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 眩しい白の丸テーブルに対となるイスが五つ、その三つにそれぞれが座り、青年の斜め後ろにエミリアルが遠慮がちに位置取る。人と目を合わせるのが苦手なのか、視線を落としたまま終始顔をうつむけているエミリアルと異なって、青年は平素とは思えないほどの笑顔を浮かべながら朗らかに二人を出迎えた。
「やあ、お二方。私のために時間を戴けて光栄至極の限りだ。私の名は、ヴィレオン=ラヴァーバート=ヴォンヴィダル。ヴォンヴィダル侯爵家の三男だ。気軽にヴィレオンを呼んでくれ給え。そしてこれは従者のエミリアルだ」
 両手を大きく広げ、まるで二人まとめて抱きしめかかろうとするほどの勢いで、初対面から自分のペースで飛ばす青年、ヴィレオン。それでも生まれながらの気品が備わっているせいか知性が全く感じない訳でもなく、これは人によって好き嫌いのはっきりするタイプの人間だとソフィアは思った。そしてソフィアはその最初の一言で、どうやっても自分とはそりが合わないと早々に結論を下してしまった。
「やあ、君。小生、名をグリエルモと申す。次世代音楽界の開拓者であるので、覚えておき給え。こちらはソフィア嬢、我が心の太陽であるため、くれぐれも汚れた手で触らぬように」
 ヴィレオンの軽く偉ぶった口調をそのままなぞるかのように、グリエルモがすかさず得意気になって答える。仮にも爵位の一族相手に許されるような言葉遣いではなく、すぐさま後ろに控えていたエミリアルが息を飲みながら顔を上げ、ぎゅっと口を結びながら非難めいた視線をグリエルモへ注いだ。グリエルモはすぐにその視線に気づいたものの、何故そう睨まれるのか理解出来ず小首を傾げるばかりだった。
「エミリー、構わないよ。いや、やはり私の目には狂いは無かった」
 当のヴィレオンはエミリアルを軽く制すと、怒るどころかむしろ楽しんでいるような様子で意味深に笑顔を浮かべる。
「と、仰いますと?」
「あなた方をこの席へ招いた事です。あなた方、一見するとただの旅行者に見えますが、実は只者ではない。違いますか?」
 率直な問いかけに息を飲むソフィア。
 まさかこの青年は、自分達を追ってきた憲兵、もしくは特殊任務を負った諜報部員か何かだろうか? けれど、ここは治安に関して排他的な国であるから、迂闊な行動は取れないはず。しかもそこまでしなければならないほどの騒ぎは起こしていないはずだが。
 そう状況を分析しながら自分を落ち着かせていると、またしてもグリエルモが勝手に答えた。
「だから言っているであろうに。小生は新時代の音楽を探求している求道者なのだ。おお、折角だ。お近づきの印に、先日完成したばかりの新曲を」
 そこまで喋らせてしまった所で、慌ててグリエルモを制止するソフィア。エミリアルは再び険しい視線を、それも今度はソフィアにも向け始める。急な居心地の悪さにソフィアは不慣れな苦笑いを浮かべ誤魔化す。
「エミリー、やめ給え。そうだ、せっかくお呼び立てしておきながら、お茶がまだだったね。エミリー、この店のお勧めを注文してき給え」
 そうヴィレオンに命令され、険しい視線をソフィア達へ残しつつエミリアルは一礼し店の中へ向かう。居心地の悪さからは解消されるもののグリエルモの身勝手は無くならないため、依然気を抜くことは出来ない。
「私達は極平凡な平民ですよ。お戯れが過ぎますね」
「私はね、これでも結構直感には自信があるんだよ。何かしら特別な出来事やそれに関わった人を見つけると、すぐにピンと来るんだ。特に君達からは、これまで感じたことのない強烈なリズムが聞こえる」
「それで私達にお声をかけたと」
「そういう事だ。どうかね、君達は本当はただ者ではないのだろう? ここだけの話で構わないから、是非話してくれないかね。君達が潜り抜けてきた修羅場を」
 いきなり直感だリズムだと言い出したかと思えば、今度は断定型で過去の修羅場を聞かせて欲しいという。貴族の考え方が平民には馴染みがない事を差し引いてもヴィレオンの口振りは横暴だとソフィアは感じた。確かに修羅場のような状況は幾つもあったが公表した事は無いのだから、接点のないヴィレオンにそれを知る術は無いはずなのだ。にも関わらず、あると決めかかる姿勢はとても褒められたものではない。
「本当に直感だけでそのような事を仰っているのですか?」
「いけないかね?」
 いけないに決まっているだろうが。
 いつもの習慣で危うくヴィレオンに手を上げかけ、慌てて膝の上へ戻す。ヴィレオンはグリエルモのように頑丈でもないばかりか、貴族階級の人間に狼藉を働くなど前科どころでは済まない事件になってしまう。人に平然と手を上げるという発想がここまで自然に出てくるから、このようなあらぬ言いがかりをつけられるのだろう。先ほどのグリエルモの言い草にしても、一般の人間が貴族に対してするようなものではない。こういった一般とのずれが少しばかり勘の鋭い人間を勘違いさせてしまうのだ。この先流浪の旅を続けるにしても、もう少し世の中に溶け込む努力をしなければならないだろう。
「いえ……。それよりも、そんな事を聞いてどうするのですか? 下賎の話などでお耳を汚す事もありませんよ」
「あくまで面白そうな話が聞ければ私はそれで良いのだよ。面白い話、不思議な話、とにかく誰もが興味を惹かれる話を聞くのが趣味でね」
「趣味、ですか」
「いいかね、この世には決して光の当たらぬ様々な事件に満ちているのだ。しかし人間は、そのほとんどを知りもしないで一生を終えてしまう。それが私には不憫でならなくてね。そこで貴族の特権をフルに生かし、世界中を取材して回っているのだよ。いずれ一冊の本にして出版するためにね」
 なるほど、だから妙な話を聞きたがるし変に勘が働く訳だ。
 しかし、そんな目的で取材旅行などしているのならば、グリエルモの正体など知られてはとんでもない事になる。ひとまずこの場はお茶を濁して早々に退散するように持って行くしかない。それにはまず、ヴィレオンに満足をさせるまで話をさせる事だ。話に疲れてくれば、そのまま自然と場を去ることが出来るからである。
「こちらにはどういった取材で?」
「この間、中央大陸の王都で憲兵をしている友人から面白い話を聞いてね。なんでもこの大連星諸島に、政府が追っている竜がいるそうなのだよ」
 自分達から話題をそらそうと何気なく訊ねた質問が、最も触れられたくない部分を嬉しくも無いお土産がついて戻ってきた。この数年で想像していたよりも騒ぎは大きくなっていた事にも驚いたが、ヴィレオンが目当てにしている竜が目の前にいるというこの状況に背筋が凍りついた。
 うわ……さっきの予感はこれか。じゃあ、次に気をつけなければいけないのは―――。
 そう思った次の瞬間には、相変わらず状況を判断出来ないグリエルモは既に行動をし終えてしまっていた。
「ほほう、実は小生も竜だよ。この地に仲間がいるのであれば、是非お目にかかりたいものだね」