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「いや、小生は断じて竜ではないよ。からかうのはやめたまえ」
「私は真面目に言っているつもりだがね。グリエルモ君、君は人間の姿をしてはいるが本当は竜だね?」
「だから違うと言っているだろうに。小生のどこが竜に見えるというのかね」
 ソフィアには竜に関すること全て、打ち明けることは禁止されている。そのためグリエルモは何を問われてもただ機械的に否定する。だが、それが明らかな嘘であることは二人とも既に分かりきっていた。先ほどいきり立った際のグリエルモの顔が感情だけでは説明つかないほど人間離れしていたからである。
「とりあえず、このまま押し問答していても仕方がありませんから、私が君を竜であると断言する根拠をお見せしましょうか。エミリー、あれを」
 するとエミリアルはどこからか一通の封筒を取り出すと、それを恐る恐るグリエルモの前へ差し出した。グリエルモは訝しげにヴィレオンと封筒を交互に見やるが、やがて口を不満そうに曲げながら封筒を手に取り中身を取り出す。入っていたのはインクの匂いの強い数枚の書類だった。初めて見るそれにグリエルモは興味を引かれしげしげと視線を落とす。
「これは政府からの手配書です。機密文書であるため一般には出回っていませんが、ここにはあなたと思われる人物が書かれています」
 書類を上から順に追っていくと、そこには良く似た人相書きを初めとする一人の人物についての情報が事細かに記されていた。
 銀髪で長身痩躯、言動は時折不明瞭。自称天才音楽家。マンドリンを弾く技術は人並。歌と歌詞は公害レベル。奇行癖有り。非暴力主義を主張するが、五十三件の傷害事件及び破壊活動認定事件を確認。憲兵との事件も多数。戦闘技術には長けていないものの、極めて腕力は強く武器による攻撃も効果が認められない。また、異形の姿に変貌したという報告多数。竜だったという証言もあるが依然未確認のまま。
 あまり文章を読むことに慣れていないグリエルモではあったが、そこに記載されている内容がソフィアに口外を禁じられているものばかりである事は理解できた。いつどこでどのように露呈したのかは分からないが、それでも当初のスタンスに変更は無かった。下手に自分で判断するよりもソフィアの言いつけを忠実に守った方が遥かに無難である。
「出鱈目だね。確かに人相とマンドリンを持っている所だけは合っているが、他のは根拠の無い誹謗中傷だ」
「まさか本当に竜が実在するとはね。こうしてお会い出来るのが光栄ですよ」
「君は人の話を聞かぬ男だな」
「お互い様ですよ。それよりも、ここまで証拠を並べられながらも白を切るつもりですかね? いっそ素直に竜の国の話をしてみませんか?」
「白は切るね。それに竜の国ではなく竜の島である。そもそも本人が竜では無いと言っているのだから、そんな紙切れなど何の証拠にもならないだろう」
「では竜の島の話を」
「そんなものは存在しないよ。聞き違いであろう」
 あくまで強硬な態度を崩さないグリエルモに、ヴィレオンは肩をすくめながら溜息をつくと、空のグラスを軽く手前へ動かす。すぐに傍らのエミリアルがワインを注ぎ足すと、満たすのにかかった半分の時間で一気に飲み干してしまった。
「エミリー、彼の心理分析には何とあったかね?」
「は、はい。聖都行動心理研究学会によりますと、普段は興味本位の行動に抑制が働いたり働かなかったりと稚拙さが見受けられますが、その未成熟さが故に特定の人物からの命令には忠実に従う事もある、とあります」
「まさにその通りだな。後で寄付金を出しておきたまえ」
 そして再度エミリアルにワインを注がせそれを半分飲み干すと、しばしの間額を押さえながら考え込み、やがて肩の力を抜きながらこれまでよりも軽い口調でグリエルモへ向き直った。
「よし、分かった。この資料には間違いがあった。どうやら君とは赤の他人のようだね」
「分かってくれれば良いのだよ。まあ、この人相書きは似ていなくもないからね。勘違いも仕方ないだろう。人間、そういう間違いを認める事も大事だよ?」
「確かにそうですね。いやいや、お恥ずかしい限りです」
「よいよい。小生は謙虚な者には寛大である」
 ヴィレオンが素直に間違いを認めてくれた事に気を良くしたグリエルモは、たちまち表情を一変させヘラヘラと笑顔を浮かべた。ヴィレオンに対してまた馴れ馴れしい態度を取り始めたグリエルモにエミリアルは気が気でなかったものの、先ほどの人間離れした顔を見せられては再び咎め立てたり、剣を持って相対したりする勇気はとても出て来ない。ヴィレオンの終始堂々と構える度胸は一体どこから来るのか不思議でならなかった。
「ところで、君達は竜を探して何をしようというのかね? そのためにソフィーに薬を盛るなど、無礼も甚だしい。腕の一本も取ってやろうか」
「それにつきましては、申し訳なかったとしか言いようがありません。実は私には、そうしてでも竜を見つけなければならない切迫した理由がありまして。宜しければそれを聞いては戴けないでしょうか? 聞くだけで構いません。もしかすると何か手がかりになるような事があるかもしれませんので」
「良くは分からぬが、とりあえずソフィーが本当に目を覚ますまでは完全に許すつもりはないからね。我が一族には寛大という言葉は無いのだ。まあどうしてもと言うならば、聞くだけ聞くとしよう」
 改めて先ほどの心理分析は正しいと頷きつつ、ヴィレオンはいささか度を過ぎるようにも思えるグリエルモの言葉にも人の良い笑顔を浮かべ応えた。
「そう言っていただけると助かります。エミリー、あれを」
 そしてグリエルモの気が変わらぬ内にと、ヴィレオンは先ほどとはまた別の封筒をエミリアルに出させた。