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「……ちょっと待って。それってグリのこと?」
「はい。グリエルモ様の事は、軍属関係者である一定の階級であれば公然と知られていますから」
「もしかして、割と有名人?」
「そこまで一般的ではありませんが、知っている方は少なくは無いと思います」
 悪い冗談だ。そう笑い飛ばそうとも思ったが余計むなしくなるだけで、ただ引きつった笑みを浮かべるしか出来なかった。今まで身分を直隠しにしてきた自分の努力が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「まあ今更どうでもいいわ。それで、グリはヴィレオンを助けるためについていったのね?」
「はい。本日、大連星諸島にヴォンヴィダル公が到着される予定になっておりますので、そこで謁見の場を設けるかと。おそらくそろそろ始まっているはずでしょう」
「どうせいつもの興味本意でしょう。まさか貴族に貸しを作っておくのも悪くない、なんて考える頭はないだろうし」
「おそらくは」
 自分なら面倒事は極力避けるものの、それが金になるなら多少は損得勘定もする。しかしグリエルモは非暴力主義を理由に興味のない事には目もくれず、面白そうだと直感すれば自分勝手に追っていく、まさに子供のような本能に忠実に行動する。しかも竜であるため大抵の危険は気づきもしないのだからたちが悪い。
「言っておくけど、これはこれでちゃんと迷惑料はきっちり貰うから。私らはただの旅芸人で金にならない人助けなんか大嫌い、本来なら助ける謂われも義理もないんだからね」
「それは重々承知の上です。グリエルモ様にはその辺りについて詳しくお教え頂いておりますので」
 エミリアルは微かに苦しさのある笑みを浮かべ答える。その表情でグリエルモがどういった事を説明したのか、大方の予想がついてしまった。
 疑って手をつけていなかったコーヒーを一気に飲み干すと、ようやく疑念も晴れた事もあって、ソフィアは早速思考を前向きに切り替えた。グリエルモが何を言っていたのかは少し気になったものの、とりあえず後で殴っておけばいいだけなので、あまり深くはこだわらない。
「もう一杯いかがですか?」
「それよりお腹空いたわ。考えてみれば、丸一日以上食べてない事になるからね」
「それではすぐに御用意いたしましょう。この部屋には小さな調理場もありますので。あまりこったものは出来ませんけれど」
「別にいいわ。外へ散歩がてら食べに行くから。それに、どうせならちゃんとしたおいしいものが食べたいし」
 そう言ってソフィアは上着を取りに寝室へ向かおうとする。しかしそれをエミリアルが制止した。振り返るとそこにはいつになく真剣な表情があった。
「なりません。ヴィレオン様がお戻りになられるまで、ソフィア様を外へ出してはならないとの御言いつけですから」
「どうして?」
「それはですね……あっ」
 その時だった。会話の途中でエミリアルは小さな声を上げると、いきなり周囲を見渡し始めた。
「何? どうかした?」
「しっ! お静かに願います」
 事務的でもなければ緊張でもない、まるで研ぎ澄まされた刃のような険しい表情を浮かべるエミリアル。これまで見たこともない鬼気迫ったその様子に驚いたソフィアは、言われるがまま息を飲んだ。
「ソフィア様、決して私の傍から離れぬよう」
 おもむろに両手をだらりと下ろし再び構え直すと、そこにはどこからともなく二本の短剣が現れていた。素人目でも分かる明らかに使い慣れた様子とその用意の良さに、ソフィアは徐々に今の状況へ不安感を覚えていく。
「何? 何なの?」
「おそらくどちらか御令兄の手の者かと。どうやら数名、周囲に潜んでいるようです」
「何でまた、そんな物騒な連中が。三兄弟であんたを取り合ってるんでしょ? 当主になれば勝ちなんだから、別に強攻策に出なくたって」
「いえ、目的はおそらくソフィア様です」
「私?」
「グリエルモ様と同じように、ソフィア様の情報も一部層には公然と知れ渡っているのです。銀の竜を従えさせる唯一の人物として」
「だから、生命の安全をって事だったの? 私を人質になりすれば、逆に手柄を横取り出来るから?」
「はい、お察しの通りです」
 やはり、またしてもこういう厄介事に巻き込まれたのか。いつもいつも決まって自分は、この手のおかしな連中を引き寄せてしまう。こちらの意思などまるでおかまいなしにだ。
 そう溜息をつき肩をすくめ自虐的になろうとした次の瞬間、エミリアルの鋭い叫びが鳴り響いた。
「伏せて!」