取るという算段だ。
「あー、何となく言いたい事分かったわ」
「分かってくれて俺も助かる。そういう訳でだ、お嬢に人の心が少しでも残ってるなら、今すぐに契約を破棄してこの街から出てってくれ。それ以上の事は要求しねえ。奴らのしでかした事は、俺らと同業者ががっちりタッグ組んで落とし前をつけさせるからな」
「それは無理」
「はあ!? 本当に人の心は無いとでも言い出すつもりじゃあるまいな」
「少しは考えなさい。逃げられると思ってるなら、もうとっくに逃げ出してるって思わない?」
「……まあ、そりゃそうだ。それで、ネックなのは何だ? 街から逃がす事ぐらいなら、俺らでも出来るぜ」
「それで済むなら自分でやるわよ。問題なのは、勝手に逃げたりしてあいつらの追っ手がかからないかってこと。私、あのライオネルに惚れ込まれちゃってるのよ」
「どうせ広告塔に使えるからだろ。まあどのみち、追っ手の方までは俺達も流石に手は回らないな」
「しかも、うちの相方が結構その気になっちゃってるのよね。私には説得出来そうに無いの」
「また面倒な話だな。ぶん殴って気絶させるにはいかないのか?」
「一応聞いとくけど、何で殴るつもりかによるわ。今までで一番激しいのは掘削機だったかな? それでようやく『痛い』とは言ったけどね」
 本当かよ、と疑いの目を向けるカーティス。グリエルモはさも二人の会話に参加していたかのように頷いていたが、いきなり視線を向けられ目を瞬かせると、意味もなくにっこり微笑んで見せた。カーティスは一度気難しそうな表情を浮かべ、すぐさま頭を軽く振ってうつむいた。
「で、どうしろって? 私はさっさと契約を切りたいから、本番で思いっきり滑ってやるつもりでいるんだけど。それじゃ駄目なの? 教祖が駄目なら信者はついて来ないわ」
「根本的な解決になってねえだろ。それに、きちんと扇動できれば誰だって構わないんだ、お嬢が駄目なら代役を立てるだろうさ。それよりもな、俺にいい考えがあるぞ。お嬢も無事街から逃げ出せて、俺達もシマを取り戻せ、神竜会だけが一人負けする最高の手だ。これなら乗ってくれるだろう?」
 どこまで信じていいものやら。
 根拠の不明確な内から同意を求められ、ソフィアは露骨な不信感を視線と溜息で送り返した。しかし、自分には適当にコケさせる以外に全く無策であり、それもあまり効果が望めないとならば、少なくとも聞いておく分には損はないだろう。だがそれでも、カーティスに少なからず頼る事に屈辱を覚えずにはいられず、ソフィアは肩を落としながら投げやりな口調で訊ね返した。
「まずは、作戦の内容を聞かせてくれるかしら?」