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 グリエルモの、あまりに無思慮な発言に引きつった表情で凍りつくソフィア。しかし反射的にグリエルモへ制裁を加える事は肯定の意味を与えてしまうため思い留まり、ただ首をすくめながら相手の動向を戦々恐々と相手の反応を見守った。
「はっはっは、それは面白い。その時は是非とも私も仲間に入れてくれ給え」
 ヴィレオンは口元を大きく綻ばせながら愉快そうに笑った。
 少し考えてみれば、それは当然の反応である。実物を見せたならともかく、竜などという架空の存在を主張した所で目の前にいるのはどこからどう見てもただの人間なのだから、誰でも単なる冗談と受け止める。
「何を言うかね。人間がそのような―――」
 流石にグリエルモにもヴィレオンが真に受けていない事が伝わったらしく、更に言葉を続けようとするが、すかさずソフィアが割って入りそれを遮った。
「こんな平和な街に竜なんて本当にいるのでしょうか? もしもそんな事があったならば、今頃大騒ぎになっているはずですよ。大騒ぎに。ねえ?」
 わざと、大騒ぎ、の部分だけを強調しグリエルモを睨みつけるソフィア。グリエルモはそこから何かを察したらしくこっくり頷くと、そのままじっと圧し黙った。ソフィアの言わんとする事を理解した訳ではないが、少なくとも自分が喋ればソフィアが怒る図式だけは察したようである。
「それなんだがね、実は竜とは人間の姿に化けているらしいのだよ。だから見分けがつかないそうだ」
「まあ、そうなんですか。けれど、竜は一体何のためにそんな事をしているのでしょう?」
「さて、それこそ実際に本人に訊ねなければ分からないな。そう思わないかね?」
 ヴィレオンが意味深な表情でグリエルモに問いかける。グリエルモは珍しく困った表情を浮かべ、とりあえず軽く小首を傾げて見せた。
 やがてエミリアルがお茶を盆に載せて戻って来た。メニューは発酵した茶葉を特産の果物と一緒に煮詰めたもので、いかにもリゾート地らしいものだった。
 エミリアルは会話に加わる事はないものの、ヴィレオンに対する迂闊な言葉は全て刺すような視線で返してくるため余計に言葉を選ばなければならず、居心地も良くなかった。話す事は苦手のようだが、無言で圧力をかけてこられるよりは言葉で注意された方が遙かに気楽である。
「さて、ソフィアさん。そろそろお聞かせ願えないかね。何か武勇伝の一つでも」
 なんとか話をそらせたものと思っていた所で、ヴィレオンは再び当初の話を切り出してきた。まるで、初めからエミリアルが戻ってくるのを待っていたかのようなタイミングである。何が何でも話させたいらしく、これは多少話題をそらした所で誤魔化せる様子ではない。
「せっかくですけど、私達は本当にただの一般人ですから。お聞かせ出来る事などありませんわ」
「なに、聞かせる事なら小生の歌があるではないか」
「聞くに堪えないでしょうに。あなたは黙っていなさい」
「彼の歌とは何かね? 珍しいものなのかな?」
「ただの雑音です。気分を害するだけかと」
「武勇伝は?」
「ございません。愛憎劇も悲恋話も政略戦争も怪談も、露ほども。でっち上げでよければなんとかひねり出しますが、ご期待には添えられないかと」
 これでもかと否定の意思を並べ立てられ、ヴィレオンは顎を押さえながらしばし考え込むと、傍らのエミリアルを呼び寄せ何やら耳打ちする。しばし小声で何かを確認すると、合意のような頷き合いをし再びソフィアの方を向いた。
「本当に何も無いのかね?」
「残念ながら」
「そうか。まあ私の直感も的中率は三割あれば良い方だ。気にしないでくれ給え」
 最後に確認した上で、ヴィレオンは少しも悪びれる事もなく朗らかな笑顔で謝罪の意思らしいものを示し、さも愉快そうに笑い飛ばした。傍らのエミリアルも遠慮がちに合わせるが、流石に躊躇いがあるらしく口元を押さえ出来る限り露骨にならぬような素振りを見せている。
 この男、その程度の確信で人を問いつめたのか。
 思わず何かしら反撃をしてやろうという衝動が沸き起こったが、下手な真似をして事態をややこしくする訳にも行かず、ただひたすら商売道具の愛想笑いを使って場の空気を和ませる。そもそも、結果的には良かったのだ。これでヴィレオンはこちらから何も有益な話を聞き出せないと分かったのだから、後はお茶のお礼だけして早急に立ち去ればいい。
 しかし、
「そうだ、これも何かの縁だ。これから昼食を御馳走しよう」
 ヴィレオンの唐突な申し出にソフィアの表情は再び緊張で強張った。まさかそういう続きがあろうとは思ってもいなかったのである。そして僅かながら無言のタイミングを作り出してしまった事が、グリエルモの勝手を許してしまう。
「戴くとしよう。小生の腹はまさに枯れ果てたオアシスが如く。ところで君は、人食い鮫など興味は無いかね?」
「はっはっは、本当にあなたは面白い人だ。そういうノリ、私は嫌いではないよ。何事も堅苦しいばかりではいけない、時にはざっくばらんに楽しまねばね」
 何やら打ち解けた様子のグリエルモとヴィレオン。すっかり割って入るタイミングを逃したソフィアは、以前のように息を荒げる気力を持ち合わせておらず、もはやグリエルモの行動を黙認するしかなかった。
 しばらくのんびりしていたせいで、グリエルモの扱い方を忘れてしまったようである。気を引き締め直しもう少し厳しく接しなければ、また以前のように。
 自らの不甲斐無さに思わず溜息をつく。すると、ほぼ同じタイミングで消沈したような溜息が聞こえて来た。ふと顔を上げると、視線の合ってしまったエミリアルが毛を逆立てそうなほど驚き、力いっぱい首を捻って目を逸らした。
 こっちもこっちで訳が分からない。ソフィアは幾分か重さを感じてきた肩を軽くすくめてほぐした。